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序章 世界創造
糸
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青年は生まれた時から身体が弱かった。病気にも弱く、長くは生きられないと昔から悟っていたが、それでも自分を愛してくれる両親と妹がいたお陰で歪むことは無かった。
裕福な両親は自分の為にあらゆる手段を使ってくれた。妹も兄を治すために医者を目指し、今では現役の医学生である。しかし、彼の身体は弱っていく一方で死亡する少し前には既に調子の悪い日は立つこともままならない状態に陥っていた。何時死んだとしてもおかしくないという自覚もあった。
だからと言って実際に死んでしまった事を簡単に認めたくは無い。だが事実として彼は所謂幽霊となっている。さらに見えない力によって冷たくなった己の身体からどんどんと引き離され、いつの間にか霧の掛かった川岸にたどり着いた。
「三途の川、か。ははっ、本当にあるんだな。」
彼の目の前には現世の日本には無いだろう川幅の大河であった。流れる水はとても澄んでいるが、奇妙なことに全く底が見えない。有り得ないほど深いのだろうか。それだけで嫌でもここが彼岸の一歩手前であることを認識させられた。
状況が解って余裕が出来た青年が周囲に目を凝らせば、幾つもの人影が見える。恐らくは自分のように亡くなった人達なのだろう。年齢別に見れば老人が一番多いのだが、最も多いのは病衣を纏っている者達である。逆に言えば普段着や部屋着の人々がどうして亡くなったのか、好奇心が湧いてくると同時に聞いたら後悔する気もする。亡くなった人の中には自分と同じように病衣を着た若者も少なからずいて、妙な親近感を抱いたものだ。
だが、このままここに立っていても仕方がない。三途の川と言えば向こう岸に渡る為の橋があったはず。うろ覚えながらも川沿いにしばらく歩いていると、人集りが見えてきた。あそこがあの世への入り口なのだろう。
「あっ!見~つけた!」
「わっわっわっ!?え?糸?」
川岸を歩いていた青年の目の前に突然、一本の糸が上から垂れてきた。見上げてみると、曇天にぽっかりと開いた穴から垂れているようだ。穴の先を見上げると、その奥からは見ているだけで心が安らぐ不思議な暖かい光が差している。
「それを掴みなよ。ほら、早く!」
「え?あ!はい!」
唐突過ぎる展開ながらも垂れる糸を青年が掴めたのは、紛れもなくかの有名な作家の作品のお陰だろう。ただ、これがあの寓話の通りならば今後の展開は容易に予測出来る。そしてその予想は外れることは無かった。先程の人集りにいたであろう者達が血相を変えて走ってきたのである。
「行くよ~?」
「ハ、ハイ!」
声を掛けてくれる中性的な声はとてものんびりしているが、目を血走らせて走ってくる者達は青年からすれば恐怖でしかない。彼は糸を握る手に力を込めた。
「そ~れ!」
空から響く声の主は、掛け声と共に糸を勢い良く引っ張り上げた。しかしながら、青年が一気に上に飛んでいく訳ではない。何故なら彼の足や胴体にしがみつく者達がいたからだ。あの寓話を知っているならばやめた方がいいことも知っているのだろうに、それでもなおしがみ付くのが人間の業というものなのだろうか。
「俺も!俺も連れていけ!」
「私!私が先よ!」
「邪魔じゃボケェ!」
青年を直接捕まえたのは数人であった。しかし捕まえた者の身体に数人がしがみつき、さらにその者にしがみつくループが繰り広げられる。そして無数の人間が山のように積み重なっていった。
自分が確実に助かるため、皆必死であった。中には少しでも先端に行こうと人々を踏みつけて登る者まで出る始末。長い病院生活で家族や病院の者達という限られた人間関係で生きてきた青年は、年齢に似合わぬ良い言い方をすれば無垢な、そして悪い言い方をすれば幼い精神しか持ち合わせていない。人間の醜い本性にただただ恐怖し、身を縮めて何も考えずに糸を握り締めていた。
「あ、あれ?めっちゃ重いんですけど!?人間ってこんなに重いっけ?それともそんなに太ってるの?まあいいや。そぉりゃあ~!」
下の状況を見ていないのか、雲上の存在はそんなとぼけた事を抜かしている。しかし次の瞬間、凄まじい速度で青年の持つ糸が引き上げられた。
「うわああああああああ!!!」
「きゃああああああああ!!!」
「畜生があああああっ!!!」
青年は次々と落ちていく亡者たちの怨嗟の声に恐怖しながらただただ糸を掴む。数千人という人々がしがみついていたにもかかわらず、寓話の様に切れたりはしない糸は余計な者達を落としながらずんずんと上へ昇っていった。
裕福な両親は自分の為にあらゆる手段を使ってくれた。妹も兄を治すために医者を目指し、今では現役の医学生である。しかし、彼の身体は弱っていく一方で死亡する少し前には既に調子の悪い日は立つこともままならない状態に陥っていた。何時死んだとしてもおかしくないという自覚もあった。
だからと言って実際に死んでしまった事を簡単に認めたくは無い。だが事実として彼は所謂幽霊となっている。さらに見えない力によって冷たくなった己の身体からどんどんと引き離され、いつの間にか霧の掛かった川岸にたどり着いた。
「三途の川、か。ははっ、本当にあるんだな。」
彼の目の前には現世の日本には無いだろう川幅の大河であった。流れる水はとても澄んでいるが、奇妙なことに全く底が見えない。有り得ないほど深いのだろうか。それだけで嫌でもここが彼岸の一歩手前であることを認識させられた。
状況が解って余裕が出来た青年が周囲に目を凝らせば、幾つもの人影が見える。恐らくは自分のように亡くなった人達なのだろう。年齢別に見れば老人が一番多いのだが、最も多いのは病衣を纏っている者達である。逆に言えば普段着や部屋着の人々がどうして亡くなったのか、好奇心が湧いてくると同時に聞いたら後悔する気もする。亡くなった人の中には自分と同じように病衣を着た若者も少なからずいて、妙な親近感を抱いたものだ。
だが、このままここに立っていても仕方がない。三途の川と言えば向こう岸に渡る為の橋があったはず。うろ覚えながらも川沿いにしばらく歩いていると、人集りが見えてきた。あそこがあの世への入り口なのだろう。
「あっ!見~つけた!」
「わっわっわっ!?え?糸?」
川岸を歩いていた青年の目の前に突然、一本の糸が上から垂れてきた。見上げてみると、曇天にぽっかりと開いた穴から垂れているようだ。穴の先を見上げると、その奥からは見ているだけで心が安らぐ不思議な暖かい光が差している。
「それを掴みなよ。ほら、早く!」
「え?あ!はい!」
唐突過ぎる展開ながらも垂れる糸を青年が掴めたのは、紛れもなくかの有名な作家の作品のお陰だろう。ただ、これがあの寓話の通りならば今後の展開は容易に予測出来る。そしてその予想は外れることは無かった。先程の人集りにいたであろう者達が血相を変えて走ってきたのである。
「行くよ~?」
「ハ、ハイ!」
声を掛けてくれる中性的な声はとてものんびりしているが、目を血走らせて走ってくる者達は青年からすれば恐怖でしかない。彼は糸を握る手に力を込めた。
「そ~れ!」
空から響く声の主は、掛け声と共に糸を勢い良く引っ張り上げた。しかしながら、青年が一気に上に飛んでいく訳ではない。何故なら彼の足や胴体にしがみつく者達がいたからだ。あの寓話を知っているならばやめた方がいいことも知っているのだろうに、それでもなおしがみ付くのが人間の業というものなのだろうか。
「俺も!俺も連れていけ!」
「私!私が先よ!」
「邪魔じゃボケェ!」
青年を直接捕まえたのは数人であった。しかし捕まえた者の身体に数人がしがみつき、さらにその者にしがみつくループが繰り広げられる。そして無数の人間が山のように積み重なっていった。
自分が確実に助かるため、皆必死であった。中には少しでも先端に行こうと人々を踏みつけて登る者まで出る始末。長い病院生活で家族や病院の者達という限られた人間関係で生きてきた青年は、年齢に似合わぬ良い言い方をすれば無垢な、そして悪い言い方をすれば幼い精神しか持ち合わせていない。人間の醜い本性にただただ恐怖し、身を縮めて何も考えずに糸を握り締めていた。
「あ、あれ?めっちゃ重いんですけど!?人間ってこんなに重いっけ?それともそんなに太ってるの?まあいいや。そぉりゃあ~!」
下の状況を見ていないのか、雲上の存在はそんなとぼけた事を抜かしている。しかし次の瞬間、凄まじい速度で青年の持つ糸が引き上げられた。
「うわああああああああ!!!」
「きゃああああああああ!!!」
「畜生があああああっ!!!」
青年は次々と落ちていく亡者たちの怨嗟の声に恐怖しながらただただ糸を掴む。数千人という人々がしがみついていたにもかかわらず、寓話の様に切れたりはしない糸は余計な者達を落としながらずんずんと上へ昇っていった。
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