北風と太陽

ホタル

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北風と太陽

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 「北風と太陽」ってあるじゃん。
 藪から棒ですね。まあ、ありますね、童話に。
 あの物語の北風っていいヤツだと思うんだよね。
 どうしてですか?北風って寒いから私嫌いなんですけど。
 ・・ずいぶん個人的な意見だね・・・
 いやまあ個人的事情を差し引いて一般論から見ても嫌われ役、とまでは言わないですがあまり好かれる役ではないと思いますよ。少なくとも好きになる要因はないのでは?
 そんなことはないよ!北風は十二分に愛されてしかるべきキャラクター!
 ・・・何ですかそのテンション。キモいですね。
 キモいとか言うな!!
 すみません、「愛おしい」の婉曲表現です。昔から口下手でして。
 ・・色々言いたいことはあるけどまあいいよ、今は不問にしよう。代わりに罰として北風の魅力を聞いて。
 罰を与える時点で不問になっていないんですけど。
 うるさい!つべこべ言わずにまずは聞いて。
 はいはい分かりました分かりました。それで一体、北風の何がそんなに魅力的なんです?
 ・・・北風ってさ、当たり前だけど寒いじゃん。さっき言ってたけど。
 ええ、だから嫌いなわけですし。それが一体何なんです?まさか、寒いのが好きだからとかそういう・・・
 違う違う!むしろ寒いのは苦手だよ。言わなかったっけ?冷え性なんだよ。
 それじゃあ尚更何故ですか?自分の冷気を見せつけるという個人的な理由で旅人を苦しめた傲慢極まりない非人道的な北風の何を好きになったんですか?もしや・・・マゾヒストですか?
 急に北風へのディスが加速してない?!そしてそれも違うから!いや違わないこともないけど、少なくとも北風を好きになる理由はそこじゃない。
 まさかの性癖カミングアウトに私は絶句していますよ。お詫びとして黙って話聞きますから、どうぞ北風の魅力を余すことなく語ってください。
 急に優しくしないで!というか、最初から黙って聞いてくれればいいのに・・・。まあいいや、北風が好きな理由は「寒いから」なんだよ。
 ???
 寒いとさ、温かみの恩恵がいつも以上に感じられるじゃん。コートのありがたみも、ホットココアの美味しさも、暖房の素晴しさも、寒さがあるからこそ深みが出ると思うんだよ。
 ?、まあ確かにそうですけど。暑いからこそアイスや冷やし中華は美味いし、寒いからこそ紅茶や鍋は美味しい。クーラーやこたつに助けられるのは少なからず気温による影響下にいるからですもんね。あぁ、なるほど。つまり私たちにそういったもの、日常の中に隠れている便利やありがたみを教えてくれる、いわば必要悪的な役割を北風が担っている、と言いたいんですね。北風は風を起こして人間を困らせ、その後太陽に敗北することで私たちに大切なことを伝えてくれているいいヤツなのだと。
 うんまあ、そういうことなんだけどそうじゃないというか。別に料理とか家電製品の話をしたい訳じゃないし、そんな見事な考察を披露して欲しかった訳でもないんだけど。
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 はぁ、一つ言いたいことがあるんですけど、いいですか?
 何?何か納得行かないところでもあった?
 私の可愛すぎ


 その言葉が聞こえてからわずかにタイムラグがあって、気づいたときには唇に温かくて柔らかいものが触れていた。言葉が意味をもつ文章へと変換される直前の一瞬の隙に捩じ込まれた衝撃で、目の前が爆ぜて火花が飛び散る。視界はチカチカ、頭はクラクラ。停止しそうな思考の中、快楽物質だけはしっかりドバドバ放出されて身体中に満ちていく。あぁヤバイ。押し流される。押し倒される。押し潰される。彼女への愛と、彼女からの愛で理性とか世間体とか常識とか良識とかそういうもろもろが。
 幸い周りには人はいない。この子はそれを確認したからこそ、この行為に踏み切ったのだろう。全く年下とは思えないぐらいしっかりちゃっかりしているなぁ。甘い彼女の唇を味わいながら漠然と考えた。気持ちいい。心地いい。快くキスの愉悦を受け入れる。近くでカンカンなっている踏み切りの音が遠い。何だか意識も遠退いている気がする。
 体感時間ではもうかれこれ一時間経過したかなと思われるころ、やっと彼女が離れてくれた。嫌なわけじゃないが、こんないつ人が通るかも分からない路上ではあまりしたくない。出来ればそういうのは二人っきりになれる場所でやりたいものだ。

 
 まったく本当に・・・可愛すぎませんか先輩。いじらしすぎませんか先輩。素敵すぎませんか先輩。キスしていいですか先輩。
 最後の以外はありがたく頂戴・・・できるか!可愛いとか変なこと言わないで。それから路チューもしないで。はその・・・、マイノリティなんだから。
 はあ、人目気にしてるくせにそれでも遠回しな言い方で私の熱を求める先輩可愛すぎ。いいじゃないですか別に。日本には同性婚を認める法律も、積極的に肯定する条例も存在しないけど、逆もまた然りですよ。私たちは少数派で世間様には私たちを好まない人もいるけど、それでも私たちは罪人じゃないです。悪いことしてるわけじゃないんですよ。ただちょっとイケないことしてるってだけで。
 だからって路チューする理由にはならないでしょ。
 何ですか?違うんですか?寒いと好きな人と密着したときその熱をより心地よく感じられるからいいよね、とかそういうことが言いたかったんですよね。それは私には、キスしてくださいって言ってるようにしか聞こえなかったんですけど。
 言いたいことはちゃんと伝わってるのにどうしてそこで拡大解釈しちゃったの・・。別にただあなたの熱に触れたかっただけだよ。
 だからお望み通りキスを・・・
 違うの!私がしたかったのは・・・こういうこと。


 そう告げて私は彼女の手を取って、掴んだその手を私のコートのポケットに押し込んだ。私の薬指と小指で挟まれた彼女の薬指が僅かに震えた気がした。恋人繋ぎなんて始めてやったが、なるほど確かにこれはすごい。何がすごいって彼女との密着率がすごい。二人の手をポケットに突っ込む都合上、今二人は相当近づいていて結果手だけでなく彼女の身体ともかなり触れ合っている。ヤバイな。流石にこれは熱すぎる。冬なのに汗をかく女にはなりたくない。でも彼女とのこの距離を離したくない。ジレンマのなか私は現状維持を選択する。
 チラッと横を見ると彼女は何というか、困惑していた。「えっ!熱を感じるってこういうこと?!」とでも言いたげな顔つきだ。彼女はキスとかそれ以上のことにはなんとも思わないくせに、こういう小学生みたいなことにはかなりドギマギするらしかった。案外これで乙女なのですよ。

 私の彼女可愛すぎ

 彼女の顔が紅く染まっていく。朱に交われば朱くなる。私の顔も同じように紅潮した。赤いリンゴの実が二つ、冬の道路に佇む。いや、今はかなり密着しているからリンゴというよりサクランボの方が適切な表現かもしれない。今すっごい甘酸っぱい気持ちだしね。


 全く、先輩は変態ですね。こんな路上で手を繋ぐなんて・・・。変態を自称する私ですらおののきますよ。
 路チューを肯定する人には変態なんて言われたくないかな。
 でも、先輩私のこと大好きですよね。変態でわがままで身勝手な私のこと、心の底から愛してくれてますよね。
 うん、大好き。直してほしいところも良くないと思うところも山ほどあるけど、それでも世界の中心で愛を叫びたいぐらい好き。
 ・・・それなら良かったです。


 ポケットの中でぎゅっと手が握りこまれた。お互いの熱が混じりあって、もうどっちのものか分からない。彼女は私とは反対の方、何もない虚空を見ている。本当こういうとき可愛いな。乙女モードの彼女は普段の三割増しで魅力的だ。北風なんかよりもよっぽど愛おしい。二人の間に漂う静謐な空気が、通りすぎながら私たちを冷やかしていくのも気にならないくらい想いが溢れてくる。


 ・・・明日、講義もバイトもありませんでしたよね。
 うん、そっちもだよね。
 なら言わずもがなということでいいですよね。
 もちろん。一旦家に帰る?
 いや、直で行きましょう。何というか、もう無理です。タクシー使ってでも速攻帰りたい気分です。
 それは流石に勿体ないから止めておくとして、それじゃあそのまま私の家に行こうか。
 ええ、早歩きで行きましょう。大丈夫。先輩の汗なら悦んでいただきますから。気にせず競歩で行きましょう。


 すっかりスイッチが入ってしまった彼女は目をギラギラとさせてからスタスタと歩いてゆく。そうなると自然私も彼女の歩幅に会わせなければならないわけで・・・。やれやれまたリードを握られてしまったらしい。
 彼女は興奮していて、息もやや荒くなっている。いかにもな変態の図だな、これまた。それでも潤んだ瞳が、握った手から伝わる血脈が彼女のドキドキとトキメキを教えてくれる。うん、これで満足だな私は。だから彼女の領分であるベッドの上では大人しくされるがままにしておいてやろう。別に喘がされて年下に良いように手駒にされているわけではない。断じて違う。・・・まあ、実際上手いと思うけど。他の人との経験がないからよく分からないが滅茶苦茶気持ちいいのは否定できない事実だ。
 しょうがない、しょうがないと私は自分に言い聞かせる。多分今日の彼女は激しいだろうからいつも以上に心の準備をしておく必要がある。
 どうか、私のすべてが搾り取られませんように。
 そう心の中で祈ってから、手を引っ張って先を急ぐ彼女の隣に並び立つように私もまた歩を進めたのだった。


 ・・・先輩。
 何?
 私、太陽って好きなんですよね。
 どうして?太陽って暑くて汗かくから私は嫌いなんだけど。
 先輩も大概個人的な意見をぶつけますね・・・
 まあね。あなたの恋人だもの。
 ・・・それはともかく、太陽って暖かいじゃないですか。
 そりゃまあ、汗かくぐらい暖かいから嫌いなわけだし。まさか好きな人の汗をなめなめしたい特殊性癖の持主!?
 ちょっと黙らないとなめなめしますよ。
 ひゃっ!あっ!分かった!分かったからそこはやめてよ。
 ふむ。まあ特殊性癖なのは否定しませんが、好きな理由はそこじゃありません。太陽が好きな理由は「暖かいから」ですよ。
 ???
 暖かいんですよ、太陽は。冷たくなった身体も、凍りついた心も太陽は平等に暖めてくれるんです。・・・私は昔から寒がりでしたから、寒いところは苦手なんですよ。温かくなる保証のない寒いところは・・特に最悪です。
 ・・・そっか。
 だからいつも皆を分け隔てなく暖めてくれる太陽がこの世で一番好きでした。
 ・・へぇ、過去形なんだ?
 ええ、今は私にだけ優しくしてくれる、私だけの太陽を見つけましたから。その太陽が一番好きです。
 ・・・そっか。
 そうです。
 ちなみに私も太陽は好きだよ。私の前でいつもにこやかに笑ってくれる、ちょっと小さい太陽なんだけどね。どんな暖房器具や鍋料理よりも私のことを温めてくれる最高の太陽なんだ。
 ・・・そうですか。


 コテンと背中を向けてしまった彼女に腕を回し、肌と肌を密着させる。やっぱり温かいな。心地よい熱に当てられて私の脳はぐちゃぐちゃになってゆく。微睡みが訪れて、瞼が重くなるのを感じた。流石に疲れすぎたらしい。
 
 おやすみ。

 私は声なき声で呟いてから夢の中に落ちて行く。最後の瞬間、彼女のすすり泣く声が聞こえた気がした。彼女の涙を拭き取ってやれないことを悔しく思う。でもまあ彼女も泣き顔なんて見せたくないだろうし、これでいいのだろう。
 それから視界は黒に染まった。



 あぁどうか、私の太陽よ曇らないで。
 君の笑顔が
 君の笑い声が
 君の全てが
 私の生きる理由なのだから。
 私も君を照らしてみせるから
 私も君を喜ばせてみせるから
 だから、ずっと隣で笑っていてね。

 私はどうやら素敵な北風にはなれないらしい。
 愛する彼女に愛されたいから。
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