10 / 98
冒険編
第三章 新たな出会い-2◆
しおりを挟む「助かるわよ」
突然、リーニャの母親のベッド横から声が聞こえた。
リーニャは先程ぶつかった人が、いつの間にかここにいるのに驚く。
「大丈夫よ。肺炎なんかで死なせないわよ」
院内感染とか他の病気患ってるとかいうときは難しいけどね、などと一人でぶつぶつ言いながら、ライサは持って来た鞄から注射器を取り出した。
「とりあえず抗生剤投与して……あと解熱剤と咳止めもいるわね。あー点滴今思えば便利なアイテムだったわ。栄養とらなきゃ体力低下しちゃうじゃないの」
意味不明の単語をぶつぶつ言いながら、てきぱきと作業をこなしていく。
もちろん二人には何をやっているのかさっぱりわからない。
「母ちゃん助かるのん?」
おそるおそるリーニャがライサに聞いた。
「まかせて。ちゃんと治るまでいてあげるから」
ガッツポーズをするライサに、リーニャは顔をくしゃくしゃにして泣きながら笑い出した。
女医のサヤは不思議そうな顔をしながら、ライサと治療される母親を見つめる。
そして、彼女達を見ている人物はもう一人いた。
屈強な体格をしたその男は、建物の陰から少女の家を観察していたが、ライサがリーニャに名乗ると、ニヤリと笑いながら立ち去って行った。
◇◆◇◆◇
リーニャの家に泊まりこみ、治療を続けて約二週間後。リーニャの母親は全快とはいかないまでも殆ど回復していた。
「おーきに。おかげさまでようなりましてん」
リーニャの母親がベッドで起き上がりながらライサに礼を述べた。
「いえいえ。薬足りてよかったわ」
感染症対策にそこそこ抗生剤持ってきて正解だったわね、と呟きながら、回復した母親に抱きついて喜んでいるリーニャを眺める。傍らには女医の姿もあった。
「すごいわ。本当に治せるなんて!」
疑問を抱くより先に女医サヤは素直に驚いていた。
しかしどうやったのかと聞いてくる彼女に、ライサは企業秘密としか言えない。長居をするのも心苦しいので、さっさと家を出る支度をした。
「あら、急いでどこへ行かれるの?」
サヤはリーニャと彼女の母親をそのままにし、出ていこうとしたライサを呼び止めた。
「えっと……もともと王都に行く予定だったから」
大分足止めされてしまったが、病人がいたので仕方がない。
旅の支度を整え、出来るだけ早く向かわねばならない。
「あら、王都へ行かれるの? よかったらご一緒いたしません?」
「え? 王都に行かれるんですか?」
女性医師サヤ。
ライサは二週間ほどリーニャの家に居候していたが、彼女は心配なのか毎日様子を見に来ていた。
リーニャや彼女の母親の身の回りの世話をしたり、食事も作ってくれたりしたので、ライサは家事も半分くらい、あとは治療に専念することが出来たのである。
「ええ。私、王子殿下にお目通りする予定があるの」
「えっ、王子様に!?」
聞けば彼女は学力優秀で家柄にも問題なしの貴族だった。それでも下町の子供達の世話などしていたのが役人を通して王宮に伝わり、恩賞を賜りに行くのだそうだ。
「わあ。おめでとうございます! パーティとか素敵ですね」
「ありがとう。でも実は楽しみなのは、お慕いしている方に会えるから、かな」
頬を赤くして照れながら言うサヤは、年上と言えども十分可愛らしく見えた。
「もしかして、そのパーティで、ですか? 貴族の方?」
「ええ。王子様のご友人なの、きっといらっしゃるわ」
にっこりと微笑みながらサヤは答えた。
ライサも十五歳。そんな色恋話にも興味を持つ年頃である。
そして彼女の目的も王都の王子なのだ。
あれこれ話ははずみ、結局二人は一緒に王都に向かうことにした。
◇◆◇◆◇
翌日。ライサは待ち合わせの広場の中央にある噴水の縁に座り、魔法世界の地図を眺めていた。
サヤが来るまでまだ少し時間がある。
「もう少し人を疑うことも覚えた方がいいんじゃないか、お嬢さん?」
いつの間にそこにいたのであろう。一人の男が目の前に立っていた。ライサは不信な表情を浮かべる。
「腹の中でなにを考えてるかなんて、いくらあんたでもわからないだろう?」
男は長身で、顔の彫りは深く目は鋭い。かなり鍛えられている感じがライサにでもわかる。
自分のことを知っているのだろうか。確かにこの近辺に二週間もいれば、近所の人の顔も覚えてくるが。
ライサは懐に隠し持っている麻酔銃に手をのばした。男の態度は変わらない。
銃が見えないからか、それともーー気づかないふりをしているからかーー。
「誰?」
声を低くしてライサは聞いた。
「俺か? 俺はなーー」
しかし男が口を開きかけたその瞬間、二人の間に突然バリッと火花が散った。
「ライサさん! 大丈夫?」
サヤが魔法を行使しながらやってくる。
ライサが振り返ると男の姿は既に消えていた。
「最近物騒なのよ。爆発事件があったり。この前も物盗りがでたみたいでね。あ、あれよ」
サヤが指し示す方に人が集まっていた。みすぼらしい男が一人、磔にされている。
「おー科学の人間つかまったみたいやな。見にいかな!」
よく聞くとそんなようなことを言いながら、街の人たちは磔にされた男のいる広場へと向かっていく。
これから火あぶりにでもされそうな雰囲気である。
「科学の……人間?」
ライサは不思議に思った。この街では科学が周知されているのか。
「あら、違うわよ。悪いことした人は『科学の人間』って呼ばれて、あんなふうに石を投げられて火あぶりにされるの。ここのしきたり。科学の人間なんてそうそういるわけないわよ」
「ああ……なる程」
考えてみれば、ライサの世界でもそんな風習がある地方があった。ただ呼ばれ方は『魔女』だが。
人はそれを『魔女狩り』と呼んでいた。内容は正反対だが、考えることは同じである。
だがそれよりも、ライサは自分がここでは異端だということを再認識し、顔が青ざめた。
今は愛想のいいサヤだって、ライサが科学世界から来たということを知れば態度が急変し、下手すれば攻撃してくるかもしれない。細心の注意が必要だった。
「じゃあ行きましょうか、ライサさん」
サヤが促した。ライサは念のため付け加えておく。
「ええ……もしかしたら私、途中から別行動するかもしれないけど……」
「構いませんわ。旅は道連れ。途中までご一緒しましょ!」
サヤはあっけらかんと答えた。
この笑顔はいつまで続くのだろう、そんな不安を抱きつつ出発しようとすると、遠くの方から少女の声が聞こえた。
「サヤねーちゃん、ライサぁ――!」
リーニャがこちらに駆け寄ってくる。ぜぇはぁ言いながら呼吸を整えて一気に言った。
「うちも王都行くで! 宮仕えしとう思ってんねん。母ちゃんも大丈夫言うし! ええやろ?」
サヤとライサは突然のことに唖然とする。
「リーニャ、まだ早いんじゃないの?」
確か十一歳だったわよねとサヤは確認するが、リーニャは頑として行くことを諦めなかった。どうやら昔から憧れだったらしい。
通常十五歳くらいで優秀なものは王宮に上がることができるようだが、小さい頃から修行のため王宮に行くものもいる。
リーニャがどうしてもやめようとしないので、サヤは連れて行くことにした。
いざとなったら自分が何とかするつもりで、実際その力もあるのだろう。
こうしてライサは多大なる不安の中、サヤ、リーニャとともに王都に行くことになったのである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
