アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

文字の大きさ
46 / 153
第5章 冥府の王妃ペルセフォネ

5 竪琴を弾く美形

しおりを挟む
 トゥララ・ラ・トゥララララ~…トゥララ・ラ・トゥララララ~…トゥララ・ラ・トゥララララ~……

 鮮やかに楽器を奏でる音にも歓迎するように出迎えられて、結界の外へと抜け出したことを認識した。

(オルフェウス…)

 大木の幹を背に片膝を立てた状態で地に座り、大型の魔獣ヒッポスホースの前で竪琴リラを指先で弾いているその姿は。
 耳をくすぐる音色とともにとてつもなく美しい。
 おそらくは風に宿る精も地に宿る精も木々の精も池の精も、それこそ全ての居合わせた霊たちが姿を現してはいないものの聞き入っているに違いないと魅入った。

「どうやら連れ出せたようだな」

 顔を上げ、こちらの気配に気がついた天賦の楽師があっさりと演奏を辞めて立ち上がる。
 その、あたかも天才絵師が描いた絵画の中から出てくるが如く優美な姿を前に残念な気持ちが湧いて仕方がない。
 いつだって短い時間でしか披露してくれないのだ。

(もう少し弾いてくれたっていいのに…)

 天上界の音楽と称しても過言ではないのでは――そう感じられる弾奏に何度続演を望んだことか。
 今度勇気を出してねだってみようかと思いながら近づいていくと、獣車の中に竪琴をしまった美形がスッと瞳を細めた。

「ずいぶんと分不相応の願い出をしたようだな」

 冷ややかな口調と視線は腕の中の小さな聖獣に注がれている。
 ビクッと童子を模した羊が腕の中で跳ね上がった。

(なんだ…?)

 ギュッとこちらの胸元クライナを掴んでブルブル、ブルブルと小刻みに身を震わしている。
 明らかにオルフェウスを怖れているのだ。
 一体どうしてなのか。
 本来ならば、美しいと見惚れてもおかしくない美貌だというのに、額を胸に擦りつけてる様は目が合うことを確実に避けている。

「ソレは私が運ぼう」
「いや、ちょっと待って…」

 当たり前のように差し出された手を身を捻ることでかわした。

「気持ちはありがたいけど、オレがその…抱いて運ぶ約束をしたんだ」
「抱いて運ぶ約束?」
「そうなんだ…えっと…つまり、オレがこのまま運んで…冥府の王妃に手渡してくれるなら、素直に従うって言われて…それで…約束を…」

 よくよく考えれば、相談を全くせずに独断で取り決めてしまったのだ。
 まずかったかなと顔色を窺う。
 それも地面に咲いていた小さな花なんかに誓って、お遊び感覚でしたのかなどと追及されてもいたたまれない。
 詳細を伝えることはあえて避けた。
 すると目の前の美麗な唇が、こざかしい真似を…と不機嫌この上ない声で言葉を発した。

「えっ…と…わ、悪かった…勝手なことをして…」

 ここまで不快さを露わにされるとはと。
 慌てて謝罪した。
 怒気を感じ取って、いっそう激しく震え始めた、腕の中の小さな背中をポンポンとあやすようにしながら、ほんと、ごめん…と再度謝る。

「これからはちゃんと…気をつけるからさ…」

 やはり案内人であるオルフェウスをないがしろにするようなことはしてはいけないのだ。
 オルフェウスからすれば、身元引受人のような感覚もあるのだろう。
 その保護観察対象者でもある自分に予想外の振る舞いをされて気を悪くしたに違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...