隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十三章 スタースワットの学会-1

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 学会ーーそれは科学世界の学者達にとって最も大きなイベントである。
 王都の隣りの街、スタースワットで五年に一度十日間に渡って行われる、オールジャンルの大規模な学会で、学者にとってそこで発表することは名誉に値する。
 例え発表できずとも、そこに行くだけでも大変価値のある学会だった。
 学者ならば参加せずにはいられないだろう。


「え……スタースワットの学会、ですか?」

 夕飯の時間。
 もうすぐ開催される学会に行かないか、ヤオスは何の前触れもなくライサを誘った。
 横で御飯を食べていた次男と、考え事をしていたおかみさんが、同時に手を止め二人を見やる。

「ヤオス、誘うならもっと楽しいところに誘っておあげよ」

 あきれながらも苦笑する。十代後半の女の子が学会なんぞに行っても面白いわけはないと。
 だが、ライサは胸が高鳴るのを感じた。

「わぁ、行きたい!」

 珍しくライサの顔が明るくなる。
 次男とおかみさんは呆気にとられた。学会なんて行って、なにが楽しいのだろうと。
 対してヤオスは、やっぱりーーといった顔をする。

(やっぱり……リアは科学者だ)

 ここ数日少しずつだがライサに研究のヒントを貰っていたヤオスは、彼女の知識に驚きを隠せなかった。
 随分助かったし、無事に論文も終わった。
 お礼として、ヤオスは思い当たったのだ。

「一人うちのラボで空きができてさ、よければ行こうよ」

 もちろん彼女用に、ヤオスの研究室の教授が空けてくれたのだが、あえてそれは言わずに軽く誘う。
 ライサはとても嬉しかった。こんなに楽しみなのは久しぶりだった。


 翌日、ヤオスはナターシャと大学の学生食堂で昼食をとりながら昨晩の話をした。

「あら、じゃあリアちゃん学会に来るのね」

 定食を食べながらゆっくりと二人はくつろいでいた。論文も無事に終え、久々にほっと一息ついたところである。

「あんたんとこの教授が呼ばなきゃ、うちの教授が呼んでたわよ」
「ええ!? ヴィクルー博士が?」

 ヤオスはナターシャの言葉に驚いた。
 彼のところより数段格上、しかも宮廷博士のヴィクルー氏が動こうというのだ。
 そんな、会ったこともない少女に博士が動くなんてーー相当名を馳せた科学者でもなければ気にも留められないだろうにーー二人はあらためて戦後にやってきた一人の少女に感心する。

「実は相当なお家の出なんじゃないの? 没落してしまった元社長令嬢とか」

 声を低くしてナターシャはヤオスに囁いた。しかし彼は納得できないといった表情だ。

「でもさ、そんな令嬢なら、なんであんなに家事ができるんだよ?」

 うっと、ナターシャは答えにつまる。
 他にもいろいろ案がでたが、どれも彼女にピンとくるようなものではなかった。
 科学者の家族だとしたら、科学者は戦争に行かなくてよかったので孤児になるはずないし、独学としても実験経験がないとわからないようなこともよく知っている。

「実は有名な科学者で魔法で少女に戻っちゃったのよ!」

 言うに事欠いて無茶を言うナターシャにヤオスはじと目で返しながら、出もしない答えを討論し合っていた。


  ◇◆◇◆◇


 いよいよ明日から学会が開催される。
 研究室ごとに集合し、それぞれスタースワットへと向かっていく。

 ライサもヤオスのいる研究室のみんなに便乗した。
 男の率が高く、彼女はすぐに彼らに囲まれたため、教授は特に話し掛けてくるようなことはなかった。実際の彼女を見て、信じられないような顔をしただけである。

 スタースワットは遠かった。
 列車に乗っている時間も長く、ライサのまわりにもいつしか人がいなくなる。
 隣りに座っていたヤオスは彼女が寝入ってしまったのを見て微笑んだ。

(本当、フツウの女の子だよな。これが、学問について話すと途端に学者の顔になるんだ。そんなリアは、すごくかっこいい)

 ヤオスは、今までの説明してくれた彼女の顔を思い出してみる。
 しばらく呆けると、ふと全身が熱くなってくるのを感じた。顔が火照りかけているのが見なくてもわかる。
 彼は本気で女の子に惚れた経験はなかったが、鈍感でもなかった。

(僕はいつのまにかリアに惚れていたのか……)

 ははは、と小さく笑う。彼女の隣りに座っている今の状況に、ヤオスはとても満足だった。


 会場は果てしなく広かった。
 何十もの大きな建物が建ち並んでおり、その建物の全てを使って様々な発表が行われている。
 来場者数は何十万単位であり、参加者はあらかじめパンフレットで自分の聞きたい発表を探し、その時間にその場所に行く、というシステムだった。
 当然、同じ時間に発表が複数ある場合は、全部参加することはできない。
 大抵一つのジャンルが十日間に渡って、まんべんなく発表できるようになっているので、そのジャンル内ならば殆ど参加することはできる。

「うーん、あの方も相変わらずだったわね。次はどこに行こうかな」

 スーツ姿のライサは手にパンフレットを持ち、楽しそうに選んでいる。
 会場内は学者同士の挨拶や、世間話、感想を話す人々であふれ返っていた。
 ライサも有名人なのだが、変えた容姿に加え、一応眼鏡もかけ、なるべく知り合いとは会わないように気をつけている。
 そもそも死亡している筈の彼女がいるとは思われないだろう。
 この何十万人もの人が蠢く会場では特に問題にはならなかった。

「リアーちょっと休まないか? ずっと聞きっぱなしだろ」

 ヤオスはライサにつきあい、一緒にまわっていた。
 スマホすら持たない彼女とこの会場で離れたら、まず会えないだろう。

「え、ああ、そうね。ごめんなさい。少し休みましょう」

 ライサは全然平気だったが、ヤオスは学者の言葉を聞いて理解するだけでも凄く頭を使う。彼の方がへたっていた。

 ちょうど近くにあった、空いているベンチに腰をかける。
 ヤオスは横の自販機で缶コーヒーを二つ買い、ライサに一つ渡した。

「君の興味は多彩だね。どの学説もわかったの?」

 缶を開けながらヤオスは気になった疑問を投げかけた。
 彼女は一つのジャンルにとらわれず、実に様々なジャンルの発表を選んで飛び回っていたのである。
 電気系かと思えば、次は医療系、生物系、物理系、数学系と統一性は全く感じられなかった。
 もちろん発表は大学基礎から遠く離れた専門知識のいる内容ばかりである。
 ヤオスは自分の化学系以外の分野は殆どわからなかった。

「ええ……でも大体は以前執筆された本の内容に色をつけた感じだったし」

 こくこくとコーヒーを飲みながら、あの人の説はよくできてたとか、次の人はもう少し突っ込んで研究したほうがよかったとか、一人でぶつぶつ言っている。
 対してヤオスは彼女の言葉に愕然とした。

(学者の本を全部読んだ!?)

 学者の本は絵本やら小説やら読むのとは訳が違う。難しい専門用語ばかりの筈である。
 ヤオスはあらためて感嘆のため息をついた。
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