隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第九章 竜の髭-2

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 歩き続けるうちに、リーニャも維持に慣れてきたのか、かなり早く進めるようになっていく。
 そして大分自信がもてるようになったのだろうか、リーニャは笑ってライサのほうを振り向いた。

「どや、うちの魔法もなかなか……うわっ!!」

 言葉とともに彼女は足を滑らせた。すぐ傍の増水した河の流れに片足を取られ、そのまま流れに沿って引き摺られそうになる。
 ライサは咄嗟に彼女の腕を捕まえた。
 覆っていた亜結界は解け、大雨は直接、二人に容赦なく降り注ぐ。

「危ない危ない。待っててね、今ひきあげるから」

 増水した河の流れの勢いに青ざめ、恐怖に怯えるリーニャに、ライサは全身泥だらけになりながらも、安心するよう優しく声をかけた。そして力一杯引き上げようとする。
 だが、流れの勢いが強く、片手では容易に引き上げられない。
 ライサは咄嗟にもう片方の手で、道の端のでっぱりに手をかけ、再度力を込め直した。
 リーニャの足が岸にあがる。

 二人ともそれを見てホッとしかけた時だった。
 ザザザ――――と急に波のような流れが襲い、慌ててライサはリーニャを抱きしめる。肩を強く引っ張られたかと思うと、その肩にかけていた彼女の荷物が一瞬にして波に攫われた。

「あっ! 荷物!!」

 ライサはすぐに気づいたが、荷物はそのまま、もの凄い速さで河を流れていく。
 彼女は慌てて荷物を追った。びしょぬれで泥だらけだったが、構わず走る。
 リーニャは驚いて止めようとしたが、たった今命からがら引き上げられたばかりで、体が上手く動かない。大声でライサを呼び止めるが、彼女はどんどん先へ行ってしまった。

 彼女の荷物にはパソコンやその他、いろいろな道具が入っており、なにより王女から預かった大切な書状が入っている。
 どうあってもそれを失うわけにはいかない。
 まずはどうにかして、流れているのを止めないと……そう思ったとき、鞄は上手い具合に河の中央のとがった岩に引っかかった。

「よし!!」

 ライサはゴクリと息を呑み、覚悟を決める。


 ディルクとサヤは、少し遅れてやってきた。
 前方にリーニャが一人で座り込んでいるのを見つけ、驚いて駆け寄る。随分前に、リーニャがやったような亜結界魔法をサヤが張っていたので、二人とも殆ど濡れていない。
 だが、駆け寄ったとき、リーニャはずぶ濡れだった。
 サヤが慌てて亜結界の中にリーニャを入れる。彼女の顔は青ざめ、唇は震えていた。

「河に落ちた荷物を追っていったって!?」

 ディルクとサヤは顔を見合わせる。
 ただでさえ、向こう岸の人影も見えないくらいの大きな河だ。しかも大雨で増水しまくっている。
 その中に落ちた荷物を追って行ったというのだ。

「……サヤはリーニャを連れてララの街に戻ってろ」

 ディルクは静かにサヤに告げた。
 まだ昼までかなりの時間があり、南聖の屋敷に行くよりは、ララの街に戻った方が早い。

「でもマスターは魔力が……軍ではないし私が……」

 サヤは心配そうにディルクを見上げた。

「いや、俺が行く。大丈夫だ。ちょっと見てくるだけだしな」

 そうディルクは言い残して、その場を離れた。
 サヤの亜結界から出て自分でそれを張る。リーニャの張ったものよりもはるかに安定したそれを、彼はずっと少ない魔力で構成した。
 魔力量が少ないディルクは、いざというとき使えるように、常に魔力を温存していた。
 だが今回は、いつになく気が焦っていた。亜結界を張った後、更に飛行魔法を使って浮かび上がる。
 一刻も早く見つけなければ……それが何より先だった。

 河のすぐ上を飛びながら近辺を捜したが、ライサの姿はどこにも見当たらなかった。
 時間がかかるにつれ、悪い考えが生まれてくる。ディルクは雨には濡れてなかったが、冷や汗をかいていた。
 昨夜の会話が脳裏に浮かぶ。
 
(頼むから、呼べ! 呼んでくれーーライサ!)

 強く願いながら焦りを感じつつ、ディルクは必死に彼女を捜し続けた。

 十分程経った頃だろうか。

『ディル……たす、け………カハッ!』

 ほんの一瞬だけ、途切れ途切れのか細いライサの声が届く。反射的に声の方角、河の流れの前方に目が向かう。

(まさか……河の中か!?)

 もの凄い流れに加え、元からの深さにこの水量である。
 どんなに泳ぎが得意でも、入れば一瞬にして流され、溺れるのに時間はかからないだろう。しかもこの先は大きな滝があったはずだ。
 ディルクは滝の手前まで全速力で飛行した。そのまま増水した河の中にとびこむ。

 亜結界は水粒子以上なら防ぐことができる。おかげで河に入っても濡れないが、流れの強さが変わるわけではない。
 素人ならこの急な流れにひとたまりもないが、ディルクは何とか流れにのせられないよう、うまく飛行の魔法も取り入れ、河の中を探索していく。
 ここで助けられなければこの先は滝、絶望的だ。
 ディルクは焦った。心臓が早鐘を打つ。捜しても捜しても彼女の姿を捉えられない。

 もう駄目か、そう思ったとき――。

 滝のほんの少し手前、そんなギリギリの状態で、ディルクは流される彼女の姿を見つけた。
 彼女の身体が滝に飲まれ落下しかける。
 彼はその流れに自分も身を任せつつ、ライサを受け止め滝の外へと浮上した。そのまま滝の手前の河岸に降り立ち、急いで彼女を仰向けに寝かせる。

 ライサは擦り傷、打撲だらけで、顔は青ざめ息をしていなかった。
 ディルクは即座にライサの気道を確保し、息を大きく吸い込むと、ゆっくりとその息を彼女に吹き込んだ。

(死ぬなよ、ライサ!)

 心臓が早鐘を打つ中、ディルクは必死に息を吹き込み、心臓マッサージを繰り返す。
 何も考えず、ただひたすら昔知った蘇生法を無我夢中で続けた。

 すると、何度目かの人工呼吸の後、ライサは息を吹き返した。
 彼女はゲホゲホと咳き込むと、ゆっくりと力なく目を開ける。

「ディ……ルク?」

 彼は笑みを浮かべると、胸を撫で下ろし、ほうっと大きく息を吐いた。

「助けて、くれた……んだ」
「ん……呼んでくれたからな。間に合った」

 ディルクがライサの頬にそっと手を添えると、彼女は彼の顔を見上げ、安心したように微笑んだ。
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