隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

序章-2

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 その時、ピリッと僅かな衝撃が感じられた。同時に馬乗りになっていた男が叫び声を上げる。

「ギャアアアァァァアーーーー!!」
「誰や……っ!?」

 男二人がライサから跳び退き、辺りを確認すると。

「ったく、朝っぱらから大の男二人が、女の子一人襲ってんじゃねーよ、賊どもが!」

 そんな声と共に、崩れた石垣の向こう側から一人の少年が姿を現した。
 ライサが涙を浮かべながらその少年の顔を見上げる。
 しかし目が合うと、彼は僅かに顔をしかめ目を逸らせた。これ着てろ、と布を一枚渡される。

「待ってろ、すぐ終わらせる」

 言うと少年は立ち上がり、左手を男二人に向かって突き出した。息を吸い、凛とした声で言い放つ。

落雷サンダーボルト!!」

 すると雲も何もない所から突然、男二人に向かって雷がズドンと落ちた。
 スタンガン最大威力の三倍はあろうか。
 賊達は、先程の攻撃による痺れの残っていた体で、満足に避けることも出来ない。
 煙が立ち昇り消えた後には、彼らは黒い墨と化していた。

(え、え……ええええええええ!?)

 ライサは先程の恐怖も忘れ、激しいショックを受けた。
 黒い墨と化した男達にではなく、何もないところから突然雷の嵐が降り注いだことに対して。
 生まれて初めて魔法というものを目の当たりにし、がーん、がーんと目に見えない衝撃が頭の中で幾度も幾度も鳴り響いた。

 ライサが我に返ったのは、少年が声をかけてきた時である。

「大丈夫か?」

 彼は様子を伺うように、ライサに手を差し出した。
 隣国魔法世界の少年。
 背はライサより頭ひとつ分ほど高い。青い目に短い黒髪、愛嬌のある顔をしているが、同時に鋭さも兼ね備えている。額には飾り気のない細めの輪っかをつけているがあまり目立たない。服装もかなり身軽な格好だった。

「でもお前、こんな廃墟に何か用でも……」

 反応がない。彼女はまだショックから立ち直っていないようである。少年は困ったように言葉を探した。

「あ、あー……ちょっと遅かったかもしれないけど、でも命は助かったし、生きていれば……」
「待って! ちょ、っと、待って! 未遂、よ未、遂! まだ私何、もされてなかっ、たからっ!!」

 服を引き裂かれてこれからってところだったからーーーーと。
 少年の困惑した言葉に、自分がどう見られたか正確に悟ったライサは、彼の言葉を即座に否定した。
 そして初めて話すこの国の言葉に自分で違和感を感じ、慌てて口を抑える。

「……あれ、そうなのか?」

 しかし少年はそのおかしいだろうという言葉も気にせず、ごく普通に返事を返してきた。
 未遂にしろ怖い思いをしたことは確かなので、まだ動揺しているためと捉えたのかもしれない。

「そ、そう、だから、あなた、間に合った、の! 助けて、くれて、ありがとう!」

 ライサは今度は精一杯笑顔を向けながら、一語一語区切りつつ、その少年に礼を述べた。言いながら、この少年にはさっきの男達のような訛りがないな、などとぼんやり確認する。
 少女が動揺しながらもきちんと応答してきたので、少年はほっとした顔を見せた。
 見ず知らずの少女を、いきなり助けてくれるくらいの紳士ではある。
 とりあえず変な心配をかけずに済んでよかった、とライサは思った。

 彼が差し出した手をとり立ち上がろうとする。するとぐらりと足元が揺れ、少年が思わず少女の身体を支えた。

「……大丈夫か? お前ほんと顔青いし。どこ行くんだ? ラクニアか?」

 ラクニアーーどこだろう、街の名前だろうかーー頭が働かない。
 先程のショックからまだ完全に抜け出せていないようだ。

 ライサは頭の中で冷静に、おぼつかない言葉で自己分析を始めた。
 他言語プログラムは自国語の翻訳ではなく、思考そのものから別の言語に切り替える。
 つまりこの国の言葉を聞いた瞬間から、自然とその言葉を使い始められるのだが、長年使ってきた母語を忘れるわけではない。そのギャップもあるのか、まだまだ本調子になれていない。
 いろいろ切り替えたり整理するために、少し時間が必要かもしれないと思った。

 今度は黙り込んでしまった彼女の様子に、少年は困った顔をしながらライサを傍に座らせた。次いで少しだけ距離を空け彼も座り込む。
 そして、何を言うでもなく廃墟の壁にもたれかかりーー少年はそのまま眠りについてしまった。

「!?」

 寝付きのよさにも驚きだが、彼の反応にライサは目を丸くする。
 落ち着くまで待ってくれるつもりなのか。自分を放って行ってしまったっていいのにと。

 ふっ、とライサは微笑みを浮かべた。
 最初から襲われたり、最悪の印象だった隣国だが、彼みたいな人もいるのだと。
 空を見上げればどこまでも青く、鳥が羽ばたいている。風も心地よい。自分がいた科学世界の王都は高層ビルも多く、こんな大空は拝めなかった。
 徐々に落ち着きを取り戻してきたライサは、持って来ていた鞄から着替えを出し、手早く身支度を整える。
 そして、小さな声でぶつぶつと、この国の言葉を話す感覚をつかみ始めた。

 小一時間ほどたっただろうか、少年が目を覚ます。ライサはそれに気づいて、畳んでおいた布を返して言った。

「私、ライサ! あらためてどうもありがとう! これから王都に行くつもり。あなたは?」

 先程とは違い今度はきちんと話せたことに、彼女自身がほっと胸を撫で下ろす。

「王都? また遠くに行くんだな」

 少年も彼女の落ち着いている様子に、安堵の表情を浮かべる。
 よいしょっと立ち上がり、ライサから布を受け取るとそのままバサリと背にまわした。貸してくれた布は彼のマントだったのだ。

「俺は……あーあいつらの報告しないといけないんだよな……とりあえずラクニア、か」

 ライサが取り乱している間に拘束していたのか、瓦礫の陰でまだのびている賊達に目を向ける。続けて遠方に小さく見える街を指した。
 どうやら最初に目指したあの街が、ラクニアという名のようだ。
 そして少年は、あらためて自分を差して言った。

「俺はディルク。んじゃライサ、ラクニアまで行くか」
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