4 / 98
冒険編
第一章 西聖の館-2
しおりを挟む「はい、もしもし」
突然の電子音。それはライサが持ってきていた電話の着信音であった。
そもそも彼女がこの隣国に足を踏み入れたのは、とある任務の為である。
その依頼主である主人と、できる限り連絡をとれるようにと持ってきていたのを思い出す。
「もしもし、ライサ?」
ライサが慕う主人の聞きなれた優しい声。自国の言葉。一瞬、目の前がにじみ涙で見えなくなった。
「ひ……姫様ぁー」
この敵国である隣国で、この国の人間ではないと知られないようにする理由の、もう一つがこれだった。
依頼主である彼女の主人が、自国の第一王女だからである。
小さい頃から王女の侍女として側に仕えて来たライサにとって、王女の頼みは何であれ絶対だった。
その王女からある日、一通の書状と共に、隣国に行って欲しいと懇願された。ともすれば命令だけで、ほぼ全ての人を動かせるだろう一国の王女の“頼み“だったのだ。
「どうしたの、ライサ、大丈夫?」
この世界に来てまだほんの三日ーーそれなのに、あまりの懐かしさに気が緩んでしまう。と同時に、やはり慣れないことが続いて緊張していたのかとライサは気づく。
「は、はいっ! 大丈夫です。ありがとうございます!」
音声のみの電話で見えるはずがないのに、ライサは精一杯のお辞儀をしながら答えた。
そしてふと、自分の状況を顧みる。そういえばディルクから逃げるように走って来てしまった。
「……今、傍に人がいたんですけど、大丈夫かしら」
心配そうな声に、王女は軽く答える。
「電子音なんてわからないわよ。魔法使いの人?」
「あ、はい、危ないところを助けて貰いまして」
電波が弱いせいか、声が小さい。だが、一生懸命ライサは、主人の声を聞き取った。
「危ないところだったの!? そう、その方がいてくれて……貴方が無事で本当によかった……」
ほっとしている様子が、電話越しでも伝わってくる。
「ライサ……やっぱり危険なようなら……今すぐ戻って来ていいのよ?」
「でも、この書状、この国の第一王子に届かなかったら……」
ライサは最後まで言葉を紡ぐことが出来なかった。電話の向こうの押し殺した声が感じ取れる。
王女も危険を全く考えなかったわけではない筈だ。
それでもそれを押してまでの頼み事なのだ。この書状は。
「大丈夫ですよ、姫様! 必ずこの書状、ライサが届けてご覧にいれますから!」
怖い人もいれば親切な人もいるのは、科学世界だって同じじゃないですかーーそう続ける彼女に、王女も、最初は悪口ばかりだったのに、と苦笑する。
そういえば、散々魔法使いの悪口を言っていたのに、随分あっさりと魔法使いを受け入れてしまった。何だかんだ言っても人間には変わりない。
だから、きっと大丈夫だとライサは思うのだ。
そして何より、彼女は王女の悲しむ顔を見たくなかった。
「よしっ」
短い電話を切り、元気を出してライサは歩き出した。
戻ってみると、ディルクが夕飯の片付けをして、寛いでいるところだった。
ライサは軽く咳払いをして、息を大きく吸い込み、言葉を切り替える。
「ごめんね、突然」
「いや……もういいのか? ……明日なんだけど俺、街に着く前に、ガルって奴のところに寄ろうと思っててさ」
「ガルさん? お知りあい?」
彼の口から初めて聞く人の名前だった。ディルクは呆れる程ぶっきら棒に言い放つ。
「そっ、あの場に転移してくれた知り合い。街外れに住んでる友……というか悪友だなぁ……」
街外れ、悪友ーー不穏な気がしないでもないライサだったが、いきなり知らない街に単身放り込まれることを思うと、そこで別れてしまうのも得策ではないように思う。
さりげなくポケットのスタンガンを握りしめながら、気を引き締め、了解の意を伝えようとする。
が、それより早く、突然別の声に邪魔をされた。
「呼んだかい、ディルク」
声がしたと思うと草むらの中から、スーッとある男の頭、ついで顔、上半身と順番に浮かび上がってきた。
卒倒する音が鳴り響く。
「だから、できてもそーゆー魔法は使うなっての! 俺はともかくライサがっ!」
卒倒したライサを、ディルクは慌てて起こしあげる。その様子を見ながら全身出現し終えた男は呟いた。
「君が今から来そうだったから先に来てあげたのにーー」
◇◆◇◆◇
「しかしディルクに彼女が出来てるなんて、思いもしなかったよー」
からかうような男の言葉に、ディルクは深々と溜息をもらしつつ答えた。
「先の賊ども追いかけてた時に、たまたま拾ったんだよ。ったく面倒な仕事まわしやがって」
「まぁまぁ最近街中がきな臭くてさ。君が賊の方受けもってくれて助かった」
「ま、俺の方も野宿コースだったから、迎えに来てくれたのは助かったがな」
少し広めの整えられた一室で、そんな声を聞きながらライサは目覚めた。
天井の装飾が美しい。しばらく見とれていると、徐々に意識がはっきりしてきた。
どうやらショックを受けて気絶してしまったらしい。特に危険があるような雰囲気でもなく、早々に気を引き締めたのも無駄に終わりそうだ。
そもそも気を失って警戒も緊張もないのだが。
「やあ、ライサさん……でしたか。気がつかれました?」
倒れる前に見た男が声をかけてきた。
先程は暗くてわからなかったが、よくよく見ると整った顔立ちをしている。
額に宝石を散りばめた黄金のサークレットをしており、それがまたよく映えていた。髪は赤みがかかった明るめのブラウンで、肩のあたりまですっと伸びている。
歳は二十歳を少し超えたくらいだろうか。背もディルクより拳ひとつ分は高い。
更に男は、とても上質そうな絹でできた服を着ており、見るからに貴族という雰囲気だった。
男はライサの手をとり、スッとしゃがんで顔をまっすぐ見上げる。
上流社会の礼儀を払われた。
「私の名はガルデルマ・ステブ・フィンデルソン。はじめまして、お嬢さん」
バックに薔薇の花を散りばめんばかりに美しく微笑み、男はそう名乗った。
「ら……ライサ・ユースティンでございます」
王宮にいたため礼儀自体に今更緊張もないのだが、男の美しさには思わず心臓がドキドキしてくる。
「ふつつかながら、この荒野にて魔法の研究をいたしております。宮廷魔法使いが一、西聖とは私のこと」
「宮廷……魔法使い? え、ええええ!?」
それは……すごく偉い人ではなかろうか。
ライサは壁を越える前に叩き込んだ、この世界の知識を思い起こした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる