隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第三章 新たな出会い-2◆

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「助かるわよ」

 突然、リーニャの母親のベッド横から声が聞こえた。
 リーニャは先程ぶつかった人が、いつの間にかここにいるのに驚く。

「大丈夫よ。肺炎なんかで死なせないわよ」

 院内感染とか他の病気患ってるとかいうときは難しいけどね、などと一人でぶつぶつ言いながら、ライサは持って来た鞄から注射器を取り出した。

「とりあえず抗生剤投与して……あと解熱剤と咳止めもいるわね。あー点滴今思えば便利なアイテムだったわ。栄養とらなきゃ体力低下しちゃうじゃないの」

 意味不明の単語をぶつぶつ言いながら、てきぱきと作業をこなしていく。
 もちろん二人には何をやっているのかさっぱりわからない。

「母ちゃん助かるのん?」

 おそるおそるリーニャがライサに聞いた。

「まかせて。ちゃんと治るまでいてあげるから」

 ガッツポーズをするライサに、リーニャは顔をくしゃくしゃにして泣きながら笑い出した。
 女医のサヤは不思議そうな顔をしながら、ライサと治療される母親を見つめる。

 そして、彼女達を見ている人物はもう一人いた。
 屈強な体格をしたその男は、建物の陰から少女の家を観察していたが、ライサがリーニャに名乗ると、ニヤリと笑いながら立ち去って行った。


  ◇◆◇◆◇

 
 リーニャの家に泊まりこみ、治療を続けて約二週間後。リーニャの母親は全快とはいかないまでも殆ど回復していた。

「おーきに。おかげさまでようなりましてん」

 リーニャの母親がベッドで起き上がりながらライサに礼を述べた。

「いえいえ。薬足りてよかったわ」

 感染症対策にそこそこ抗生剤持ってきて正解だったわね、と呟きながら、回復した母親に抱きついて喜んでいるリーニャを眺める。傍らには女医の姿もあった。

「すごいわ。本当に治せるなんて!」

 疑問を抱くより先に女医サヤは素直に驚いていた。
 しかしどうやったのかと聞いてくる彼女に、ライサは企業秘密としか言えない。長居をするのも心苦しいので、さっさと家を出る支度をした。

「あら、急いでどこへ行かれるの?」

 サヤはリーニャと彼女の母親をそのままにし、出ていこうとしたライサを呼び止めた。

「えっと……もともと王都に行く予定だったから」

 大分足止めされてしまったが、病人がいたので仕方がない。
 旅の支度を整え、出来るだけ早く向かわねばならない。

「あら、王都へ行かれるの? よかったらご一緒いたしません?」
「え? 王都に行かれるんですか?」

 女性医師サヤ。
 ライサは二週間ほどリーニャの家に居候していたが、彼女は心配なのか毎日様子を見に来ていた。
 リーニャや彼女の母親の身の回りの世話をしたり、食事も作ってくれたりしたので、ライサは家事も半分くらい、あとは治療に専念することが出来たのである。

「ええ。私、王子殿下にお目通りする予定があるの」
「えっ、王子様に!?」

 聞けば彼女は学力優秀で家柄にも問題なしの貴族だった。それでも下町の子供達の世話などしていたのが役人を通して王宮に伝わり、恩賞を賜りに行くのだそうだ。

「わあ。おめでとうございます! パーティとか素敵ですね」
「ありがとう。でも実は楽しみなのは、お慕いしている方に会えるから、かな」

 頬を赤くして照れながら言うサヤは、年上と言えども十分可愛らしく見えた。

「もしかして、そのパーティで、ですか? 貴族の方?」
「ええ。王子様のご友人なの、きっといらっしゃるわ」

 にっこりと微笑みながらサヤは答えた。
 ライサも十五歳。そんな色恋話にも興味を持つ年頃である。
 そして彼女の目的も王都の王子なのだ。
 あれこれ話ははずみ、結局二人は一緒に王都に向かうことにした。


  ◇◆◇◆◇


 翌日。ライサは待ち合わせの広場の中央にある噴水の縁に座り、魔法世界の地図を眺めていた。
 サヤが来るまでまだ少し時間がある。

「もう少し人を疑うことも覚えた方がいいんじゃないか、お嬢さん?」

 いつの間にそこにいたのであろう。一人の男が目の前に立っていた。ライサは不信な表情を浮かべる。

「腹の中でなにを考えてるかなんて、いくらあんたでもわからないだろう?」

 男は長身で、顔の彫りは深く目は鋭い。かなり鍛えられている感じがライサにでもわかる。
 自分のことを知っているのだろうか。確かにこの近辺に二週間もいれば、近所の人の顔も覚えてくるが。
 ライサは懐に隠し持っている麻酔銃に手をのばした。男の態度は変わらない。
 銃が見えないからか、それともーー気づかないふりをしているからかーー。

「誰?」

 声を低くしてライサは聞いた。

「俺か? 俺はなーー」

 しかし男が口を開きかけたその瞬間、二人の間に突然バリッと火花が散った。

「ライサさん! 大丈夫?」

 サヤが魔法を行使しながらやってくる。
 ライサが振り返ると男の姿は既に消えていた。
  
「最近物騒なのよ。爆発事件があったり。この前も物盗りがでたみたいでね。あ、あれよ」

 サヤが指し示す方に人が集まっていた。みすぼらしい男が一人、磔にされている。

「おー科学の人間つかまったみたいやな。見にいかな!」

 よく聞くとそんなようなことを言いながら、街の人たちは磔にされた男のいる広場へと向かっていく。
 これから火あぶりにでもされそうな雰囲気である。

「科学の……人間?」

 ライサは不思議に思った。この街では科学が周知されているのか。

「あら、違うわよ。悪いことした人は『科学の人間』って呼ばれて、あんなふうに石を投げられて火あぶりにされるの。ここのしきたり。科学の人間なんてそうそういるわけないわよ」
「ああ……なる程」

 考えてみれば、ライサの世界でもそんな風習がある地方があった。ただ呼ばれ方は『魔女』だが。
 人はそれを『魔女狩り』と呼んでいた。内容は正反対だが、考えることは同じである。

 だがそれよりも、ライサは自分がここでは異端だということを再認識し、顔が青ざめた。
 今は愛想のいいサヤだって、ライサが科学世界から来たということを知れば態度が急変し、下手すれば攻撃してくるかもしれない。細心の注意が必要だった。

「じゃあ行きましょうか、ライサさん」

 サヤが促した。ライサは念のため付け加えておく。

「ええ……もしかしたら私、途中から別行動するかもしれないけど……」
「構いませんわ。旅は道連れ。途中までご一緒しましょ!」

 サヤはあっけらかんと答えた。
 この笑顔はいつまで続くのだろう、そんな不安を抱きつつ出発しようとすると、遠くの方から少女の声が聞こえた。

「サヤねーちゃん、ライサぁ――!」

 リーニャがこちらに駆け寄ってくる。ぜぇはぁ言いながら呼吸を整えて一気に言った。

「うちも王都行くで! 宮仕えしとう思ってんねん。母ちゃんも大丈夫言うし! ええやろ?」

 サヤとライサは突然のことに唖然とする。

「リーニャ、まだ早いんじゃないの?」

 確か十一歳だったわよねとサヤは確認するが、リーニャは頑として行くことを諦めなかった。どうやら昔から憧れだったらしい。
 通常十五歳くらいで優秀なものは王宮に上がることができるようだが、小さい頃から修行のため王宮に行くものもいる。
 リーニャがどうしてもやめようとしないので、サヤは連れて行くことにした。
 いざとなったら自分が何とかするつもりで、実際その力もあるのだろう。
 こうしてライサは多大なる不安の中、サヤ、リーニャとともに王都に行くことになったのである。

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