隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第一章 西聖の館-1

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 その日の夕方。辺りが暗くなり始めたので、二人は何とか辿り着いた森で、焚き木となる小枝を拾ったり食べ物を探したりした。

「今日中に辿り着かなかった……あの街……」

 そもそも賊の件で歩き出すのが遅くなってしまった。野宿することになるとは。
 警戒心が全くなくなったわけではないが、流石に荒野の夜に一人きりよりは、ディルクがいてよかったと思う。

「飛べば着く筈だったんだが……さっき大分魔法使っちまってさ。お前飛べる?」

 飛ぶ……飛行機みたいなものでもあるのかーーライサは意味がよく分からず、ふるふると首を横に振ると、やっぱりなーなどと呟きが返ってきた。

「ライサ、ここはもういいから、先行って火つけとけよ」

 日が落ちる寸前にディルクは焚き木を渡しながら、すぐ向こうの洞窟を指差した。
 もう周りも見えにくい状態だったので、ライサは素直に従って、彼の言った洞窟の傍に焚き木を積む。
 そして近くに人がいないのを確認すると、持ってきた鞄の中からマッチを取り出し火をつけた。
 持参した鉄製の小さな鍋と、先程集めた食材で食事をつくる。

 休戦しているとはいえ、科学世界と魔法世界は敵同士である。魔法使いに隣国人と知られたら、どうなるかわからない。
 ライサはバレないよう用心していくつもりだった。

 ディルクはしばらくしてから、もう少しだけ焚き木を抱えて戻って来た。
 既に真っ暗で、三日月が昇りだしている。料理も丁度よい頃合いだったので、食事をすることにした。

「へー、うまいな、お前」

 お手軽な化学調味料しか持っていなかったのだが、お口には合ったようだ。

「そう? ありがとう。助けてもらっちゃったし、これくらいはやるわよ」
「それは助かったな」

 二人ともそのまましばらく黙々と食事を進めた。ライサはこんなに動いたのは久しぶりだったので、質素でもとても美味しく感じられた。

「そういえば、乗り物とかないの?」

 ふと思い立ってライサが口を開いた。
 歩いて移動しなければならないのはあまりに不便である。科学世界では車や電車、リニアなどいろいろな乗り物があった。
 この世界ではどうしているのだろう。飛んでどうのなどと言っていた気もするがーー。

「乗り物? 馬とかか? ねーよ、そんなんこんな所に」

 賊を追って来た時は、知り合いの転移魔法で送ってもらったのだと言う。
 またまたよく分からない表現を、ライサは見事にスルーした。認めたくない事柄を、脳がさりげなく拒否しているようにも思える。
 しかし、とりあえず街まで行けば馬車くらいはあるらしい。ラクニアに着いたら王都まで簡単に行ける方法を見つけようと思った。

「そういえばお前は、何か移動魔法使えないのか? まさか、できるの火を呼ぶ魔法だけか?」

 もくもくと食べながら、今度はディルクが尋ねた。

「えっと、あとは光つけたり爆発とか感電とか?」

 懐中電灯だの、爆薬だの、スタンガンだの、持ってきた物を思い浮かべながらライサは答える。彼女は護身用に、危ないものも何かと持ってきていた。

「……移動に便利そうなのねぇじゃん」
「……すいませんね」

 乗ってきたジープは置いて来たし、ガス欠だししょうがないじゃないよーーライサの心の叫びなど、ディルクに聞こえるはずもない。

 しかし内容はともあれ、こうやって普通に話をしていると、とても彼が自分と違う世界の人間には見えなかった。
 魔法世界の人間は科学もわからない、野生で野蛮で攻撃的、暴力的で知恵も人情もないだの、ここに来るまでにかなりの偏見を持っていた彼女だが、大半は払拭される。
 魔法をあまり見ていないからかもしれない。
 魔法使いはなんでも魔法でやるのかと思っていたが、食料を集めるだの、道を歩くだの、彼は最初以来全然魔法を使っていなかった。

「あなたこそ……えーとほら、その転移魔法……だったかしら……とか使えないの? 王都までひとっとびとか!」
「え……っ?」

 一瞬、ディルクの表情がヒヤリと固まったように見えた。が、すぐに戻って苦笑する。

「王都まで転移って、どんだけだよまったく! 無茶ぶり言うなー」
「あれでも、お知り合いの転移魔法で送ってもらったんじゃ」
「へ?」

 冗談に答えたようにディルクが適当に流そうとすると、ライサがさくっと突っ込みを入れた。ディルクは何やら複雑そうな顔を向ける。

「えーと、もしかして真面目に聞いてる?」
「?」

 質問の意味がよくわからず、今度はライサが呆気に取られた顔をする。
 ある程度予備知識があるとはいえ、自国で仕入れた魔法世界のデータなど数百年前のものだし、彼女に今の魔法の常識などわかるはずもない。
 ディルクは頭をぽりぽりかくと、念のためとばかりに丁寧に説明をした。

「転移魔法は飛行なんかと比べ物にならないくらい高度な魔法。近距離出来るだけでもスキルとして誇れる。俺の知り合いは使い手だから転移で送ってくれたけど、すぐそこのラクニアからで、ここから歩けば十日以上かかる王都とはそもそも距離が違う」

 まるで、買い物をする時にはお金を払います並の常識を、子供でもないいい歳した大人に説明するかのようなーーそんな雰囲気をライサは感じとり、冷や汗を流した。

「そう! そうよね! 庶民の私に転移魔法なんて使えるわけないし! 王都まで転移とか冗談よ、もちろん」

 慌てて兎にも角にも取り繕う。
 ディルクは怪訝な顔をしながら、ジト目でライサを眺めた。

「ちなみに、ここから王都まで転移出来る奴なんてのは、この国に十人もいないからな」
「いるんだ、それでも!? あ、いやいやそうよね、常識! もちろん」
「いやーこれは知ってる奴の方が少ない情報だけど?」

 うぐぐとライサは唸り出す。誘導尋問弱すぎかもしれない。

「ご、ごめん……私、田舎から出てきたばかりで、世間の常識知らなくて」

 彼女がいたのは国が違えど王都であり全く田舎ではないのだが、苦し紛れに言い訳をしてみる。すると意外なことに、ディルクはひとつ息をつき、それ以上の追求はしないでくれた。

(疑われた訳じゃなかったのかな……まさか隣国人だなんて思わないだろうけど)

 ホッと安堵の息をつく。しかし、その時だった。

 プルルルルルルルーーーー突然、この世界にあるまじき電子音が鳴り響く。

 ディルクは思わず後ずさったが、それよりもびっくりしたのはライサの方であった。

「あ……あ、ちょっと……あとでねぇ――――!」

 叫びながら、その場から猛ダッシュで去っていく。言葉の語尾が鳴り続ける音と共にどんどん小さくなる。
 それ程に彼女の行動は素早かった。
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