53 / 98
戦争編
第十七章 ラクニア陥落-1
しおりを挟むある日、とうとうサヤが倒れてしまった。
「ああ、マスター……すみません」
もの凄い高熱を発し、苦しそうに息を続ける。
ディルクの心はつぶれそうだった。もし、サヤが死んでしまったらと思うと眠ることもできない。
彼はありったけの力をサヤに送り込もうと魔力を構成するが、サヤがその構成を押さえ、発動を止めてしまった。
「だ、大丈夫です……それより離れてください、マスター、貴方まで……」
「そんなこと出来るか! 絶対離れたりなんてしないからな!」
言うと彼女の手を両手で掴み、そこから少しずつ体力回復魔法を送り込んでいく。
サヤは病の苦痛から少しだけ解放されると、そのまま気絶するように意識を失った。
今何時くらいだろうか、サヤが目を開ける。そしてふと横に目をやると、感きわまって涙が溢れて来た。
彼女の手を握ったまま、ディルクが祈るように眠りこんでいたのだ。
どのくらいの間、そこで魔法を使い続けていたのだろう。まだまだ熱は高いが、かなり身体が軽くなっている。
とても負担をかけ、迷惑をかけてしまったのに、サヤはどうしようもなく嬉しかった。
しかし、自分のせいで愛するマスターが倒れたらと思うと心配でならない。
「へぇー。ディルクが熟睡するなんて珍しいなぁ」
「ガルデルマ様」
見るとガルが新しい水差しと薬を持って、訪れたところだった。
「調子はどうですか、サヤさん。リーニャも心配していますよ」
「ご心配ありがとうございます。おかげさまで少し楽になりました」
微笑んで、サヤはガルから水差しと薬を受け取り、ふらふらしながらも、きちんと自分で薬を飲んだ。
そうこうしているうちにディルクが目を覚ます。
「ん、ガルか……」
「おはようディルク、動けるかい?」
ディルクが目をこすりながら肯定すると、ガルはサヤに折角のところすまないねと謝りながら、物資調達の意を伝えた。
「おっけー。サヤも持ち直したみたいだし行ってくる。……それはいいけど、木子はどうした?」
今まで必要なものを調達してきていたのは木子だった。どうして自分にまわってきたのか。
ガルは暗い顔を見せる。将軍木子も病に倒れてしまった、彼の表情は暗にそう語っていた。
看病の手は減る一方で、この時点でまともに動ける者は、最初の半分以下にまで減ってしまっていた。
そして戦況もあまりよくないらしい。
今朝マナからの連絡で、進軍していた魔法世界の本軍が、科学世界側に押され、徐々にもとの境界付近に戻っているという知らせを受けていた。
死の軍が本戦のほうでも動き出しているらしい。今までの科学世界の軍とは違った俊敏さを見せていた。
ディルクは他の地へウイルスを持ち出さないよう細心の注意を払い、街の外でベコやララからの救援物資を受け取った。
ガルが戻ってからも人手不足が加速し、ディルクも看病にまわり、サヤの心配を余所に今や一日中患者と接触している。
境界の戦場も心配だったが、同理由により、彼は国王軍への帰還をしばらく避けていた。
一刻も早く病が終息に向かうよう、ただただ祈るばかりである。
◇◆◇◆◇
「ディルク、休憩しよう」
サヤが倒れてから数日後の夜、ガルが温かいスープを持って、ディルクの元にやって来た。
ガルもディルクも最近殆ど寝ていない。疲労は限界に達していた。
「あ、さんきゅー、ガル」
ディルクはスープで手を温めながらゆっくり飲んでいく。
目の前の子供はずっと苦しそうに息をしていた。彼の目は子供に向いたままだ。
「……ほんの五、六年前はさ」
そんなディルクを見てガルが突然話を始める。
「すげー遊んでたんだよなー。師匠に怒られたり……悪いこともいろいろしたし」
ディルクは変わらず子供の方を向いている。だが、ガルは構わず話を続けた。
「女もいたんだ。カワイイやつでね……」
「知ってるよ。有名だったから。同じ弟子だったんだろ」
ようやく返事が返ってきた。顔は向けていなかったが。
「だけど、西聖交代の時にさ……師匠が亡くなって国王様から指名を受けて、正式に任命される前に……」
そして目を閉じ軽く微笑するとガルは続けた。
「……あいつ、襲ってきたんだよね。西聖の座を奪うために……命をかけて」
ディルクはその言葉に思わずガルのほうを向いた。
四聖は前の代の四聖が後継者を決める。
先代の西聖が後継を推薦していなかったのも異例のことだが、指名されたのが陛下からで、しかもその座を巡って争いが起きていたとは知らなかった。
ディルクは驚いた。今までそんな話を聞いたことがなかったからだ。
ガルの彼女に関しても別れたとか、修行にでたとか、そんな噂は聞いていたが、真実は誰も知らなかった。
「まさか、お前……」
「ああ、俺が……殺した……結果的にな。真剣の全力勝負を挑まれて、応戦しかできなくて……呆気ないよな、人の命ってさ」
低い声でガルは語った。
ディルクは一瞬わが耳を疑った。そんな様子は微塵も感じなかったからだ。
「あいつが……勝てるわけないだろ……俺に、本気出させて、さ……」
「……」
ガルは下を向き、唸るように言うと歯を噛み締めた。
ディルクも何も言えない。ただただその同朋の語る真実に、耳を傾けることしか出来なかった。
しかし、何故いきなりそんな話を始めたのだろうーー逆に問い詰めるには、ディルクは体力を消耗しすぎていた。
いつか聞こうーーそう思って視線を子供に戻すと、またその子は苦しそうな息を始めていた。
彼は慌ててヒーリングの魔法をかける。しばらくすると子供はまた眠りに入っていった。
0
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる