17 / 98
冒険編
第六章 ベコの食料庫-2
しおりを挟むディルクが警備兵に、先程宿で受け取った書状を見せる。
「これは、北聖様からの委任状……どうぞ、お通りください」
警備兵はあっさりと二人を通した。
建物に近づくと、周りを一周したライサが戻ってきて、不思議そうに聞いた。
「ねー入り口ないみたいよ?」
ディルクはそれには答えず、代わりに建物の壁に右手をかざした。
すると突然壁の一部の形が変わり、みるみるうちに入り口が姿を現す。
「ちょっとした結界が張ってあるんだよ。からくり知ってる人でないと、入れもしないってわけ」
言いながらディルクはすたすたと建物の中に入っていく。ライサは慌てて後を追った。
中は真っ暗だった。ひとすじの光も見えない。
ライサは必死にディルクを追ったが、こう見えないと前に進むこともできない。
「きゃ!」
思わず前につんのめってしまった。しかし転ぶと思った瞬間、ディルクに支えられる。
「何にもないところで転ぶなよ」
「な、何にもないなんてわかんないわよ! 見えないんだからっ!」
ライサは恥ずかしくて、思わず必要以上に力んでしまう。
対してディルクは、今気付いたかのように魔法を構成した。
「あ、そっか。光ないと見えないんだっけ?」
ポッとディルクの右手に光球が現れた。ようやく彼女にも周りが見えるようになる。
そこには様々な食物が揃っていた。
その全てが宙に浮き、上の上のほうまでぎっしりと並んでいる。
(あー重力の影響ないんだ。いいなぁ)
そんなことをぼーっと考えながら、ライサはひたすら上を眺めつつ、物体の腐敗の仕方についてブツブツ知識を呟き出す。
対して、ディルクはそんなライサに苦笑しながら視線を床に向けた。そのままパチンと左手をならす。
すると一瞬にして何もなかった床に、いっぱいの巨大な幾何学模様が浮き出てきた。
「え! これが、魔法陣!?」
それはもの凄く精密な模様だった。
細かいながら、規則正しく並ぶ文字の配列。絵にして売れそうなくらい見事な陣。
「ああ、時間の流れを止める空間を作り出すんだ」
言いながら、端から丹念にその陣のチェックを始めた。
変化したり、消えかかったりしていないだろうか。
少し変わるだけでも全く効力が違うという。
そしてライサも興味津々にその魔法陣を見つめた。
前々から見てみたかった、きちんとした魔法。国のトップの魔法使いの描いた魔法陣など最高の見本ではないか。
(素敵! この整然とした数式らしき羅列とか。魔法構成する美しい公式なんて萌えるわ。どの辺にどんな意味や法則性があるのかしら)
思わず目を輝かせながら、前のめりになっていく。
すると、突然ディルクの鋭い声が響いた。
「動くな、ライサっ!」
瞬時にライサは足を止める。だが、既に一歩動いた後だった。
慌てて足元を見てみると、魔法陣の一部が消えかかっている。
「あーあーあー先に言っとけばよかった」
「ごめんなさい……」
よくよく見ると、ディルクは踏まないように少々浮いている。
落胆する彼に、ライサは謝ることしかできなかった。
だがディルクはそう怒った様子もなくふっと息をつくと、その箇所に手をかざし、すぐさま精神を集中する。
――――時よ、支配されし流れを捨てよ。陣となり形となりてその絆を埋めよ。
消えた部分に徐々に光が湧き上がる。
「修復!」
ディルクの掛け声とともに、消えかかっていた模様が再び姿を現した。
コンマ一ミリのズレもない完璧な修復に、ライサは感嘆の声をあげる。
「すごい……綺麗……! ディルクの魔法」
「へ? いや、基本魔法だし。って何やってんだライサ」
見れば彼女は今し方修復した魔法陣をじっと凝視して、ブツブツ何やら呟いている。
「この辺が発動、修復命令がこっち、この印が絡み合って……」
「あー違う、この文字式が働いてて、これが数分前を意味する時間。数字を大きくするほど魔力消費が激しい」
「なるほどなるほど。やっぱりこう、きちっとした魔法見るとわかりやすいわ」
「何、魔法研究でもすんの? 面白いな、科学視点とか」
是非教えてくれよと苦笑しながら、ディルクはまた点検に戻っていく。
そんな彼の後姿を見送りながら、ライサはほうっと感心していた。
実際ディルクが、まともに呪文を唱えて魔法を使うところを見たのは初めてだったのだが、明らかに周りの人とは違っていた。
確かに、一部の修復だけだし、魔法自体は大層なものでなく、魔力もそんなに必要ないのかもしれない。
だが、それだけの魔法でもーー完璧だった。
そう、以前見た貴族の上級魔法使いサヤの魔法ですら、ディルクの魔法には及ばないと気付いたのだ。
そして、魔法陣の構成の的確な解説、科学視点が面白いだなどという感想。
もしや魔法というものを、理論的に知り尽くしているのではないだろうか。
(彼は、一体何者なんだろうーー)
なるべく考えないようにしていた疑問が過ぎった。
魔力がないと言いながら、対魔法使い用に訓練された死の軍と対等に渡り合い、西聖とタメ口をきいていると思いきや、飲み屋のおっちゃんの知り合いまでいる自称便利屋。
その行動範囲は科学世界まで及ぶ、一応上級魔法使い。
明らかに普通ではないのではないか。
(でも……)
そんなことは問題ではないとも思う。
彼が何者だろうと敵国の人間だろうと、今こうして自分を助けてくれている。そして、科学にも偏見がないどころか結構好意的だ。
全部騙されているとも思えない、いや、思いたくない。
「ライサ?」
気がつくと、ディルクは点検を終えて戻って来ていた。
呼びかけても何も反応がないのに、少し心配そうな顔をする。
「あ、ごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「先に宿に行ってるか? もう何件かあるけど」
「ううん、大丈夫! 次行きましょう!」
なるべく明るく振舞って、ライサは先をさっさと歩き出した。
「どう、伝えたもんかな、書状のこと」
ディルクはそんな彼女の後ろ姿に呟き、そして慌てて後を追いかけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる