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冒険編
第九章 竜の髭-1
しおりを挟む翌日、宿の勘定を済ませた一行は、早々に街を出る支度をし、出口へとやってきた。
南聖の屋敷は、このララの街からそう遠くないところに位置しており、河沿いにもう少し行けば、昼過ぎには到着することができるという。
街の出口でチェックを受けているディルクとサヤを置いて、ライサとリーニャは一足先に街の外に出た。
その日は朝から雨だった。ザーザーとやむ様子もなく降っている。ララの街は地下なので、さして不都合はなかったのだが、改めて雨の中に立ってみるとかなり降っていた。
ライサは街を出ると傘をさし、顔をしかめつつその雨を眺めていた。
横にリーニャがいて、何もないのに雨があまりあたらない状況に首をかしげている。
「あー鬱陶しい雨……」
ライサが呟いたとき、チェックを受けたサヤとディルクが街から出てきた。リーニャが手を振りながら二人に呼びかける。
「こっちこっち! サヤねーちゃん、ディルクにーちゃん!」
サヤはライサとリーニャの様子に首をかしげる。対して横にいたディルクは、二人を見た途端に反応した。
「ライサっ! まさかそれ、傘かっ!?」
相変わらず絡んでくるディルクだったが、口調からは昨日までの険悪な雰囲気が消えている。
ライサは思わず口元を綻ばせ、そして力を込めて言い返した。
「どー見ても、傘でしょっ!」
するとディルクが負けじと言い返す。
「だから、見えねーって言ってんだろっ!」
魔法使いにナイロンの雨傘が見えるはずはない。
「そんなの、いばんないでよっ! それより何? 私、傘ないと濡れるんだから、こればっかりは認めてもらうわっ!」
先日科学の力は使わないと言ったライサだが、他にどうしようもない。断固使わせてもらうんだから、と意気込んでいた。すると、
「もう一本持ってねぇ?」
脱力する一言が返ってきた。
いやーそれ、なかなか便利だぞーーそんなことを言いながら、ディルクは期待のまなざしを向ける。
ライサは呆れながらも鞄からもう一本、折畳式の傘をとりだした。なんとなく面白くないので、傘を広げてディルクでなくサヤに渡す。
「はい、サヤさん、こうやって持ってくださいね」
「まあ、ありがとう」
ディルクは少し機嫌を悪くしたが、サヤの傘の中にひょいっと入っていった。そんな主に彼女はクスッと笑みを浮かべる。
「……なんだよ」
「いえ、無事仲直りされたみたいと思いまして」
「えっ、そんなに違う……か?」
「ええ。雰囲気が昨日と雲泥の差です」
納得出来ずに考え込むディルク。そんな彼の反応に、サヤはズバリと指摘した。
「険悪すぎても、いざとなった時、ライサさんがマスターに素直に助けを求めなくても困りますから」
「それは……まぁ……」
「彼女の性格からしても、きっと本当に助けを求められるのはマスターだけですよ。自覚持ってください」
「……なんか、悪かったな、サヤ。気をつける」
そして、お前も言うようになったなと苦笑する。彼はもう先日の告白など気にもとめていないようだった。
恋愛などするつもりもないと言ったのだから、わだかまりも残さないーーこの反応は当然なのだろう。
むしろ振られてしまったサヤこそ、今まで遠回しにしか言えなかったことでも、遠慮なく指摘できるようになったかもしれない。
(振られた方が、マスターに近づけた気分になるなんて、おかしな話ね)
しかし疑問が残る告白だったとサヤは思う。
実力、血統主義のこの国で、額に輪を持つ上級魔法使いなど引く手数多である。
そんな国で、王子のように意中の相手がいるわけでもなく、恋愛も結婚も拒絶する異常さ。
そして彼は、それでも想う人が出来たなら、何を思い、どう行動するのだろうと。
ディルクに断られたとはいえ、サヤは彼を諦めきれていなかった。
そもそもこの程度で折れるようなら、最初から想いを寄せたりなどしていない。
◇◆◇◆◇
「ライサーこの前の物理の続き教えてくれへん?」
ライサと同じ傘の中に入っていたリーニャがこっそり聞いてきた。
この雨だし、増水した河もすぐそこなので、少々の会話などディルクには聞こえないだろう。
ライサはそっと物理の続きをリンに教え始めた。
リーニャは面白いくらいに物理学を吸収していく。ライサも教え甲斐があるので思わず熱が入る。
リーニャがブツブツと公式を唱えているとき、ライサはふと、後方のディルクとサヤの方を振り向いた。
二人はもう一本の傘に入り、何かいろいろ話をしている。真剣な話をしているのかもしれないが、とても楽しそうだった。
そして何よりサヤの表情だ。顔を赤らめ恥ずかしそうに、でも精一杯の笑顔を向けている。
(やっぱりサヤさんはディルクが……ということは……)
その先を考えたくなくて、ライサは突然ズンズンと速く歩き出した。リーニャが慌てて、遅れないようついてくる。
その様子にディルクとサヤも気づいたが、この先は一本道なので、特に迷うこともないだろうと、追いかけることはなかった。
「ライサ、濡れてまうで。どしたん?」
突然速度があがったのに戸惑い、リーニャは問い掛ける。
ライサは必要以上に力強く振り向き、噛み付くように言った。
「いいのよ! 二人の邪魔しちゃ、わるいでしょ!」
「……なんの邪魔やねん?」
リーニャは、何故ライサがそんなに不機嫌なのかわからなかった。とりあえず、自分のことを怒ってるのではないようなので、それ以上聞くことはなかったが。
雨はどんどん激しくなってきた。それにつれて、風も強くなっていく。周りの木々はその風により、細いものは強くしなっていた。
傍を流れている河も、先程よりずっと増水してきている。落ちたらひとたまりもないだろう。
ライサもリーニャも大分雨に濡れてきた。
持ってきたのは小さ目の折り畳み傘である。土砂降りの雨を防ぎようもなかった。
「雨、激しくなってきたなぁ。ちょい待ち!」
リーニャは突然そう言って、なにやら魔法の呪文を唱え始める。
「亜結界!」
そう唱えたかと思うと、周りに見えない境界が現れた。二人をすっぽり覆い囲み、雨粒全てを防いでいる、が、風は吹いている。
どうやら水の粒子より大きいものを防ぐ結界らしいが、二人に合わせて移動も可能なようである。
「なんだ、こんな便利な魔法あるなら、傘いらないじゃない」
そう言いながらライサは傘を折りたたむ。
だが、リーニャは少し辛そうな表情を見せた。彼女にはこの亜結界の魔法は難しいのだ。
ライサはなんとなくそれを感じとり、無理はしないように言ったが、リーニャは譲らなかった。たまにはいいところを見せたいのだ。
よたよたと歩くリーニャを見て、ライサは少し心配だったが、頑張るリーニャの姿に止めるのをやめた。
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