26 / 98
冒険編
第九章 竜の髭-2
しおりを挟む歩き続けるうちに、リーニャも維持に慣れてきたのか、かなり早く進めるようになっていく。
そして大分自信がもてるようになったのだろうか、リーニャは笑ってライサのほうを振り向いた。
「どや、うちの魔法もなかなか……うわっ!!」
言葉とともに彼女は足を滑らせた。すぐ傍の増水した河の流れに片足を取られ、そのまま流れに沿って引き摺られそうになる。
ライサは咄嗟に彼女の腕を捕まえた。
覆っていた亜結界は解け、大雨は直接、二人に容赦なく降り注ぐ。
「危ない危ない。待っててね、今ひきあげるから」
増水した河の流れの勢いに青ざめ、恐怖に怯えるリーニャに、ライサは全身泥だらけになりながらも、安心するよう優しく声をかけた。そして力一杯引き上げようとする。
だが、流れの勢いが強く、片手では容易に引き上げられない。
ライサは咄嗟にもう片方の手で、道の端のでっぱりに手をかけ、再度力を込め直した。
リーニャの足が岸にあがる。
二人ともそれを見てホッとしかけた時だった。
ザザザ――――と急に波のような流れが襲い、慌ててライサはリーニャを抱きしめる。肩を強く引っ張られたかと思うと、その肩にかけていた彼女の荷物が一瞬にして波に攫われた。
「あっ! 荷物!!」
ライサはすぐに気づいたが、荷物はそのまま、もの凄い速さで河を流れていく。
彼女は慌てて荷物を追った。びしょぬれで泥だらけだったが、構わず走る。
リーニャは驚いて止めようとしたが、たった今命からがら引き上げられたばかりで、体が上手く動かない。大声でライサを呼び止めるが、彼女はどんどん先へ行ってしまった。
彼女の荷物にはパソコンやその他、いろいろな道具が入っており、なにより王女から預かった大切な書状が入っている。
どうあってもそれを失うわけにはいかない。
まずはどうにかして、流れているのを止めないと……そう思ったとき、鞄は上手い具合に河の中央のとがった岩に引っかかった。
「よし!!」
ライサはゴクリと息を呑み、覚悟を決める。
ディルクとサヤは、少し遅れてやってきた。
前方にリーニャが一人で座り込んでいるのを見つけ、驚いて駆け寄る。随分前に、リーニャがやったような亜結界魔法をサヤが張っていたので、二人とも殆ど濡れていない。
だが、駆け寄ったとき、リーニャはずぶ濡れだった。
サヤが慌てて亜結界の中にリーニャを入れる。彼女の顔は青ざめ、唇は震えていた。
「河に落ちた荷物を追っていったって!?」
ディルクとサヤは顔を見合わせる。
ただでさえ、向こう岸の人影も見えないくらいの大きな河だ。しかも大雨で増水しまくっている。
その中に落ちた荷物を追って行ったというのだ。
「……サヤはリーニャを連れてララの街に戻ってろ」
ディルクは静かにサヤに告げた。
まだ昼までかなりの時間があり、南聖の屋敷に行くよりは、ララの街に戻った方が早い。
「でもマスターは魔力が……軍ではないし私が……」
サヤは心配そうにディルクを見上げた。
「いや、俺が行く。大丈夫だ。ちょっと見てくるだけだしな」
そうディルクは言い残して、その場を離れた。
サヤの亜結界から出て自分でそれを張る。リーニャの張ったものよりもはるかに安定したそれを、彼はずっと少ない魔力で構成した。
魔力量が少ないディルクは、いざというとき使えるように、常に魔力を温存していた。
だが今回は、いつになく気が焦っていた。亜結界を張った後、更に飛行魔法を使って浮かび上がる。
一刻も早く見つけなければ……それが何より先だった。
河のすぐ上を飛びながら近辺を捜したが、ライサの姿はどこにも見当たらなかった。
時間がかかるにつれ、悪い考えが生まれてくる。ディルクは雨には濡れてなかったが、冷や汗をかいていた。
昨夜の会話が脳裏に浮かぶ。
(頼むから、呼べ! 呼んでくれーーライサ!)
強く願いながら焦りを感じつつ、ディルクは必死に彼女を捜し続けた。
十分程経った頃だろうか。
『ディル……たす、け………カハッ!』
ほんの一瞬だけ、途切れ途切れのか細いライサの声が届く。反射的に声の方角、河の流れの前方に目が向かう。
(まさか……河の中か!?)
もの凄い流れに加え、元からの深さにこの水量である。
どんなに泳ぎが得意でも、入れば一瞬にして流され、溺れるのに時間はかからないだろう。しかもこの先は大きな滝があったはずだ。
ディルクは滝の手前まで全速力で飛行した。そのまま増水した河の中にとびこむ。
亜結界は水粒子以上なら防ぐことができる。おかげで河に入っても濡れないが、流れの強さが変わるわけではない。
素人ならこの急な流れにひとたまりもないが、ディルクは何とか流れにのせられないよう、うまく飛行の魔法も取り入れ、河の中を探索していく。
ここで助けられなければこの先は滝、絶望的だ。
ディルクは焦った。心臓が早鐘を打つ。捜しても捜しても彼女の姿を捉えられない。
もう駄目か、そう思ったとき――。
滝のほんの少し手前、そんなギリギリの状態で、ディルクは流される彼女の姿を見つけた。
彼女の身体が滝に飲まれ落下しかける。
彼はその流れに自分も身を任せつつ、ライサを受け止め滝の外へと浮上した。そのまま滝の手前の河岸に降り立ち、急いで彼女を仰向けに寝かせる。
ライサは擦り傷、打撲だらけで、顔は青ざめ息をしていなかった。
ディルクは即座にライサの気道を確保し、息を大きく吸い込むと、ゆっくりとその息を彼女に吹き込んだ。
(死ぬなよ、ライサ!)
心臓が早鐘を打つ中、ディルクは必死に息を吹き込み、心臓マッサージを繰り返す。
何も考えず、ただひたすら昔知った蘇生法を無我夢中で続けた。
すると、何度目かの人工呼吸の後、ライサは息を吹き返した。
彼女はゲホゲホと咳き込むと、ゆっくりと力なく目を開ける。
「ディ……ルク?」
彼は笑みを浮かべると、胸を撫で下ろし、ほうっと大きく息を吐いた。
「助けて、くれた……んだ」
「ん……呼んでくれたからな。間に合った」
ディルクがライサの頬にそっと手を添えると、彼女は彼の顔を見上げ、安心したように微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる