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冒険編
第二章 ラクニアの街-2
しおりを挟む「いらっしゃい」
頭に布をかぶり、エプロンをした五十代くらいの店の主人が、お皿を拭きながら言った。
「お、ディルクやないか」
「おっちゃん、久しぶり! あ、いつものね」
二人はそのまま、お店のカウンター席に並んで座る。
どうやらディルクはこの料理屋の常連のようだ。
仕事柄彼は旅をすることが多いという。それゆえ西聖のような大物から町の料理屋のおっちゃんまで、知り合い幅はかなり広いーーディルクはそう言った。
「そういえば、ディルクの仕事ってなに?」
ライサはあまりプライベートに立ち入る気はなかったが、少しだけ気になり聞いてみる。
「ん? うーん、ま、便利屋みたいなものかな。調べものしたり報告したりいろいろ片付けたり」
「便利屋ねぇー」
大して興味もなさそうにライサは答える。
「そーゆーおまえはよ?」
「え、あたし?」
突然聞き返されて、ライサはうーんと少し考える。
「お手伝いみたいなものかな」
「ふーん、だからウエイトレスの仕事とか得意なのか。……今はお使いだっけ」
お互い大変だよなーなどと締めくくりながらドリンクを飲み干す。
みたいなものーーそんな曖昧な言葉でも、自分が突っ込まれては困るという思いからか、お互いに聞き返すようなことはしなかった。
しばらく沈黙が流れる。と、その時。
ドドーンと、少し離れたところから爆発音が鳴り響く。ディルクが反射的に立ち上がった。
「爆発?」
「ライサ、ここでちょっと待ってろ! おっちゃん、頼む」
ディルクはそう言うや否や、お店をとび出していった。
(……野次馬のわりには行動が迅速……?)
何かひっかかるものを感じたライサは、ディルクの後を追おうと椅子を立ち上がる。
「さ、できたで。お嬢ちゃん。座った座った」
料理屋の主人が、出来たての美味しそうな料理をライサの前に並べた。
「すぐ戻ってくるで。いつもああなんや。何かあるととびだして行ってまう。まだまだ子供やなぁ」
笑いながら主人は話す。
「ディルクってよくここに来るの?」
「うーん、月に一回くらいかなぁ。この料理が彼のお気に入りなんや」
ライサは料理の前に座りフォークをとった。
懐から主人にわからないようにハンカチを取り出す。周囲に素早く視線を走らせ、他の客がいないことを確認する。
主人はディルクの料理を冷めないように再び鍋に戻すと、ライサに目をやり面白そうな顔をして聞いてきた。
「ところでお嬢ちゃん、あの子の彼氏かい?」
料理屋主人の思いがけない言葉に、ライサは一瞬硬直する。が、すぐに引きつった笑みを返す。
「そんなふうに見える?」
「ディルクが女の子連れ来るなんて初めてやからな。時が経つのは早いなぁ思てなぁ」
一人しみじみ始める主人。
随分昔からディルクはここに来ていたのか。そんなことを考えながら、ライサはカウンター越しに、死角からハンカチでそのヒゲの残る口をふさいだ。
途端に主人の意識は朦朧とし、ゆっくりと床に崩れ落ちる。
ライサは駆け寄り、倒れた身体を壁にもたれさせ、店の出口に向かう。
扉を開け、主人の方を振り向き、意識のない彼に呟いた。
「ごめんね、おっちゃん」
ディルクに言われた以上、解放してくれないことは容易に想像がついた。
クロロホルムで湿らせたハンカチは、乾ききるのが早い。
それをポケットにしまい、爆発音のあった方へ、ライサは駆け出して行った。
爆発地点の方向と大体の見当で走っていたライサは、街の中央に到達する。広場の横に大きな建物が建っていた。
「この建物は……役所かしら」
ライサは鞄から大きな眼鏡を取り出した。やや黒味を帯びたレンズの眼鏡で、フレームに小さなスイッチがついている。
手早くそれをかけてスイッチを押した。
そのレンズを通して見てみると、その役場らしき建物の周りに網目のようなものが見える。
「やっぱり、結界張られてるわね」
彼女がかけた眼鏡は赤外線探知機である。魔法結界は熱と関連性があるのか、熱系統の魔法結界なのかは分からないが、少々感度を強くした赤外線探知機で見ることが出来た。
両国の境界の壁にも、物理的な壁と、そしてこんな結界らしきものが張られており、同じ方法を使って壁を抜けて来ていたのだ。
結界の網目は一見緻密だが、よくよく見ると隙間の一つもありそうである。
ライサは役所をぐるりとまわり、自分一人通れそうな結界の切れ目を探し、ひっかからないように十分に注意しながら、役所の結界を抜けた。
注意深く建物に近づき、十分注意しながら裏側へまわる。すると木々や草が生い茂る中、人影を三つ発見した。
一人はディルクである。
ライサは建物の陰に素早く隠れて様子を伺った。
彼らの目の前には、爆発後と思わしき焼け跡が広がっている。ディルクはそれを指しながらもう二人に何かを話していた。
頭にフードを被っており、周りも暗いため、その二人がどんな人物かはわからない。
ライサは、これ以上近づいたら気づかれると判断し、先の眼鏡のフレームを耳に持っていく。それはイヤホンになっていた。
(マントにつけた盗聴器、使うことになるなんてね)
最初に賊から助けてもらったときに、かなりの罪悪感とそれに匹敵する異世界への警戒心により、一応取り付けさせてもらったものである。
『ーーおかしい』
少しの雑音とともにディルクの声が聞こえてきた。
『ガルから聞いてはいたが、ここまで不自然な爆発とはーーまるで爆破魔法の痕跡がない』
痕跡があれば、術者から魔法の種類から、いろいろ絞り込めそうなものなのにとうんうん唸りながら、彼は懐から紙を取り出し、何かを書き込む。
『ボルスは爆発あとを引き続き調査、フィデスは報告を。これ持って風子将軍のところに。あとはいつものように頼む』
『『了解』』
二人の声がハモったかと思うと、次の瞬間彼らの姿がかき消えた。
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