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第6章 嫉妬したオルフェウスに…
2 抱っこされて
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続けて、バサッバサッと。
天馬が大きく羽ばたいて宙へと駆け上がり、主を追って光の渦へと入る。
や否や、スォンッと異界層への扉が閉められた。
(あっ…)
それは独擅場とも言える強引な幕引きだ。
ただただ呆然として立ち竦むことしかできない。
唐突に始まり、そして一方的に終わった。
後に残されたのはありふれた神殿の無機質な天井で。
壁に掛かった松明の明るさと燃える音だけとなった空間でスッと、オルフェウスが右手を降ろし、霊気の防御壁も形を消した。
ズンッと重たかった空気の圧ももはや一切感じられない。
けれども、どうにも意識が追いついていない。
そんな当惑する背後でわずかなため息が漏れ聞こえた。
「身体は大丈夫か?」
「えっ…あっ、うん…」
心配そうに見下ろしてきた青灰色の瞳にぎこちなく頷いて返す。
今のはなんだったんだと口を開く前に、すまなかったと詫びられた。
「どうやら始めからこの場にいたようだ。わかっていたならば側を離れなかった…私の落ち度だな」
「えっ、いや、それは…」
誰も予想ができなかったわけで、謝る必要なんてないのではと目で問いかける。
(でも…始めから…いたのか…)
にわかには信じがたいが、あの出現の仕方を振り返るとおそらくは正しいだろう。
だがそれならば、なぜ姿が見えなかったのか。
凡人である自分だけが見えていなかったのか。
「ここまで束縛が強いとはな…しかし、考えてみれば当然か」
オルフェウスが小首を傾げ、わからなくもないと何かの境地に至ったかのような顔つきをする。
その姿におずおずと尋ねた。
「あのさ…オレだけ…じゃないよね、見えなかったのって…」
「あぁ、ハデスだけが操れる、不可視化した甲冑は誰にも見えない…あの様子じゃ、王妃にも黙ってついてきたのだろう」
「そっか…」
アエラス・パノプリアと称する武具が果たしてどのような物なのかはよくわからないものの、自分だけでなくてよかったと。
とりあえずあの場にいた、冥府の王以外の全員が見えていなかったことに奇妙な安心感を覚える。
ぼんやりと天井を見上げて感慨に耽っていると――
「え…あっ…うわぁっ」
前触れもなく身を屈めたオルフェウスによってスッと膝裏に手が入れられ、ひょいっとそのまま横向きに抱きかかえられた。
「えぇえっ、ちょ、ちょっと、な、なんでっ!?」
「黄金の羊を渡す使命は終わった。我々も獣車に戻ろう」
「いや、それはそうなんだけど…」
獣車に戻ること自体にはもちろん異論はない。
けれども腕に抱かれて運ばれる理由には身に覚えがない。
下ろしてくれと告げようとした矢先に、イオン、来いと呼ぶ声に割りこまれた。
クゥィイッと応じてバサバサと小さな影が飛んでくる。
とオルフェウスが叱咤した。
「情けないぞ…いかなる時もディケを守れと言ってあったはずだ」
「えっ」
オルフェウスから魔鳥への初めて聞く指示を耳にしながら、そう言えば、いなかったと。
肩に乗っているはずの存在が遠くから現れたことに驚いた。
天馬が大きく羽ばたいて宙へと駆け上がり、主を追って光の渦へと入る。
や否や、スォンッと異界層への扉が閉められた。
(あっ…)
それは独擅場とも言える強引な幕引きだ。
ただただ呆然として立ち竦むことしかできない。
唐突に始まり、そして一方的に終わった。
後に残されたのはありふれた神殿の無機質な天井で。
壁に掛かった松明の明るさと燃える音だけとなった空間でスッと、オルフェウスが右手を降ろし、霊気の防御壁も形を消した。
ズンッと重たかった空気の圧ももはや一切感じられない。
けれども、どうにも意識が追いついていない。
そんな当惑する背後でわずかなため息が漏れ聞こえた。
「身体は大丈夫か?」
「えっ…あっ、うん…」
心配そうに見下ろしてきた青灰色の瞳にぎこちなく頷いて返す。
今のはなんだったんだと口を開く前に、すまなかったと詫びられた。
「どうやら始めからこの場にいたようだ。わかっていたならば側を離れなかった…私の落ち度だな」
「えっ、いや、それは…」
誰も予想ができなかったわけで、謝る必要なんてないのではと目で問いかける。
(でも…始めから…いたのか…)
にわかには信じがたいが、あの出現の仕方を振り返るとおそらくは正しいだろう。
だがそれならば、なぜ姿が見えなかったのか。
凡人である自分だけが見えていなかったのか。
「ここまで束縛が強いとはな…しかし、考えてみれば当然か」
オルフェウスが小首を傾げ、わからなくもないと何かの境地に至ったかのような顔つきをする。
その姿におずおずと尋ねた。
「あのさ…オレだけ…じゃないよね、見えなかったのって…」
「あぁ、ハデスだけが操れる、不可視化した甲冑は誰にも見えない…あの様子じゃ、王妃にも黙ってついてきたのだろう」
「そっか…」
アエラス・パノプリアと称する武具が果たしてどのような物なのかはよくわからないものの、自分だけでなくてよかったと。
とりあえずあの場にいた、冥府の王以外の全員が見えていなかったことに奇妙な安心感を覚える。
ぼんやりと天井を見上げて感慨に耽っていると――
「え…あっ…うわぁっ」
前触れもなく身を屈めたオルフェウスによってスッと膝裏に手が入れられ、ひょいっとそのまま横向きに抱きかかえられた。
「えぇえっ、ちょ、ちょっと、な、なんでっ!?」
「黄金の羊を渡す使命は終わった。我々も獣車に戻ろう」
「いや、それはそうなんだけど…」
獣車に戻ること自体にはもちろん異論はない。
けれども腕に抱かれて運ばれる理由には身に覚えがない。
下ろしてくれと告げようとした矢先に、イオン、来いと呼ぶ声に割りこまれた。
クゥィイッと応じてバサバサと小さな影が飛んでくる。
とオルフェウスが叱咤した。
「情けないぞ…いかなる時もディケを守れと言ってあったはずだ」
「えっ」
オルフェウスから魔鳥への初めて聞く指示を耳にしながら、そう言えば、いなかったと。
肩に乗っているはずの存在が遠くから現れたことに驚いた。
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