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1章 鬼界転生
9話 精霊界
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扉に向かっていると、後ろから未来視の巫女レイナが追ってきた。王の提案通り俺の怪我を診るつもりらしい。俺は気にすることなく歩いた。
城の一角にモクモクと湯気が立ち上る湯場がある。
この場所の用途には体を清潔にする目的もあるが、主に精霊界へのアクセスの為に用いられていた。
精霊界とは文字通り精霊の世界だ。そこは現実の世界とは次元が違う、ある種の精神世界なのだ。そこに行く為には精神の安寧、所謂トランス状態に自らの精神を持っていく必要がある。その最も簡単な方法は「風呂」だ。人は湯船に浸かっている時が最もリラックスするらしい。
湯場には銭湯のような広い浴槽はなかった。人一人が入れる窪みがいくつも並んでいるだけだ。中には湯が張ってあり、それぞれから湯気が立っていた。
俺は衣服を脱ぎ、窪みの湯で体を洗った。そして湯船の中へと身を沈めていく。胸の辺りまで浸かり、両腕を縁に乗せて寛ぐ。
そのまま何を考えるでもなくボッーとしていると、湯場にレイナが入って来た。片手には道具箱が握られている。
「傷を診ます」
しゃがみ込んだレイナが俺の左肩に手を触れた。
「矢にしては、妙な傷口ですね?」
「あぁ。鏑矢って言う矢なんだ。戦いの合図として使用されている。鬼人衆が使う特殊な武器の1つだな」
レイナは道具箱を開いた。中には様々な薬草や軟膏がぎっしりと詰め込まれている。
「鬼人衆……アルセル様は未来視で彼らのことを知ったのですよね?」
傷口を清めた後、丁寧に塗り薬が付けられる。
「いや、正確には未来視とは違うのだが……その塗り薬はお前が作ったのか?」
俺は話題を逸らした。義眼の魔術師の夢はどうにも説明が難しいからだ。レイナも察したらしく、これは自分で調合したのだと答えた。
「そろそろ精霊界に行く。ある程度手当してくれれば適当に下がってくれていい」
俺はレイナの返事を待たずに目を閉じた。
お湯でリラックスした体から、魂が抜け出るような感覚。遊離し、どんどん上昇して行く。
次に目を開いたとき、目の前には原始的な森が広がっていた。
太い巨木は苔生している。その間を蛍火のようなモノが無数に飛び交っている。
とても幻想的な光景。
ここが精霊界。現実世界から人の魂のみが遊離し、たどり着く世界の狭間だ。
「アルセル様―!」
前方の木々を掻き分けて火の精霊リサンドラが飛んできた。
その深紅の髪と眼はより鮮やかに見える。
「ラヴェンナはコチラです」
リサンドラは自らがやって来た方を指した。
彼女の案内に従って森を進む。現実世界ではないのだが、吸い込む空気は澄んでいて心地よい。だが、今は酔いしれている場合ではない。ラヴェンナの具合が心配だった。
木々を抜けた先に開けた場所があった。そこには青々と澄んだ泉が横たわっていた。
その泉の岸にヒスカとウィリデアの姿がある。彼女たちの足元には傷ついたラヴェンナが泉に体を沈められていた。
「ラヴェンナは?」
そう問い掛けると、ヒスカはその場にしゃがみ込み、目を閉じているラヴェンナの顔に触れた。
「今は泉の癒しの力で安定していますが、意識は戻りません」
「そうか……」
俺もしゃがみ込み、ラヴェンナの頬に触れた。暖かい大気のような感触だ。しかし、当の彼女は未だに快方しないままだ。
俺の所為だ。俺が偵察に送り出したから。
「マスター。ラヴェンナを傷つけた彼らは――」
「転生鬼人衆か?」
「はい。精霊であるラヴェンナに傷を負わせたことも驚きですが、彼らには私の力が通用しませんでした」
ヒスカの言葉に俺は重々しく頷いた。
「そうだな。ヤツらに届く前にかき消されてしまっていたな」
「そのことなのですが……」
ヒスカは思案しながら呟いた。
「あれはかき消されたと言うよりも、強大な力に塗り潰されたような感覚でした」
強大な力?
鬼人衆の一人が、ラヴェンナを傷つけたのは義眼の魔術師だと言っていた。
だとすると、精霊の力を抑えられるのもヤツの力によるモノだろうか?
ここで俺は1つの可能性に思い至った。
それは鬼人衆の1人であるパラケルススのことだ。
パラケルススは16世紀、錬金術師としてその名を馳せた。
そんな彼の有名な理論に「四元素論」がある。それは世界が火、水、風、土の四つの要素で構成されているという考えだ。
注目すべきはこの火、水、風、土、それぞれの要素を司る精霊が、この世界の精霊と全く同じということだ。その性質も同じとみて間違いないだろう。
つまり、パラケルススはこの世界の精霊たちのことを熟知していると言える。そんな彼なら精霊の力に対抗できるのではないか?
俺はそう考えていた。
「マスター?」
ヒスカの声に我に返った。
「どうした?」
「今、マスターの御体はどのように?」
彼女は小首を傾げた。
「湯場だ。未来視の巫女が側に居てくれている」
そう答えるとヒスカは目を細めて俺を見つめた。
「いけません、マスター。その女は御体を預けられる程信用できるのですか?」
「王家に仕える巫女なんだ。信頼できるだろ」
しかしヒスカは首を振った。
「どうにも落ち着きませぬ。私が見張っておきます」
そう言ってヒスカはその体を霧散させた。現実世界に向かったのだ。
「ヒスヒスは心配症だからねー」
ウィリデアが泉の側に寝ころびながら言った。そんな彼女の様子にリサンドラはムッと顔を顰めた。
「ヒスカはアルセル様の御身を守る為に行動しているんだよ。それにウィリデア、ラヴェンナがこんな時だって言うのにそんな寝そべったりして――」
「あー、あー、わかっているよリサリサー。相変わらず面倒くさいなぁ」
「面倒って、そんな……」
彼女たちが言い争いを始めた時、ふと背後に気配を感じた。
振り返ると、ほんの一瞬ではあるが、紺色のローブを身にまとった人物が視界に入った。しかし、改めて見直してみるとそんな人物はどこにもいない。木々の奥に隠れてしまったのかもしれない。
紺色のローブ……
今の俺にとってソレは不吉な象徴のように思えた。
まさか、この精霊界に転生鬼人衆が入り込むなんてことができるのだろうか?
精霊界に入り込む技術はアルタイア王国独自のモノのはずなのに。
これは調べないわけにはいくまい。
「リサンドラ、ウィリデア、ラヴェンナを頼む」
「えっ、アルセル様?」
「俺は少し出掛けてくる。頼んだぞ」
俺は精霊たちの返事も待たずに謎の人物を目撃した方へ駆け出した。
ローブの人物が隠れた先まで来たが、どこにもその影はない。
見失ったのか、そう思っていると再び前方から気配を感じた。見ると、同じく紺のローブの人物が木々の間に消えていく。俺は後を追った。
木々の間を抜けると、そこには小高い丘が広がっていた。その丘の上から荘厳な古城が俺を見下ろしている。
精霊の女王の城だ。いや、だったと言うべきだな。
その城の城門に例のローブの人物が立っていた。
俺が視線を向けると、ヤツは城門の奥へと消えていった。
まったく、鬼ごっこでもしているつもりだろうか。
俺も斜面を駆け上り、城門の中に入った。
重い木の扉を押し開けると、大きなエントランスが広がっていた。
ヤツはどこに行ったのだろう?
見回しながら城内を歩く。その足は無意識の内にこの建物の中心部、玉座の間へと向かっていた。
再び大きな木の扉を潜り抜け、とても大きな広間へと足を踏み入れた。
それまで幻想的な雰囲気だった様子が一変、この部屋は寒々とした印象に満ちている。
それもこれも、目の前にある空っぽの玉座が原因だろう。
この玉座にはかつて精霊を収める女王が座していた。しかし、アルタイア王国が精霊との契約法を発見した前後に、彼女は失踪してしまったのだ。
女王を失った精霊たちは、他に後ろ盾もないので、我がアルタイアの支配を受け入れることとなったのだ。
逃げ出した女王はその後どうしたのだろう?
そんなことに思いをはせていると。背後に気配を感じた。
振り返れば、例のローブ姿の人物が広間の入り口に立っている。
「あんたは一体何者だ?」
ローブの人物は俺の質問には答えず、無言のままスッとコチラを指さす。
その指先は俺の背後の空っぽの玉座に向けられていた。
「あれが一体――」
振り返れば、ローブの人物は姿を消していた。
玉座を示していたが、何を伝えたかったのだろうか?
城内を捜し回ったが、誰もいなかった。
精霊の泉に戻ってみると、俺は呆気に取られてしまった。なぜなら、
「ラヴェンナ!」
「マスター」
あの傷ついた風の精霊がすっかり回復していたのだ。
「どうなっているんだ?」
俺の問い掛けにリサンドラもウィリデアも首を傾げた。
「わかりません。マスターが出掛けた後、急に泉が光りだしたと思ったら、ラヴェンナの傷が癒えていました」
リサンドラがその時の状況を懸命に話してくれているが、全く意味がわからなかった。
「ラヴェンナは何か心当たりはあるか?」
「いえ、意識を失っていたので、わかりません」
ラヴェンナが戸惑いがちに答えた。彼女がこの状況に一番驚いているようだ。
「アルアルー、とりあえず現世に戻ったら? 結構時間経っているしー」
相変わらず地面に寝そべったままウィリデアが言った。
確かに彼女の言う通りだ。精霊界と現実世界とでは時間の流れが違うから、気を付けなければならない。
「一旦戻るよ」
そう言って俺は泉の中に顔を突っ込んだ。
今度は下に下に落ちていく感覚に包まれながら、俺は目を覚ました。
周りが幻想的な森から湯気が立ち上る湯場へと戻っている。そしてすぐ脇にはレイナが控えているのだが、彼女の視線は俺の真上の中空に向けられていた。そこでは水の精霊ヒスカがレイナを睨み付けている。
思わずため息を吐いてしまう。
「ヒスカ、このレイナは俺の怪我の治療をしてくれているのだぞ」
ヒスカはここでやっとレイナから視線を外した。
「マスター、しかし、この女から敵対心を感じるのです。これは確かです」
水の精霊の言葉にハッとしたレイナ。首を大きく振って否定する。
「そんなことはありません。私はただ怪我の具合を観察していただけです」
「表面ではそう言っても、心の中で何を考えているかわかりません」
彼女たちの言い合いを聞き流しつつ、俺は先ほどのローブの人物のことについて考え始めた。
城の一角にモクモクと湯気が立ち上る湯場がある。
この場所の用途には体を清潔にする目的もあるが、主に精霊界へのアクセスの為に用いられていた。
精霊界とは文字通り精霊の世界だ。そこは現実の世界とは次元が違う、ある種の精神世界なのだ。そこに行く為には精神の安寧、所謂トランス状態に自らの精神を持っていく必要がある。その最も簡単な方法は「風呂」だ。人は湯船に浸かっている時が最もリラックスするらしい。
湯場には銭湯のような広い浴槽はなかった。人一人が入れる窪みがいくつも並んでいるだけだ。中には湯が張ってあり、それぞれから湯気が立っていた。
俺は衣服を脱ぎ、窪みの湯で体を洗った。そして湯船の中へと身を沈めていく。胸の辺りまで浸かり、両腕を縁に乗せて寛ぐ。
そのまま何を考えるでもなくボッーとしていると、湯場にレイナが入って来た。片手には道具箱が握られている。
「傷を診ます」
しゃがみ込んだレイナが俺の左肩に手を触れた。
「矢にしては、妙な傷口ですね?」
「あぁ。鏑矢って言う矢なんだ。戦いの合図として使用されている。鬼人衆が使う特殊な武器の1つだな」
レイナは道具箱を開いた。中には様々な薬草や軟膏がぎっしりと詰め込まれている。
「鬼人衆……アルセル様は未来視で彼らのことを知ったのですよね?」
傷口を清めた後、丁寧に塗り薬が付けられる。
「いや、正確には未来視とは違うのだが……その塗り薬はお前が作ったのか?」
俺は話題を逸らした。義眼の魔術師の夢はどうにも説明が難しいからだ。レイナも察したらしく、これは自分で調合したのだと答えた。
「そろそろ精霊界に行く。ある程度手当してくれれば適当に下がってくれていい」
俺はレイナの返事を待たずに目を閉じた。
お湯でリラックスした体から、魂が抜け出るような感覚。遊離し、どんどん上昇して行く。
次に目を開いたとき、目の前には原始的な森が広がっていた。
太い巨木は苔生している。その間を蛍火のようなモノが無数に飛び交っている。
とても幻想的な光景。
ここが精霊界。現実世界から人の魂のみが遊離し、たどり着く世界の狭間だ。
「アルセル様―!」
前方の木々を掻き分けて火の精霊リサンドラが飛んできた。
その深紅の髪と眼はより鮮やかに見える。
「ラヴェンナはコチラです」
リサンドラは自らがやって来た方を指した。
彼女の案内に従って森を進む。現実世界ではないのだが、吸い込む空気は澄んでいて心地よい。だが、今は酔いしれている場合ではない。ラヴェンナの具合が心配だった。
木々を抜けた先に開けた場所があった。そこには青々と澄んだ泉が横たわっていた。
その泉の岸にヒスカとウィリデアの姿がある。彼女たちの足元には傷ついたラヴェンナが泉に体を沈められていた。
「ラヴェンナは?」
そう問い掛けると、ヒスカはその場にしゃがみ込み、目を閉じているラヴェンナの顔に触れた。
「今は泉の癒しの力で安定していますが、意識は戻りません」
「そうか……」
俺もしゃがみ込み、ラヴェンナの頬に触れた。暖かい大気のような感触だ。しかし、当の彼女は未だに快方しないままだ。
俺の所為だ。俺が偵察に送り出したから。
「マスター。ラヴェンナを傷つけた彼らは――」
「転生鬼人衆か?」
「はい。精霊であるラヴェンナに傷を負わせたことも驚きですが、彼らには私の力が通用しませんでした」
ヒスカの言葉に俺は重々しく頷いた。
「そうだな。ヤツらに届く前にかき消されてしまっていたな」
「そのことなのですが……」
ヒスカは思案しながら呟いた。
「あれはかき消されたと言うよりも、強大な力に塗り潰されたような感覚でした」
強大な力?
鬼人衆の一人が、ラヴェンナを傷つけたのは義眼の魔術師だと言っていた。
だとすると、精霊の力を抑えられるのもヤツの力によるモノだろうか?
ここで俺は1つの可能性に思い至った。
それは鬼人衆の1人であるパラケルススのことだ。
パラケルススは16世紀、錬金術師としてその名を馳せた。
そんな彼の有名な理論に「四元素論」がある。それは世界が火、水、風、土の四つの要素で構成されているという考えだ。
注目すべきはこの火、水、風、土、それぞれの要素を司る精霊が、この世界の精霊と全く同じということだ。その性質も同じとみて間違いないだろう。
つまり、パラケルススはこの世界の精霊たちのことを熟知していると言える。そんな彼なら精霊の力に対抗できるのではないか?
俺はそう考えていた。
「マスター?」
ヒスカの声に我に返った。
「どうした?」
「今、マスターの御体はどのように?」
彼女は小首を傾げた。
「湯場だ。未来視の巫女が側に居てくれている」
そう答えるとヒスカは目を細めて俺を見つめた。
「いけません、マスター。その女は御体を預けられる程信用できるのですか?」
「王家に仕える巫女なんだ。信頼できるだろ」
しかしヒスカは首を振った。
「どうにも落ち着きませぬ。私が見張っておきます」
そう言ってヒスカはその体を霧散させた。現実世界に向かったのだ。
「ヒスヒスは心配症だからねー」
ウィリデアが泉の側に寝ころびながら言った。そんな彼女の様子にリサンドラはムッと顔を顰めた。
「ヒスカはアルセル様の御身を守る為に行動しているんだよ。それにウィリデア、ラヴェンナがこんな時だって言うのにそんな寝そべったりして――」
「あー、あー、わかっているよリサリサー。相変わらず面倒くさいなぁ」
「面倒って、そんな……」
彼女たちが言い争いを始めた時、ふと背後に気配を感じた。
振り返ると、ほんの一瞬ではあるが、紺色のローブを身にまとった人物が視界に入った。しかし、改めて見直してみるとそんな人物はどこにもいない。木々の奥に隠れてしまったのかもしれない。
紺色のローブ……
今の俺にとってソレは不吉な象徴のように思えた。
まさか、この精霊界に転生鬼人衆が入り込むなんてことができるのだろうか?
精霊界に入り込む技術はアルタイア王国独自のモノのはずなのに。
これは調べないわけにはいくまい。
「リサンドラ、ウィリデア、ラヴェンナを頼む」
「えっ、アルセル様?」
「俺は少し出掛けてくる。頼んだぞ」
俺は精霊たちの返事も待たずに謎の人物を目撃した方へ駆け出した。
ローブの人物が隠れた先まで来たが、どこにもその影はない。
見失ったのか、そう思っていると再び前方から気配を感じた。見ると、同じく紺のローブの人物が木々の間に消えていく。俺は後を追った。
木々の間を抜けると、そこには小高い丘が広がっていた。その丘の上から荘厳な古城が俺を見下ろしている。
精霊の女王の城だ。いや、だったと言うべきだな。
その城の城門に例のローブの人物が立っていた。
俺が視線を向けると、ヤツは城門の奥へと消えていった。
まったく、鬼ごっこでもしているつもりだろうか。
俺も斜面を駆け上り、城門の中に入った。
重い木の扉を押し開けると、大きなエントランスが広がっていた。
ヤツはどこに行ったのだろう?
見回しながら城内を歩く。その足は無意識の内にこの建物の中心部、玉座の間へと向かっていた。
再び大きな木の扉を潜り抜け、とても大きな広間へと足を踏み入れた。
それまで幻想的な雰囲気だった様子が一変、この部屋は寒々とした印象に満ちている。
それもこれも、目の前にある空っぽの玉座が原因だろう。
この玉座にはかつて精霊を収める女王が座していた。しかし、アルタイア王国が精霊との契約法を発見した前後に、彼女は失踪してしまったのだ。
女王を失った精霊たちは、他に後ろ盾もないので、我がアルタイアの支配を受け入れることとなったのだ。
逃げ出した女王はその後どうしたのだろう?
そんなことに思いをはせていると。背後に気配を感じた。
振り返れば、例のローブ姿の人物が広間の入り口に立っている。
「あんたは一体何者だ?」
ローブの人物は俺の質問には答えず、無言のままスッとコチラを指さす。
その指先は俺の背後の空っぽの玉座に向けられていた。
「あれが一体――」
振り返れば、ローブの人物は姿を消していた。
玉座を示していたが、何を伝えたかったのだろうか?
城内を捜し回ったが、誰もいなかった。
精霊の泉に戻ってみると、俺は呆気に取られてしまった。なぜなら、
「ラヴェンナ!」
「マスター」
あの傷ついた風の精霊がすっかり回復していたのだ。
「どうなっているんだ?」
俺の問い掛けにリサンドラもウィリデアも首を傾げた。
「わかりません。マスターが出掛けた後、急に泉が光りだしたと思ったら、ラヴェンナの傷が癒えていました」
リサンドラがその時の状況を懸命に話してくれているが、全く意味がわからなかった。
「ラヴェンナは何か心当たりはあるか?」
「いえ、意識を失っていたので、わかりません」
ラヴェンナが戸惑いがちに答えた。彼女がこの状況に一番驚いているようだ。
「アルアルー、とりあえず現世に戻ったら? 結構時間経っているしー」
相変わらず地面に寝そべったままウィリデアが言った。
確かに彼女の言う通りだ。精霊界と現実世界とでは時間の流れが違うから、気を付けなければならない。
「一旦戻るよ」
そう言って俺は泉の中に顔を突っ込んだ。
今度は下に下に落ちていく感覚に包まれながら、俺は目を覚ました。
周りが幻想的な森から湯気が立ち上る湯場へと戻っている。そしてすぐ脇にはレイナが控えているのだが、彼女の視線は俺の真上の中空に向けられていた。そこでは水の精霊ヒスカがレイナを睨み付けている。
思わずため息を吐いてしまう。
「ヒスカ、このレイナは俺の怪我の治療をしてくれているのだぞ」
ヒスカはここでやっとレイナから視線を外した。
「マスター、しかし、この女から敵対心を感じるのです。これは確かです」
水の精霊の言葉にハッとしたレイナ。首を大きく振って否定する。
「そんなことはありません。私はただ怪我の具合を観察していただけです」
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