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2章 亜人の国
13話 剣闘士スパルタカス
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スパルタカスは真っ直ぐユリアに向かって突進して来る。
そんな彼に向かってエルフたちの矢が放たれた。しかし、スパルタカスは軽々と避け、小剣で切り落としてしまう。そんな技巧を見せつけられた俺たちは例外なく戦慄を覚えた。
「ユリア様!」
根の間に伏せていたエルフたちがスパルタカスの前に立ち塞がる。その手には弓ではなく剣が握られていた。
エルフたちは剣を振り上げて彼に立ち向かう。スパルタカスはニヤリと笑みを浮かべて小剣を構えた。
事は一瞬だった。エルフたちは一つ痙攣したかと思うとその場に倒れ伏した。
鬼人の猛進は変わりなく進みユリアへと迫る。
マズい。
このままでは彼女も虫けらのように殺されてしまうだろう。
そしたらお次は俺たちだ。
鬼人スパルタカス。真正面から戦って勝てる相手ではない。
ならば――!
俺は前のユリアへと向けて駆けた。フードが外れるのも構わない。
スパルタカスは目の前の獲物であるユリアに目が向いている。その彼女の後ろから迫る俺には注意が向きにくいはずだ。
スパルタカスは小剣をユリアに向けた。俺も剣を引き抜く。
「らぁ!」
スパルタカスはユリアに斬りつけた。彼女は剣で受け止める。が、呆気なく弾き飛ばされてしまった。
すぐに第二撃が迫る。
俺は彼女の肩に手を掛けてグイッと後ろに引っ張った。間一髪で剣撃を躱す。
獲物を失ったヤツの小剣は大分下の位置にある。隙だらけだ。
俺はヤツの首筋に向けて剣を振り下ろした。
取った!
しかし、剣先の感触は堅かった。見ればヤツの小剣が俺の剣を防いでいた。
なんて速さだ。確実に体勢は前のめりだったはずなのに。
スパルタカスはニヤリと笑みを浮かべた。ゾッとする笑みだ。俺はすぐに第二撃に移った。
相手は小剣なのだ。このまま力で押し切ってやる。
再び剣が交わる。金属同士が共鳴するように鳴り響く。握った手に痺れが走った。
上から振り下ろした俺の剣の方が有利、なはずだった。しかし、実際には俺の剣が折れていた。
「なっ――」
今度はスパルタカスが小剣を振るった。俺にはその攻撃を防ぐ術がない。
首筋に白い腕が巻き付いたかと思えば、後ろに引き倒されていた。小剣が鼻先を掠める。
「立って!」
俺に覆いかぶさっていたのはユリアだった。彼女の熱い吐息が顔に掛かる。
さらなる追撃を仕掛けようとするスパルタカスだったが、エルフたちの矢が降り注ぐ。
俺たちはその隙に立ち上がり、木の裏へと回り込んだ。
「助かったよ」
すぐ隣のユリアに礼を述べる。
彼女は油断なくスパルタカスの方を見やっていた。その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「先に助けてもらったのですもの、当然でしょ、王子様?」
ユリアは軽く肩を竦めた。
「隠したいのなら、もっとしっかり演技しないとね」
とっくにバレていたか。だけど……
「その言葉はそっくりそのままお返しするよ」
俺の言葉にユリアは眉を寄せた。そんな彼女に思わず笑みを向ける。
「あんたも俺と変わらない立場じゃないのか? 部下の態度を見ていたらすぐに察しがつくぜ?」
ユリアはため息を吐いた。
「あれでも気を使っていたのだけど。お互いに詰めが甘かったわね」
「まぁな。しかし、今はそんな事よりもヤツだ」
スパルタカスもまた木の陰に隠れているらしい。木々の間には沈黙した空気が重々しく漂っているようだ。
「えぇ、そうね。あの人間、尋常じゃないくらい強い。私たちで倒せるかしら」
「難しいだろうね。君は弓が得意だね?」
「えぇ、エルフの中でも随一よ」
それは心強い。スパルタカスを仕留めるなら距離を置いた攻撃が良い。
「よし、俺がヤツを引き付けるから、君はタイミングを見計らって矢をヤツの眉間に叩き込んでくれ」
ユリアはすぐにコクリと頷いた。
俺は腰ベルトから短剣を引き抜いて、背を屈めながら移動し始めた。
「気を付けて、援軍の獣人たちがやって来たわ」
背後からユリアの囁き声。
俺は立ち上がり、駆け出した。すると、突如草陰からスパルタカスが姿を現し、俺と並走する。その手に握られている小剣が獲物を求めてギラリと光る。すぐさま飛び退って避ける。スパルタカスはその後を追撃してくる。
ユリアが狙いやすい位置まで誘導する。スパルタカスは俺への攻撃に専念しているので、不意の矢に反応が遅れるはずだ。
「なぜあなたは戦う?」
少しでもコチラに注意を向けさせる為に話しかける。しかし、ヤツは気にする様子もなく攻撃の手を緩めない。
小剣を自在に操るスパルタカス。俺は避けるのに必死だった。
確かにこんな鬱蒼とした森だと小回りが利く小剣が有利だ。おまけにコッチは長剣ばかり使っていたからな。実力差は明白だ。
スパルタカスが小剣を突き出してきた。真っ直ぐ俺の胸を狙ってきている。
その時、空を切る音と共に矢が横合いから飛んできた。ユリアの矢だ。
獲った!
そう確信したにも関わらず、スパルタカスは再び超人的な反応で矢を切り落としてしまった。
それには驚いたが、これはチャンスだ。俺は短剣をスパルタカスに向けて突き出した。
が、切っ先がヤツの皮膚に届く前に強烈な蹴りを受けた。
「うっ!」
俺は軽く呻き声を上げて倒れこんだ。その衝撃で手から短剣が離れる。
スパルタカスはすぐに体勢を立て直して迫りくる。
その時、俺とヤツとの間に直径二十センチ程の丸い塊が放り投げられた。それは瞬時に濃い煙を放つ。異臭が鼻をつき、目がしみる。
煙のせいでスパルタカスの姿が見えない。
「アルセル様、早く!」
不意に背後から肩を捕まれた。見ればレイナが蒼白な顔でコチラを見つめていた。
俺は頷き返し、立ち上がった。
「アレは?」
「痺れ薬を混ぜた煙玉です。少しは時間が稼げます」
煙から逃れ、森の中を駆け抜ける。ユリアや他の兵士たちとも合流した。
「今はとにかく逃げよう」
「わかったわ。エルフの森まで止まらず行くわよ」
俺たちはとにかく全力で森の中を走った。
◆鬼人の刻◆
スパルタカスは何の感情を現さずにジッと森の奥を眺めていた。
彼の周りには獣人たちがしゃがみ込み呻いていた。先ほどの煙を吸い込んだ為だろう。何か特殊な薬が仕込んであったのだ。スパルタカス自身も煙を吸い込んではいたが、すぐに口と目を閉じたので影響は差ほどなかった。
「これは、手痛くやられたようだな」
背後から声を掛けられた。
そこにはスパルタカスと同じく転生鬼人衆である風魔小太郎が立っていた。
その男は身長2メートルを超える体躯を持ち、手足は岩のようにゴツゴツしている。長く伸びた頭に口元を覆う黒ひげ、そして何よりも特徴的なのが、両頬までパックリ裂けた口から覗く、鋭く尖った4本の牙だ。
人間離れしたその風貌で、獣人を引き連れている姿はまさに魔獣の頭目と呼ぶに相応しい。
そもそも、小太郎はスパルタカスが聞いたこともない東の果ての島国出身で、それも、彼よりずっと後の人物であるらしいのだ。
小太郎が持つ武器も変わっていた。刃が片方にしか付いていない小剣や、十字形の刃、手に装着できる手甲鉤なるモノを持っていた。
「予定外のヤツが一緒だった」
「ほう、それは?」
「アルセル王子だ」
そう答えると、小太郎は笑い出した。
「なるほど、あいつがコチラにやって来たか。それは面白い。しかし、スパルタカス――」
小太郎は鋭い視線をスパルタカスに投げ掛けた。
「まさかと思うが、ヤツを殺そうとはしなかっただろうな?」
「ふん、わかっているさ。邪魔してきたから少し遊んでやっただけだ」
そう答えると小太郎は表情を緩めることなく頷いた。
「しかしそれでエルフの姫君を逃してしまったのは痛いぞ。あの程度であればすぐに始末できるのであろう?」
「ふん」
スパルタカスは小太郎の小言を無視して尚も森の奥に目をやった。
アルセル王子は殺すな。
そう、シャミハナカゲロウは言った。何でも、あの王子には大切な役割があるらしい。
しかし、スパルタカスはそんな命令などどうでも良かった。
――姫だろうが王子だろうが、権力を手にしている者どもは一人残らずこの手で始末してやる。
スパルタカスは手に持つ小剣に目を落とした。
――この剣はその為にあるのだ。
そんな彼に向かってエルフたちの矢が放たれた。しかし、スパルタカスは軽々と避け、小剣で切り落としてしまう。そんな技巧を見せつけられた俺たちは例外なく戦慄を覚えた。
「ユリア様!」
根の間に伏せていたエルフたちがスパルタカスの前に立ち塞がる。その手には弓ではなく剣が握られていた。
エルフたちは剣を振り上げて彼に立ち向かう。スパルタカスはニヤリと笑みを浮かべて小剣を構えた。
事は一瞬だった。エルフたちは一つ痙攣したかと思うとその場に倒れ伏した。
鬼人の猛進は変わりなく進みユリアへと迫る。
マズい。
このままでは彼女も虫けらのように殺されてしまうだろう。
そしたらお次は俺たちだ。
鬼人スパルタカス。真正面から戦って勝てる相手ではない。
ならば――!
俺は前のユリアへと向けて駆けた。フードが外れるのも構わない。
スパルタカスは目の前の獲物であるユリアに目が向いている。その彼女の後ろから迫る俺には注意が向きにくいはずだ。
スパルタカスは小剣をユリアに向けた。俺も剣を引き抜く。
「らぁ!」
スパルタカスはユリアに斬りつけた。彼女は剣で受け止める。が、呆気なく弾き飛ばされてしまった。
すぐに第二撃が迫る。
俺は彼女の肩に手を掛けてグイッと後ろに引っ張った。間一髪で剣撃を躱す。
獲物を失ったヤツの小剣は大分下の位置にある。隙だらけだ。
俺はヤツの首筋に向けて剣を振り下ろした。
取った!
しかし、剣先の感触は堅かった。見ればヤツの小剣が俺の剣を防いでいた。
なんて速さだ。確実に体勢は前のめりだったはずなのに。
スパルタカスはニヤリと笑みを浮かべた。ゾッとする笑みだ。俺はすぐに第二撃に移った。
相手は小剣なのだ。このまま力で押し切ってやる。
再び剣が交わる。金属同士が共鳴するように鳴り響く。握った手に痺れが走った。
上から振り下ろした俺の剣の方が有利、なはずだった。しかし、実際には俺の剣が折れていた。
「なっ――」
今度はスパルタカスが小剣を振るった。俺にはその攻撃を防ぐ術がない。
首筋に白い腕が巻き付いたかと思えば、後ろに引き倒されていた。小剣が鼻先を掠める。
「立って!」
俺に覆いかぶさっていたのはユリアだった。彼女の熱い吐息が顔に掛かる。
さらなる追撃を仕掛けようとするスパルタカスだったが、エルフたちの矢が降り注ぐ。
俺たちはその隙に立ち上がり、木の裏へと回り込んだ。
「助かったよ」
すぐ隣のユリアに礼を述べる。
彼女は油断なくスパルタカスの方を見やっていた。その額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「先に助けてもらったのですもの、当然でしょ、王子様?」
ユリアは軽く肩を竦めた。
「隠したいのなら、もっとしっかり演技しないとね」
とっくにバレていたか。だけど……
「その言葉はそっくりそのままお返しするよ」
俺の言葉にユリアは眉を寄せた。そんな彼女に思わず笑みを向ける。
「あんたも俺と変わらない立場じゃないのか? 部下の態度を見ていたらすぐに察しがつくぜ?」
ユリアはため息を吐いた。
「あれでも気を使っていたのだけど。お互いに詰めが甘かったわね」
「まぁな。しかし、今はそんな事よりもヤツだ」
スパルタカスもまた木の陰に隠れているらしい。木々の間には沈黙した空気が重々しく漂っているようだ。
「えぇ、そうね。あの人間、尋常じゃないくらい強い。私たちで倒せるかしら」
「難しいだろうね。君は弓が得意だね?」
「えぇ、エルフの中でも随一よ」
それは心強い。スパルタカスを仕留めるなら距離を置いた攻撃が良い。
「よし、俺がヤツを引き付けるから、君はタイミングを見計らって矢をヤツの眉間に叩き込んでくれ」
ユリアはすぐにコクリと頷いた。
俺は腰ベルトから短剣を引き抜いて、背を屈めながら移動し始めた。
「気を付けて、援軍の獣人たちがやって来たわ」
背後からユリアの囁き声。
俺は立ち上がり、駆け出した。すると、突如草陰からスパルタカスが姿を現し、俺と並走する。その手に握られている小剣が獲物を求めてギラリと光る。すぐさま飛び退って避ける。スパルタカスはその後を追撃してくる。
ユリアが狙いやすい位置まで誘導する。スパルタカスは俺への攻撃に専念しているので、不意の矢に反応が遅れるはずだ。
「なぜあなたは戦う?」
少しでもコチラに注意を向けさせる為に話しかける。しかし、ヤツは気にする様子もなく攻撃の手を緩めない。
小剣を自在に操るスパルタカス。俺は避けるのに必死だった。
確かにこんな鬱蒼とした森だと小回りが利く小剣が有利だ。おまけにコッチは長剣ばかり使っていたからな。実力差は明白だ。
スパルタカスが小剣を突き出してきた。真っ直ぐ俺の胸を狙ってきている。
その時、空を切る音と共に矢が横合いから飛んできた。ユリアの矢だ。
獲った!
そう確信したにも関わらず、スパルタカスは再び超人的な反応で矢を切り落としてしまった。
それには驚いたが、これはチャンスだ。俺は短剣をスパルタカスに向けて突き出した。
が、切っ先がヤツの皮膚に届く前に強烈な蹴りを受けた。
「うっ!」
俺は軽く呻き声を上げて倒れこんだ。その衝撃で手から短剣が離れる。
スパルタカスはすぐに体勢を立て直して迫りくる。
その時、俺とヤツとの間に直径二十センチ程の丸い塊が放り投げられた。それは瞬時に濃い煙を放つ。異臭が鼻をつき、目がしみる。
煙のせいでスパルタカスの姿が見えない。
「アルセル様、早く!」
不意に背後から肩を捕まれた。見ればレイナが蒼白な顔でコチラを見つめていた。
俺は頷き返し、立ち上がった。
「アレは?」
「痺れ薬を混ぜた煙玉です。少しは時間が稼げます」
煙から逃れ、森の中を駆け抜ける。ユリアや他の兵士たちとも合流した。
「今はとにかく逃げよう」
「わかったわ。エルフの森まで止まらず行くわよ」
俺たちはとにかく全力で森の中を走った。
◆鬼人の刻◆
スパルタカスは何の感情を現さずにジッと森の奥を眺めていた。
彼の周りには獣人たちがしゃがみ込み呻いていた。先ほどの煙を吸い込んだ為だろう。何か特殊な薬が仕込んであったのだ。スパルタカス自身も煙を吸い込んではいたが、すぐに口と目を閉じたので影響は差ほどなかった。
「これは、手痛くやられたようだな」
背後から声を掛けられた。
そこにはスパルタカスと同じく転生鬼人衆である風魔小太郎が立っていた。
その男は身長2メートルを超える体躯を持ち、手足は岩のようにゴツゴツしている。長く伸びた頭に口元を覆う黒ひげ、そして何よりも特徴的なのが、両頬までパックリ裂けた口から覗く、鋭く尖った4本の牙だ。
人間離れしたその風貌で、獣人を引き連れている姿はまさに魔獣の頭目と呼ぶに相応しい。
そもそも、小太郎はスパルタカスが聞いたこともない東の果ての島国出身で、それも、彼よりずっと後の人物であるらしいのだ。
小太郎が持つ武器も変わっていた。刃が片方にしか付いていない小剣や、十字形の刃、手に装着できる手甲鉤なるモノを持っていた。
「予定外のヤツが一緒だった」
「ほう、それは?」
「アルセル王子だ」
そう答えると、小太郎は笑い出した。
「なるほど、あいつがコチラにやって来たか。それは面白い。しかし、スパルタカス――」
小太郎は鋭い視線をスパルタカスに投げ掛けた。
「まさかと思うが、ヤツを殺そうとはしなかっただろうな?」
「ふん、わかっているさ。邪魔してきたから少し遊んでやっただけだ」
そう答えると小太郎は表情を緩めることなく頷いた。
「しかしそれでエルフの姫君を逃してしまったのは痛いぞ。あの程度であればすぐに始末できるのであろう?」
「ふん」
スパルタカスは小太郎の小言を無視して尚も森の奥に目をやった。
アルセル王子は殺すな。
そう、シャミハナカゲロウは言った。何でも、あの王子には大切な役割があるらしい。
しかし、スパルタカスはそんな命令などどうでも良かった。
――姫だろうが王子だろうが、権力を手にしている者どもは一人残らずこの手で始末してやる。
スパルタカスは手に持つ小剣に目を落とした。
――この剣はその為にあるのだ。
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