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戦争編
第十六章 生物兵器の恐怖-5
しおりを挟む「だぁぁ――っ、全く、無茶すんなよなぁ!」
ディルクは、帰ってきたガルと兵の姿を見るなりそう言った。
波子は細く目を開けると、ガルの戦い振りを伝える。
「いや、全く、さすが、西聖殿ですな」
まだ傷めた背中がうずくのだろう。途切れ途切れに波子は語った。
「魔力値だ・け・は、高いんだ、四聖ってのは」
手当てをしながら言うディルクに、ガルは力なく言い返す。
「ひどいな、一言誉めてくれてもいいじゃないか」
久々に一同に笑いがもたらされた。
石子の冥福を祈り、各々自分の持ち場に戻っていく。近くの敵は倒したとはいえ、病に倒れた人たちが回復したわけではない。
「で、俺のいない間、どうだった?」
部屋に二人になったのを確認してから、ガルはディルクに問いかけた。
「新たな発生場所はなし。対策が功をなして来たのか、隔離結界の外の人達は驚く程感染していない。死の軍も倒したしな」
それを聞き、ガルはほっと胸をなでおろした。
「そして亡くなったのは三十五名、イーストワン通りのエリカル、マエナ、ロックボント、サミ……」
ディルクは指を折りながら、ガルに新たな死者三十五人を全て伝える。
彼はこの街の人の顔と名を殆ど覚えていた。全て聞き終えると、頭を抑え、少しの間黙って俯く。
やがて、のろのろと立ち上がり、「わかった。ありがとな」と呟くと、また看病にと向かって行った。
◇◆◇◆◇
閉じ込められてから三週間後、ライサはようやく外にでることができた。
王女が研究所に訪れたのである。
姉に弱いヒスターは、彼女を外に出すしかなかった。ライサを監禁していた、なんて王女に知られたらただではすまされない。
ライサから何日も何日も連絡がないのに、王女はさすがに心配になった。
最初はライサも忙しいのだから、と思っていたのだが、全く連絡一つよこさなくなってしまったのだ。婆やに聞いても、最近姿を見ないという。
王女は胸騒ぎを感じ、ここに訪れたのである。
「ライサ?」
久々に彼女に会った王女は驚いた。
随分やせ細っている。呆然と、弱々しくライサは頭を下げた。
ヒスターは何も聞かれないようにと、その場を早々に立ち退いていた。
「姫様……お久しぶりです。どうか、されましたか?」
それでもライサは精一杯笑顔を作った。
自分のせいでヒスター殿下を怒らせ、ディルクのみならず、シルヴァレン王子まで標的にされたなどと知られ、悲しませる訳にはいかない。
王女は人を遠ざけ、別室でライサと二人きりになってから、そっと語りかけた。
「……聞いたわ、生物兵器のこと。西聖、東聖のお二人が今ラクニアで活動されていて、この計画実行班の死の軍八名全員が亡くなられたそうよ……」
だからこれ以上の感染源の増加はない筈と、近況を教えてくれた。
ライサは死の軍の犠牲よりも、ディルクの無事に安堵の吐息をもらす。だが次の瞬間、科学世界側の一員としてあるまじきことと気づき、ぶんぶんと頭を横に振る。
「そうですか……我が軍の精鋭が八人も……」
「流石にお強いわよね、四聖のみなさん」
王女も王子に想いを寄せているとはいえ、自国の軍の犠牲には心を痛めている筈だ。だからライサも、ディルクの無事を喜ぶ訳にはいかないのだ。
しかし、王女は優しくライサを抱きしめて小さく囁いた。
「無事でよかったわね。大丈夫よ、ディルシャルクさんはすごーく強いもの、やられたりなんてしないわ」
シルヴァレン王子のお墨付きだから絶対よ、と続ける。ライサは仰天した。
「え、姫様……え、ご存知……なんで、うそ……!」
思わぬ事実に取り乱し、彼女の顔はみるみる赤くなっていった。
この反応で、まだ彼への想いはなくなっていないのだと、王女は確信し安堵する。
ライサは動揺しつつ、辛うじて王子の手紙という心当たりを思い出し、両手で顔を覆って呻いた。
「あぅー王子様……何というお戯れを! あの、彼とは何の関係もないですから! そのっ……」
「え、そうなの? とても仲睦まじい間柄ってきいたけど……」
「き、気の迷いで、こ、恋人……なんてこともなくもなかったかもしれませんけどっ」
「えっ、お付き合い、あったの!?」
ライサはしまった、という顔をした。
そういえばディルクときちんと想いを通わせたのはたった一日であり、それは王子が手紙を受け取り、城へ戻った後だ。
王子が王女への手紙を書く時に、それを知っていた筈がない。
王女はますます興味津々という顔で、ライサに詰め寄った。
しかし、ライサはディルクとのあの甘い一日を頭に浮かべーー同時にヒスターに唇を奪われたことも思い出してしまった。
突然こみ上げてきた吐き気を何とか抑え、声を絞り出す。
「……そうだとしても、きちんと別れましたし、もうお互い想いを通わせることは二度とございません」
再び会えば敵同士。そして自分は、次期国王のヒスターとの婚姻が確定されてしまった。
それにディルクの傍にはサヤもいる。この状況で彼がサヤを拒むなどありえない。
もう何もかも全てが過去のことなのだ。
「ライサ、でも、でもね……!」
王女はなおもライサを励まそうとしたが、彼女はそれすらも、もう聞きたいと思わなかった。
王女を残し、逃げるようにその部屋から立ち去る。
そしてしばらく研究室から出ることなく、ライサは一人泣き崩れた。
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