8 / 98
冒険編
第二章 ラクニアの街-3
しおりを挟む「え……っ」
転移魔法ーーかなりの魔法使いでないと使えないと言っていた魔法。
いきなり大の大人が消滅した現象を目の当たりにしたライサは、思わず声を出してしまった。
まずいと慌てて口を塞いだが遅い。ディルクがすぐ様こちらに気づく。
「おまえ……何やってんだよ、ライサ!」
明らかに怒っているのがわかる。何か言わなければと口を開いたが、彼の方が早かった。
「待ってろって言っただろ! 爆発に巻き込まれたらどうすんだよ。興味本位で近づくなよ、馬鹿が!」
覗き見していたことでなく、明らかに彼女の心配を優先した言葉に、ライサは少々罪悪感を感じた。
「な、何よ、それを言ったらディルクだって」
しかし反論しようと立ち上がった時、ライサはディルクの背後で、小さな赤い光が点滅しているのに気づいた。
この世界にあるまじき、場違いな光ーー。
「危ない! 下がってディルク!!」
それが何かに気づいた時、ライサは反射的にディルクを庇うように、その光から遠ざけようと突き飛ばした。
赤い点滅は数字を表示している。その数字が無慈悲に三、二、一と減りーー。
そしてゼロを標識すると同時に、眩い光と鋭い爆音とともにその一帯が煙で埋め尽くされた。
ディルクに覆いかぶさったライサは、激しい衝撃を覚悟して目を固く瞑った。
だが、予想される衝撃が全く来ない。
不思議に思い恐る恐る目を開けると、ディルクがライサを抱えたまま、もう片方の手をつきだし、爆撃を何かで防いでいるのが見て取れた。これはーー防御結界というやつだろうか。
煙が大分収まると、ディルクは手を降ろし、ほっと息をついた。
「何だかわからんが……ありがとうな、ライサ」
「ううん、私も……びっくりした」
ライサの心臓が早鐘を打つ。
爆弾だった。時限式の。この魔法世界に。その意味するところはーーーー。
ライサはディルクに抱えられたまま脳内をフル回転させる。
しかしどう考えても、何度考え直しても、最悪の考えしか出て来ない。
「なぁライサ、おまえさ……」
爆弾がこの世界にあるはずがないーーただひとつの結論が導かれる。
「どうしてさっき、爆撃が来るのがわかったんだ? ……魔法が発動する気配もなかったのに」
「えっと……見えたから。その……」
爆弾がーーそう言おうとして止まる。
そもそも爆弾というものが彼らに理解できるのか。おかしいと思われるのではないか。
それよりなにより、それ以上のーー違和感。
ライサはディルクの首の後ろに腕を回し、取り付けていた盗聴器を外すと、それをディルクの前に突き出して見せた。
「ディルク、これ、何だかわかる?」
しかしその答えは、科学の理解や知識という以前の問題だった。
「……何か、持ってるのか?」
ライサは肝心な彼らとの違いを忘れていた。知識として身につけては来たのに、現実感がなくて失念していた。
魔法使いは、科学世界の代表的な産物ーーーープラスチックが、見えないーーーー。
魔法使いの視覚はそもそも光の反射によるものではない。物質の放つオーラの波動を、視覚が直接的にとらえているのだという。
故に暗闇でも物は見えるし、霊の類も見えるらしい。
だからこそ魔法結界や魔法陣なども、そのオーラから形成することができるのである。
だがその反面、オーラの存在しないものーー合成樹脂などの非天然物は見えないという。
(うう、サイエンス代表格であるプラスチックやビニールが見えないなんて、何てこと……霊が見えるくせに……)
分かり合うとか無理かもしれないーーライサはくらくらと目眩を感じながら、その事実を受け入れた。
事実を否定しても仕方がない。
むしろ賊との争いの時にスタンガンが奪われなかった理由に納得だ。マントの盗聴器に気づかれなかったのもそのせいだったかもしれない。
「えっと……」
そのうえでこれから自分が取るべき行動を考える。
つまり、プラスチックで外装が覆われた爆弾は、確実に科学世界から持ち込まれたものなのだ。
「そっか、ディルクは、こんなものも見ることができないのね」
ーーそれがここにあるということは、
「じゃあやっぱりこの事件から身を引くべきだわ」
ーー科学世界の誰かが、この世界に来ているということ。しかも不穏な動機とともにだ。
「これが見えないようじゃ、まだまだ魔力がたりないのよ。この事件を扱う気があるなら」
ーーそんな話は聞いていない。公式な侵略ではない。しかもそれがこの国にもばれたらその時は、
「西聖様程でないにしても、せめてこれが見えるくらいの上級魔法使いにならないとね! でないと、さっきみたいな爆破ひとつ見えず、避けることも出来ないわ」
ーー再戦の危険性ーーーー科学世界が、王女が大変なことになる。
何としてでも阻止しなければいけない。
そしてこの件に、何の関係もないディルクを巻き込んではいけないーー。
ディルクはライサの真剣な面差しに納得したのだろうか、一つ息をついて、降参するように両手を向けて呟いた。
「わかったよ。悪かったな、魔力弱くて……」
ライサはその言葉にホッとする。
「ごめんね。ここからは別行動がいいわよね……今までありがとう」
それだけ言うと、ライサはくるりと振り向き、後ろを振り返らず、まっすぐ去って行く。
その姿を、ディルクは見えなくなるまで静かに見送った。
完全に見えなくなったところで、ディルクは傍に気配を感じる。
「無事でしたか。先程の爆発は?」
先刻、姿を消した一人、フィデスである。指示を終わらせ、転移して戻って来たところだ。
「ん? ああ、さっきのと一緒だ。しかも今回は爆破の瞬間に立ち会えたぞ」
「では?」
「ん、魔法発動及び痕跡一切ナシ、だ。呪文どころか魔法陣や魔力すらなかった。俺の魔力が足りないから見えないんだそーだ」
「はい?」
いや、なんでも、と片手で制して流す。フィデスもそれ以上問い詰めたりはしない。
「しかし、では新しい魔法技術か何かですか? そんなことが可能とは」
「んー……」
ディルクはそれには答えなかったがーーしかし先程あった困惑も感じられなかった。
代わりに空を見上げながら傍の人物に声をかける。
「なぁフィデス、もう一件頼まれてくれないか?」
「彼女のこと、ですね?」
「悪いね」
いえ、と苦笑しながら、フィデスは再び姿を消した。その場所に一陣の風が吹く。
「大事にならなければいいんだが」
誰もいなくなった暗闇に向かって、ディルクはぼそりと呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった
盛平
ファンタジー
パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。
神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。
パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。
ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる