華園高校女子硬式野球部

群武

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中学最後の夏休みの最終日
私は夏休みの宿題を終えるとすぐにグローブケースを持って家を出る
家の前には幼馴染の天宮 守(あまみや まもる)が待っていた
「遅いぞ千陽(ちひろ)」
「ごめんごめん!」
「さっさと行くぞ!」
そう言うと守は直ぐに走り出した
「自転車は!?」
「壊れた!」
「うそん」
自転車で送って貰う予定だったのに!
ショックを受けながらも私は走り出す
目的地は近くの河川敷
なんでこんなに私達が急いでいるかと言うと
今日は地元の草野球チーム(大空ペガサス)が隣の市のチームと試合が組まれているからです

「守くんと千陽ちゃん!」
そう声をかけてきたのはペガサスの主将をしているやっさんだ(名前の理由は八百屋を営んでいるから)
「準備は出来てる?」
「「走って来たから大丈夫!」」
私達は声を揃えて返事をする
「じゃー5回の守備からお願い」
「「はい」」
今は4回表で1対1の同点でペガサスが絶賛攻撃中
「千陽、さっさとキャッチボールするぞ」
「はーい」
私はグローブケースから愛用の投手用のグローブを取り出してキャッチボールを始める
4回表のペガサスの攻撃が終わるタイミングで守が座る
「よしこい!」
守はバンッとグローブを叩き捕球面をこちらに向ける
私はその面を見つめながら大きく振りかぶってからオーソドックスなスリークウォーター(斜め上から投げる投球フォーム)からストレートを投げ込む
バシッと乾いた革と革がぶつかるいい音がする
相変わらずキャッチャーミットじゃないのにいい音を鳴らす
守のメインポジションは捕手だが草野球ではショートをしている(本人曰く本気の時しか捕手はしないらしい)
それから何球かピッチングをするといつの間にか5回になっていた
「そろそろベンチに行くか」
「そうだね」
私達はピッチングを終えてベンチに戻る
どうやら相手の攻撃も0点で終わったみたい
「あの子、見たことない」
「どの子だ?」
「ほらあの子」
そう言って私はライトで守っている小柄な女の子を指さす
「あれ、皇(すめらぎ)じゃないか?」
「?」
皇?初めて聞く名前かな
「覚えてないのか?ファイターズの3番の皇だぞ?」
ファイターズと言えば今年の夏の大会で全国に出場したチームである
「は?ファイターズの3番って白王さんじゃ」
「はぁ~」
「ちょっと何よ。いきなりため息なんか吐いちゃって」
「確かに白と王って漢字だがあれは皇って読むんだよ」
「あれで1つの漢字だったんだ」
私はまさかの事実に衝撃を受ける
「お前良くそれで俺と一緒に華園高校を受験しようと思ったな」
「悪い?」
「悪くは無いが・・・頑張れよ」
そう言って守は私の頭を撫でる
「勉強教えなさいよ」
「へいへい」
守は野球一筋のくせに頭がいいので良くテスト勉強に付き合ってもらっている
ちなみに私達が行こうとしている華園高校は部活に力を入れている高校で男子硬式野球部は昨年ベスト4の強豪校である。来年の春から女子硬式野球部も設立されるらしい
「皇も華園来たら面白いのにな」
「あの子は聖宗高校でしょ」
「やっぱ女子野球だったら聖宗か」
「全国常連だもん」
聖宗高校とは私が住んでいる隣の県にある高校で野球部は男女共に全国クラスの強豪校で女子硬式野球をやるなら華園よりも聖宗に行く子が多い
そんな事を話しているうちにペガサスの攻撃が終わってしまう
「よっしゃ行くか」
「うん!」
私達は自分のグローブを持ってポジションに向かう

「ちゃんと宿題は終わったか千陽?」
そんな事を言ってくるのは私の父でチームの創設者の大空 陽向(おおぞら ひなた)である
「終わったからここにいるんでしょお父さん。そんな事より早く構えてよ」
「野球のキャッチボールより親子のキャッチボールをして欲しいな」
「私は野球を優先するわ」
私はそう言うと早速ストレートを投げる
「おっと」
父は危なっかしくも何とか捕球する
「いい球を投げるようになったじゃないか」
「一応野球ばっかりしてるからね」
それから規定の数投球する
投球を終えると父がこちらに来る
「球種は何があるんだ?」
さっきまで巫山戯ていたのが嘘のような表情で話しかけてくる
「スライダーとカーブ」
もう1球種あるが今は禁止している
「了解」
そう言うと父は直ぐに元の位置に戻る
父が座ると打者が入ってくる
先頭打者はさっきも話題に出ていた皇さんだ
「プレイ!」
審判の掛け声と共に集中力が上がる
すると皇さんも左打席に入り構える
とてもシンプルな打撃フォームで構える
お父さんからサインが来るまで少し待つ
「(初級は真ん中から外に逃げるカーブ)」
私は首を縦に振ってから振りかぶる
ストレートと同じ腕の振りを意識して投げる
ボールは思った通りのコースにいく

ボス

少し鈍い音をさせながら父は捕球する
「ストライーク」
まず初球は入れることに成功する
「(次はインコースにスライダー)」
先程の球で外を意識させれたならこの球には反応しにくいはず
リリースの瞬間に人差し指で切るように投げる
インコースのスライダーは打者に当たりそうなコースからストライクゾーンに入ってくるため、初見の打者は一瞬腰が引けてしまう
「(いいコース)」
私は自分でも自信を持てるコースに投げられたが、皇さんは読んでいたかのように少しオープン気味にステップする
「(読まれた!)」
いくらコースが良くても読まれた場合打たれる可能性はある

キンッ

鋭い金属音と共に私の投げたボールは一塁線の外側に砂煙だけ残して飛んでいく
一塁を守っていたやっさんは打球に反応出来ずに呆然としていた
「え?」
おじさん組は驚異的な打球スピードにド肝を抜かれる
「(あっぶなー)」
まさかあのコースを捉えられるとは思っていなかったため冷や汗をかく
「千陽!落ち着け!」
後ろから声が聞こえる
誰が声を掛けてくれたかは見なくてもわかる
「お父さん、ボール」
「お、おう」
ほおけていたお父さんからボールを貰う
私はその後に左手を右肘の所に持っていく
お父さんは私が言いたいことを理解したようで黙って外に構える
「プレイ!」
再び審判から声が掛かる
カウントはツーストライク
私は深呼吸して一拍置いてから振りかぶる
狙うはアウトコースいっぱい
まだ見せていないストレートならいくら皇さんでも反応できないはず
少し指のかかりが甘かった気がするがコースは悪くない

キィーン

さっきとは違い甲高い金属音と共にボールは綺麗な放物線を描きながらレフトの頭の上を越える

チャポン

なんとボールはレフト後方にある茂みを越えて川の中に入ってしまった
「は?」
女の子とは思えないような声が出てしまう
そんな私の声は聞こえなかったようで皇さんは優雅にダイヤモンドを一周する
ホームベースを踏んだタイミングでスコアボードに1の文字が記入される
これで1対2になる
別に初めてホームランを打たれた訳では無いし、人生をかけた試合という訳では無い。しかし、悔しいものは悔しい
私は悔しい気持ちを落ち着けるために深呼吸をする
少しだけ落ち着いたので改めて捕手のお父さんの方を見る
「ボール」
私はボールを要求する
それからは後続の打者達に憂さ晴らしをするかのように容赦なく打ち取った

ホームランを打たれてから少しイニングが進み
現在は7回表で相変わらず1対2で負けている
こちらの攻撃はお父さん、守、私の3人だ
「おじさん出てくれよー」
守は打席に立っているお父さんに声をかける
集中しているのか緊張しているのか返事はない

ゴツン

とても鈍い音がした直後、ボールが三塁の方へ転がる
打ったお父さんは必死に一塁へ走る
予想以上のボテボテな打球にサードは虚をつかれたようで1歩目が遅れる
いつもよりも遅れて捕球したサードは慌てて投げるけどお父さんの決死のヘッドスライディングの方が早い
一塁審は両手を横に広げる
判定はセーフ
「よっしゃー!」
お父さんは年甲斐もなく雄叫びをあげる
その雄叫びを聞いた守は
「いくら草野球でも負けだけはないよな」
そう言って打席に向かう
相手投手が投じた初球をフルスイング

カキーン

打った瞬間ホームランと分かる打球がライトを守っている皇さんの上を軽々越えていく
流石世代別日本代表選手だけはある
皇さんと違い守はとても嬉しそうにダイヤモンドを回る
私は守を出迎えるようにホームベースの近くで待つ
「っしゃー!」
先に帰ってきたお父さんがハイタッチしようと手を上げるが、私はそれを無視して後から帰ってきた守とハイタッチをする
「お父さん悲しい」
そんなことを言うお父さんは放っておく
「・・・ナイバッチ」
「おう!後は千陽がしっかり抑えるだけだな」
この時の守の笑顔はとても輝いて見えた
今ので3対2と逆転に成功した
「私も打たないと気が済まない」
「お前らしいな」
バシッと気合いを入れるように背中を叩かれる
気合いの入った私は左打席に入る

キン

私の打球はまたしても皇さんの後方へと飛ぶ
守ほどではないがライトオーバーの打球である
皇さんは私が打った瞬間目線を切って、後方へと走る
それから1度も打球の位置を確認することなく走り続ける
それでも打球には追いつきそうにない
それを確認した私は2塁を狙う
私が2塁に到達する前に大きな歓声と落胆の声が聞こえる
「え?」
私はライトの方を見る
そこにはダイビングキャッチをしたと思われる格好で捕球アピールをしている皇さんだった
「あれ捕るの」
私は悔しさを通り越して尊敬の念を抱く
それから私は小走りでベンチに戻る
「ドンマイドンマイ」
「あれは相手が上手かったね」
「切り替えてこ」
おじさん達が慰めてくれる
「あれを捕られちゃどうしようもねーな」
そして守も『お手上げ』の格好で言う
「あれは上手すぎるわ」
私も同じ格好で言う
「その借りはピッチングで返そうぜ」
「そうする」
そう言って私はお父さんとキャッチボールを始める
「あの子うますぎねーか?」
「そら全国クラスだもん」
そう言って少し強めに投げる
するとお父さんは変な音を出して捕球に失敗する
「?」
お父さんは顔を歪めてグローブを外す
「どうしたの?」
私はお父さんの方へと近づく
「突き指したみたいだ」
どうやらさっきのヘッドスライディングで突き指をしたらしい
「は~」
私はため息をついてからやっさんに相談する
「お父さん、突き指しちゃったらしいんですけど誰かキャッチャーできる人いますか?」
「流石に千陽ちゃんの球を捕れる人は居ないかな」
「そうですか」
私は少し考えてから守の元へ行く
「キャッチャーやらない?」
「嫌だ」
「そんなこと言わずに」
「俺草野球じゃキャッチャーやりたくないんだよ」
「知ってる」
「だろ?だから」
なかなか首を縦に振らない守
あまりしたく無かった手段に出る
「今度フルコースでご飯作ってあげる」
たった一言で守の目の色が変わった
「この試合絶対勝つぞ」
一気にやる気になる守
「流石にそこまでやる気にならなくていいわよ」
「いーや、千陽の料理を食べる為にもこの試合は絶対勝つぞ」
私の料理がなぜここまで守のやる気に直結しているのかは未だによく分からない
「あれはどうする?」
「皇さんの時だけ使うわ」
「了解」
このタイミングで最後の打者が三振して帰ってくる
こちらの攻撃も終わったので気合いを入れ直す
「この回は皇から始まるから気を抜くなよ」
「当たり前じゃない」
「ペガサスの最強バッテリーの力を見せてやろうぜ」
「うん!」
私は守とグローブでハイタッチをしてマウンドへ向かった
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