Second World

松竹梅

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第一章 ヒノモト珍道中

亜神誕生

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 結論から言えば、桜姫は『最終試練』を突破した。とは言え、余裕など全く無い。観戦していたコンゴウが手に汗握るギリギリの戦いだった。最初の咆哮を護符の力で無効化し、次の大振りの戦斧を綺麗に捌いて腕を落としたところまでは良い。しかし、そこからは薄氷の上を歩くが如き戦いであった。降り注ぐ様々な属性の魔法の雨に耐え、残りの五本の腕から繰り出される暴風の如き連撃を回避しつつ効果的な攻撃を当てるのは至難の技であっただろう。
 見たところ桜姫は魔法が苦手なようで、多少の被弾を覚悟して懐に潜り込んで刀を振るうことが多かった。かと言って遠距離攻撃手段がないわけではない。背負っていた和弓からは魔法で強化した破魔矢を放っていたし、無属性魔法と光属性魔法を合わせた複合魔法を纏わせて振ることで飛ぶ斬撃を放ったりと欠点を克服する努力も怠っていないようであった。
 しかし相手は腐っても魔神。コンゴウが戦った時ほど頑丈な肉体ではないが、腐ったことでそれを補う厄介な攻撃手段を得ていた。吐き出す息は護符が無ければ死んでしまう強い呪いの力が宿り、腐った血液は床に落ちた瞬間に猛毒の霧と化す。高い治癒能力は失われたが、代わりに弾け飛んだ肉片が別の魔物の姿を象って魔神を援護するので後半になると『試練』の場は異形の化け物で埋め尽くされた。
 普通なら挑んだこと自体を愚かなことだったと後悔するほど厳しい『試練』だったが、それでも桜姫は決して諦めなかった。彼女は『魔神之骸』を追い詰めると同時に異形増えていく化け物を嬉々として斬り刻んだ。それは己が信じる『闘争の神』が与える『試練』を着実にこなしていることを誇りに思っているからに他ならない。
 破損が目立つ大鎧はどす黒い返り血と内側から流れる鮮血によって元の色がわからなくなるまで汚れているし、彼女自身も刀を杖にして立っているのがやっとの状態である。しかしそれでも『魔神之骸』は頸を刎ねられて沈黙し、光の粒子になって消えていった。驚いて端末で調べた所、これはすべての『試練』で起こる光景らしい。自分が管理すべき事を把握出来ていなかったことを恥じながら、コンゴウはよろよろと本殿に歩みを進める桜姫を迎えに行くのだった。





 『魔神之骸』は消滅し、異形の神殿も真っ暗な闇も晴れて何もない御堂と化したことで、桜姫は自分がついに『最終試練』を突破したことを実感した。後は奥に現れた渡り廊下の向こうにある本殿へ行けば、己が恋い焦がれた『闘争の神』に仕える『亜神』へと昇神出来る。出血し過ぎて朦朧とする意識と思うように動かない体に鞭打って一歩、また一歩と本殿に近づく。その時、今にも倒れそうな彼女は見た。目指す本殿の扉が開かれ、その奥から現れる見覚えのある人影を。

 「あ…貴方、は…冒険者…?」
 「お疲れ様。良い戦いだったよ。」
 「あぁ…。」

 知り合いと顔を合わせて安心したのか、桜姫は意識を手放した。コンゴウが慌てて支えたので、彼女は床に倒れ込むことはなかった。満身創痍の彼女は、倒れた衝撃で死んでしまってもおかしくない重傷を負っている。せっかく『最終試練』を突破し、『亜神』に至る資格を得た者をみすみす死なせるつもりはコンゴウには無かった。彼は桜姫をお姫様抱っこした状態で彼女が戦闘中に落とした弓を回収するとそのまま本殿へ、つまり『闘争の神』の住む『神界』へと彼女を連れて行った。





 「う、ん?ここは…?」

 目を覚ました時、彼女は暖かい布団に寝かされていた。上体を起こして周囲を見渡せば所々に見覚えのない箱のようなものがある以外は『ヤマト鬼王国』で一般的に見られる内装の部屋だった。次に自分の体を確認する。大鎧は脱がされているものの、それ以外の服はそのままで乱れた形跡もない。ひとまずほっとするが、そこで彼女ははっきりと異常を感知した。

 「あら?傷が、ない?それに血も…ない?一体どうなって…」

 自分の記憶が正しければ、『魔神之骸』と戦った彼女は重傷を負ったはず。にも拘わらず身体のどこにも傷が無いばかりか、服に染み込んだ血糊すらきれいさっぱりなくなっていた。何が何やらわからない彼女だったが、背後の襖が開く音を聞いて思わずそちらを振り向く。するとそこには見覚えがある、どころか夢にまで見た『闘争の神』が立っていた。

 「目が覚めたんだね。はい、どうぞ。身体が温まるよ。」

 驚愕によって目が飛び出さんばかりに目を見開く桜姫に、『闘争の神』はその権能とは程遠い優し気な笑顔で膳に乗せて持って来た御粥を差し出した。思わず受け取ろうとしたのだが、力が入らずによろけてしまう。そんな彼女を『闘争の神』はそっと支えた。

 「傷や汚れは消したけど、まだ体力は戻っていないみたいだ。無理はしないで。」
 「あ、ありがとう、ございます…。あの、失礼なことをお聞きしますが…貴方様は『闘争の神』様であらせられますか?」
 「そうだね。僕が『闘争の神』コンゴウだ。思っていたのと違ったかい?」

 困ったように苦笑するコンゴウに、桜姫は顔から火が出るほど赤面して首を横に振った。

 「あ!いえ!そうではなくてですね、その…そう!あの冒険者の殿方はどこに行かれたのですか?私を介抱ってあれ?あの時彼は本殿から…?」
 「あー、あれは僕なんだ。」
 「え?」

 それからコンゴウは冒険者になり切っていた訳を最初から話した。その内容に矛盾がなかったので桜姫は信じたのだが、そうなると己の行動がとても恥ずかしくなって布団に頭から入って亀のようになってしまう。それはそうだろう。彼女の行為は家の設計士相手にその家のプレゼンを行ったようなものなのだから。

 「ごめんね。騙すつもりはなかったんだ。単に間が悪かっただけで…。」
 「いいのです…。愚かな私を笑って下さいませ…。」

 布団を被っている桜姫になんとか慰めの言葉を掛けるが、彼女はいじけてしまって自虐的になっている。どうにか彼女を励まそうとコンゴウは考えたが、気の利いたことは思い浮かばなかった。そこで彼女の今後に関わる大事な話を切り出すことで強引に彼女を起こすことにした。

 「じゃあそのままでいいから聞いて。君は僕の『試練』を全て突破した最初の信徒で、最初の『亜神』になる権利が与えられている。もちろん、拒否することも出来るよ。どうする?」
 「んな!そんなの『亜神』としてお仕えするに決まっています!」

 桜姫はガバっと布団を払うと、聞き捨てならないとばかりにコンゴウに迫った。コンゴウは気圧されてしまいそうだったが、そこは『闘争の神』としての意地で平静を装った。気張ったおかげだろうか、己がまた暴走したことに気が付いた桜姫はすごすご引き下がると布団の上で正座し、コンゴウの目を真っ直ぐ見据えて言った。

 「改めて申し上げます。私、『ヤマト鬼王国』が鬼王、天葉が長女、桜は『闘争の神』様の『亜神』としてこの身が滅びるまでお仕えすることを誓いますわ。」
 「君の覚悟は伝わった。今から君は僕の『亜神』だ。桜…いや、サクラ。これからよろしく。」
 「はい!未熟者ですが末永くよろしくお願いいたします!」

 どこか言い方が妙に感じたが、これが彼女なりの挨拶なのだろうと気にすることはなかった。座礼しているサクラの顔に何かに勝利したかのような優越感を感じさせる笑みが浮かんでいることに、彼は最後まで気が付かなかった。





 それからしばらく、二人でコンゴウが作った御粥に舌鼓をうつ。ここにある食料はすべて『共奉神殿』または『本神殿』に捧げられた神への供物だ。『ガイア』において、『神』に捧げた供物は『神界』に飛ばされて『神』の持ち物となる。つまり彼らが食べている御粥の元になった水もお米も塩もすべて供物であり、何の工夫もないのに美味しいのは信徒たちが最高級の供物を捧げているからに他ならない。コンゴウは己が慕われ、頼られるという事実に重責を感じると共に嬉しいことだとも感じていた。
 二人は食事しながら様々な話をした。そのほとんどがサクラが国に伝わるコンゴウの武勇伝に関して質問し、それについてコンゴウが答えるといった形だ。普通の女の子は興味を示さないような血生臭い話に彼女は目を輝かせている。特に彼女の父と共に狂える先代鬼王と戦った時のことに彼女は食いついた。

 「父上は当時のことを話したがらないのです。お爺様を手にかけねばならなかった辛さは解りますが…。」
 「それはまあ、仕方ないだろうね。あの戦いは悲惨だったから。それでも聞きたいのかい?」
 「はい。私には知る義務があるのです。お爺様の角を継いだ者の義務が。」
 「ああ、あの刀はそういう…。いいよ、話してあげる。あれは…」

 当時、魔神は世界中に己の眷属を放った。ゲーム的にはイベントボス、という扱いだったのでコンゴウも何体か討伐した経験がある。勿論ソロで、だ。『ヤマト鬼王国』に出現したその内の一体を先代の鬼王は見事討伐せしめたのだが、彼は死ぬ間際の呪いによって狂気に侵されてしまった。その影響で鬼王は魔神の眷属よりも恐ろしい化け物へと変貌し、それは『ヤマト鬼王国』が誇る戦士団『武鬼』を壊滅させる程の脅威となったのである。その時、邪龍・『八岐大蛇』を退治するためにヒノモト列島に訪れていたコンゴウが共闘して倒したという流れだ。

 「あれは後味が悪かったよ。両手両足を失っても、内臓を潰しても死なない。そんな理性を失った化け物になった君のお爺様の頸を、天葉は泣きながら刎ねたんだ。その時の彼の悲痛な叫びは今も耳に残っているよ。」
 「そんなことがあったのですね。確かに、父上に聞くのは無神経でしたわ…。では気を取り直して、『八岐大蛇』との戦いについて聞かせていただけますか?」
 「き、切り替え早いんだね。ええと、あれは…」

 こんな感じで二人の楽しいおしゃべりはもう少し続くのだった。
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