隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十一章 戦いの果てに-3

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「本当、リアちゃんよく働いてくれるねぇ。よく気がつくし」

 夕飯は一家そろって食卓を囲んでゆっくりくつろぐ。
 一家といっても主は戦死したらしく、おかみさんと長男、次男、ライサの四人である。
 遺族に出るお金と、貯金、そしておかみさんのパートで、生活には十分余裕があった。

「母さん、リア、もう十七歳だろ? 高校くらい行かせてやれないの?」
「そうは思うんだけどねぇ」

 ライサはすぐに手のひらを前にむけて断った。

「結構です」
「……ってリアちゃん言うから……」

 困ったようにヤオスの母親は答えた。

「もったいないなぁ。今は学歴社会なのに。さっきプログラミングこいつに教えていたろ? 頭はいいと思うんだけどな」

 サラダにドレッシングをかけながらヤオスは言った。
 次男はなにやら考え込んでいる。おそらくさっきライサが教えたプログラムについてだろう。
 気がつくと、話題はおかみさんの職場の話に変わっていた。ヤオスは呆れながらも聞き手にまわっている。
 ライサも適当に話を合わせ、夕飯の時間が終わる。

 皆が夕飯を終え、それぞれ部屋に戻っていき、ライサは後片付けを済ませた。
 少し疲れたので休もうと、リビングに行きソファに座り込む。そのまま息をつくと、ソファの前のテーブルにあった夕刊が目に入った。
 ふと一面の見出しが気になり新聞を開く。

『宮廷博士号新たにニーマ・ロイヤルが取得』

 確か王都の王立研究所にそんな所員がいたかな、とふと思い出す。

「あれ、宮廷博士? これで四人……いや、変わらないか、三人か」

 突然声が聞こえた。見るとヤオスが髪をタオルで拭きながら、台所に向かおうとしている。
 お風呂からでて飲み物をとりに来たらしい。冷蔵庫からビールを一本とりだしプシュッと缶をあけ、一気に飲み干した。

「ふー……ライサ・ユースティン博士が亡くなったからなぁ。この国は惜しいことをしたよ。彼女は偉大だった……」

 その言葉を聞いて、ライサは思わず拳を握りしめる。震えそうになるのを抑えながら彼女は言った。

「でも戦争の……殺す道具を造っていた人じゃない。ヤオスさんのお父様だって亡くなって……境界の爆発だって……」

 するとヤオスはその言葉を遮り、いきなり「違う!」と怒鳴った。
 突然のことに、ライサは驚いて彼のほうを向く。

「ユースティン博士が頑張ったから、これだけの犠牲ですんだんだぞ! 他に誰が魔法なんかに対抗できるんだよ! 他の二人は手も足も出なかったじゃないか!」

 宮廷博士号を持つ者は他にも二人いる。だが兵器開発を任されたのはライサ一人だ。
 魔法世界に行っていた業績と、死の軍との接触が考慮されたものと思われる。
 そしてもう二人は五十代と七十代の、彼女から見れば大先輩であり、もともと王都ではなく地方都市に住んでいる。

 そういえば、戦時中お二方は何をされていたのだろうーー今初めて疑問が浮かんだ。

「もう二人は一応、王都、それに最東端都市クアラル・シティのセキュリティを任されていただろ。でも王宮は火の海になって、クアラル・シティも今や魔法使い管理下だし」

(それだけとも思えないけど……)

 二人の顔を思い浮かべたライサは、うーんと考え込む。
 そもそも一人はライサよりもかなり魔法使いを研究していた恩師だ。
 もう一人は政治や経済専門なので、隣国との取引等に多大に関わっている可能性がある。
 ライサ同様、表の顔の何倍も動いていると思われる。

「でも彼女は、あの最強と言われる宮廷魔法使いと果敢に戦って、最後はあの巨大な爆発を自ら起こして、戦争を終わらせたんだよ。自分の命と引き換えにさ。まさに、英雄だよ!」
「えいゆ……う?」

 考えすらしなかった言葉に不意をつかれる。誰が……自分が、なんだってーーーー?

 ヤオスは構わず熱弁を続けた。
 なにより宮廷博士号取得が弱冠十四歳の少女っていうのが凄かったよな、と言いながら彼女の業績を次々に挙げていく。挙げるたびに、凄い、凄いと連発する。
 ライサは自分の報道関係などチェックしていなかったが、随分と頻繁に詳しく流れていたのかとまた驚いた。

 ライサ・ユースティンは終戦と同時にこの世界からその存在を消した。
 宮廷博士として名乗り出るつもりもない。
 ここに来る前にライサは名前を変え、髪を切り色を変え、肌を少々小麦色に焼いた。
 また戦前よりもとても痩せ細っており、知り合いにでも会わなければ本人と気づかれることもないだろう。
 なによりここにいること自体、誰にも信じられないに違いない。

 それでも聞いているうちに彼女はなんだか嬉しくなってきた。
 自分は科学世界にも魔法世界にも恨まれていると思っていた分嬉しかった。思わず涙が浮かんでくる。
 話すのに夢中になっていたヤオスは、彼女が大粒の涙を流しているのに気がつき、慌てた。
 心配かけては悪い、泣き止もうと思うのに、それでも涙は止まらなかった。


  ◇◆◇◆◇


 ライサは夜がキライだった。
 毎晩同じ夢を見る。同じ悪夢を見るのだ。
 そして朝は必ず泣いている。

 その日の朝はベッドから降りると、衝動的に物入れの引き出しを開け、ナイフを取り出した。
 その刃を首筋の頸動脈に当て、力を込める。しかし、

 ーーーー死のうとしたのか!?

「……っ!!」

 彼の声が頭の中で響き、手が止まる。力が抜け、ナイフが床にカランと落ちる。
 これも何度目の行動だろう。
 ガクッと床に膝をつき、顔を覆う。声を殺しながら、ライサはしばらく涙を流し続けた。

 ーーーー私が殺したくせにーーーー
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