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後編
第十五章 刻まれる想い-4
しおりを挟む(宮廷博士……ライサさんが……)
友人には伝えなかったが、手紙にはディルクとライサの出会いの危険性も書かれていた。
正直、王子に介入する間もなく全てが動いてしまい、今更どうすることも出来ないのだが。
しかしネスレイの予知がなければ、ガルデルマの決断がなければ、自分も二人を会わせないようにしただろうことは否めない。
「殺し合うどころか愛し合うなんて……奇跡じゃないか、姫」
ラクニアを救い、死の軍を退け、本来の力を取り戻しーーどれも二人が出会わなければ成し遂げられなかったことばかりだ。
今となっては会わないほうがよかったなどとは微塵も思わない。
でもこの先戦争ということになったら、二人はどうなってしまうのだろう。
王子は机に向かい紙とペンをとる。
ーー拝啓、愛する私のシャザーナ姫、
君もよく知るディルシャルクとライサさんが恋をしたよーーーー
そして今まで受けた報告、彼女の行動の知る限りを書きしたためていく。
どうか二人に幸せな未来があるように。悲しい道を選ばないで済むように。
一文字一文字に願いを込めながら。
◇◆◇◆◇
もしも、相手も同じ想いを抱えていたのなら。
信用を失い、嫌われているとすら思っていたディルクは、そんなことを考えたこともなかった。
しかし知った瞬間、抑えていた気持ちが溢れ、全力で求めてしまっていた。
今となってはもうわからない。一体今までどうやって彼女を求めずにいられたのか。
想いを伝え合い、泣き出してしまったライサを、ディルクはぎゅうっと抱きしめた。
愛しさがこみ上げて止まらない。嬉しくて堪らず、彼女の唇に再び唇を重ねる。
今までの渇きを癒すように二人はキスを繰り返した。
肌触りのよいソファに並んで座り、ディルクがお茶を淹れる。
それを一口飲むと、ようやく二人の頭がはっきりしてきた。
「でも私達……敵、なんだよね」
「ラスボス同士って感じだな」
ライサの呟きに、ディルクは苦笑した。
「多分そこは、姫さんも危惧してた」
「ひ、姫様が?」
「俺のこと聞かなかったろ……多分、な」
殺し合うことだって想像に難くない。むしろ会わないことを願っていただろうことも。
「まさか、仲良く茶飲んでるとは思わないだろうなぁ」
言ってまた一口飲むと、さすがうまいな俺の茶ーなどと自画自賛し、ライサはクスッと笑った。
カップを置き一息つくと、ディルクはそっとライサの肩を寄せる。
「俺は……お前に会って、好きになれて……よかったからな」
「……よかったの? 敵なのに」
するとディルクはうーんと考える。なかなかに想いを伝えるというのは難しい。
「衝撃とか、落胆とか、そういうのはないな。知ってて惹かれたんだし。いや、知ったからこそ惹かれたのか」
王女の使者と気付いてからは、警戒心も緊張感もどんどん薄れ、おそらく同胞以上に心を緩めてしまっていた。
なにせ隣国人なら、絶対に自分のオーラで傷つけることはないのだから。
そしてその緩みが、随分忘れていたその感覚を、人を頼り信じるということを思い出させてくれた。人を愛するということを気づかせてくれた。
「そっか……私は、知らないで……好きになっちゃったから……ショックでわかんなくなっちゃって」
自国のことも王女のことも知らず、ディルクのことも自分の気持ちも気づかず、全てが恥ずかしいと言う彼女。
「王子と王女のことなら、俺もわかってなかったぞ。一番近くにいながらな」
どうして彼女でなくては駄目なのか、何故我慢出来ないのか。
王子も、そして王女も、自分の立場やいけないことくらい重々承知し、自制を効かせる人達なのにと。
「私もディルクみたいに、関係を知っても納得しないまま、お二人のためって動いてた気がする……」
「途中でいい加減、まずいって思ってやめてみたり?」
「そうそう……そっか、それでディルクは手紙届けるのやめたのね……私が来て困ったでしょう?」
「いや、驚いたけど……納得もしてた」
諦めない、また会うのだと王女は言っていたのだから。
今ならよくわかる。何をしていても考えてしまう、相手を求めずにいられない感情が。
王子と王女は、国の最高峰の魔法使いと科学者を味方にした。
そしてそれにより確定した自分達の未来ーーやり遂げなければならないことを想定し、ディルクは目を閉じた。
主人を守り直接戦わねばならない敵の頂点同士である二人は、離れる程安全になる。
戦いたくないのなら、王子もライサも守りたいのなら、やはり彼女の帰国は必然なのだと結論づける。
ディルクはそっと彼女の頬にふれ、微笑んだ。
「楽しみか? 帰国。姫さんによろしくな」
すると彼女の瞳から涙がポロポロこぼれ落ちた。ごめんね、と。
「帰ることが絶対だって……言われているの」
そんなの当たり前だ。何を謝ることがあるのだろう。
最初からわかっていた、一緒にはいられない運命をーー。
「いいって。ありがとな……せっかく姫さんに会えるんだから喜んでおけよ」
ディルクは極力、想いを返してくれたライサの重荷にならないよう軽い言葉を選んだ。
帰国すれば目まぐるしく事態が動き、責務に追われ、王女も傍にいる。
敢えて何をしなくても、離れればきっと次第に思い出すこともなくなっていくだろうと。
一瞬でも相思相愛になれた、それで十分だと思った。
「もう少しだけ、キス……していいか?」
彼女が頷くと、その薔薇色の唇を指でなぞり、ディルクはそっと自分の唇を重ねる。
それから後、二人の間に言葉はなかった。ただ何度も唇を重ね、その毎に、ディルクはライサの気配をしっかりと刻んでいく。
(俺は……忘れない。会えなくても、別れても、想っていたいから……)
避けられない別れーー。
これは、二人が共にいて協力し合うのが吉、というネスレイの予知を完全に逸脱していくことになる。
しかしこの時二人は、離れることで相手を守ろうとした。
お互い国も主人も捨てられない以上、それが最善だと思ってしまった。
想いが通じただけで幸せだと、それ以上望むことなどあってはならないと。
この先、愛しい想いが膨れ上がることも、会えないことがどんどん辛くなっていくことも、そしてそれがどんな絶望を生むことになるのかもーー二人はまだ、知らないーー。
◇◆◇◆◇
別れを済ませ、境界の壁で、ディルクはライサを見送った。
そして彼女の乗るジープが巨大な壁に到達し、見えなくなった途端、身を引き裂かれそうな錯覚に陥る。
もう会えない、会ってはいけないーーその現実が一気にのしかかる。
ぎゅっと手を握りしめても身体が震える。手が真っ赤に染まっても痛みも感じない。気持ち悪い。
「あー……確かに食事、無理かも。全部、吐きそう……」
ディルクは王子が数年前食事もとれずふさぎこんでしまった時のことを思い出した。
ふらふらと、荒野の岩陰にもたれかかって、嗚咽する。
別れなど、もっと簡単なものだと思っていた。
この感情はこの後どこに向かうのだろう。彼女を失ったその後はどうなるのだろう。
ゾクリーー突如身体が凍りつく。えもいわれぬ恐怖に身悶えする。
「無理だろ。手にかけるなんて。あいつがこの世から……うぐっ……」
考えたくもない。他でもない自分が殺し、その後も彼女のいない世界で生き続けるなどと。
「生きろよ、ライサ……頼むから」
俺はもう、お前を守れないからーーーー。
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