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復興編
第二十二章 リアの頭脳-2
しおりを挟む「リア姉ちゃん、ここどうやるんだよ?」
「うーん、ここはね……」
次男にライサが分からないところを教える。ヤオスはぼんやりとその様子を見ていた。
国内でもそこそこ有名な大学の理学部に通うヤオスは、もうすぐ論文をださねばならないのに、研究が一向に進まず、気分転換にリビングで休んでいたのである。
弟はノートパソコンを持ってきており、洗い物をしている彼女にさっきから質問し通しだった。
中学生とはいえ、弟は趣味でかなり高度なプログラムをくんでいる。
ともすればヤオスですらわからないかもしれないというようなものを、いとも簡単に彼女はアドバイスしていた。
(でもあいつはまだ中学生だしなぁ……)
数日前にナターシャの言っていた言葉を思い出したが、とても信じられない。
ため息をついて、ヤオスは自分の部屋へとひきあげていった。
コンコン、と扉をたたく音にヤオスははっと顔を上げる。どうやらウトウトしてしまっていたらしい。
勉強机の電気が煌々とついたまま、書きかけの論文の上に突っ伏していた。
「ヤオスさん、開けますよ」
声とともに、ここに来てもうすっかり馴染んだ彼女が入ってきた。
手にはお盆、その上にティーカップがのっており、ハーブティがとてもよい香りを漂わせている。
ライサはヤオスの机のほうへすたすたと歩き、ティーカップを机の空いたところにそっと置いた。
「論文頑張ってくださいね」
にこりと笑うと、お盆を持ってライサは早々に立ち去ろうとする。ヤオスは思わず彼女を呼び止めた。
「あのさ……」
彼は呼び止めてから、しまったという顔をした。
ナターシャの言葉は今だに信じられない。だがこの切羽詰った状況では、何にでもすがりたい気分だった。
仕方ないと思いながら、期待はせずにさりげなく論文の内容を話してみる。
「これ、今僕はこういう実験してるんだけどさ、うまくいかないんだよね」
ノートの化学反応式を見せながら、ヤオスは参ったという顔をした。
もちろん複雑で、普通の高校生には理解できないだろう反応式だ。
仮にナターシャの言う生物学に詳しいのだとしても、自分の化学分野まで特化しているとも思えない。
ライサは不思議そうな顔をしながら、そのノートを覗き込む。
ほら、やっぱりわからない顔してるぞーーとヤオスは思いながら明日ナターシャにどう言ってみようかなどと考える。
「これ、ここの反応がうまくいかないんじゃないでしょうか?」
しばらく見ていたライサが突然ノートの内容を指摘した。一瞬彼女が何を言っているのかわからなかったが、すぐに自分の研究のことを言っているのだと気付く。
「この……反応をかけるとして、こうだから……」
なにやら考え込んでいる。ヤオスは呆然と彼女の顔を眺めていた。
「ああ、これは、えーと……反応いきやすくするために触媒変えて、生成した目的物の構造式とか書いてみると、次がわかりやすい……かもしれないですよ?」
なんというか、遠まわしである。
しかしきっと、頭の中では既に結果がでてるに違いないとヤオスは思った。
「あ、じゃあ飲み終わったら、置いておいてくださいね。後で取りに伺いますので」
突然自分が来た用事をはっと思い出したかと思うと、それだけ言ってライサはさっさと部屋を出て行った。
ヤオスは少し疑惑を持ちながらも、彼女の言った線であらためて考えを巡らせる。
「あ! これ、いけるかも!」
ヤオスはせききったように、ノートにいろいろ書き出した。
◇◆◇◆◇
「教授!」
自分を呼び止める声に、宮廷博士ヴィクルーは振り向いた。
そこには若者が一人立っていた。頭に手ぬぐいをつけ、Tシャツにジーパンという動きやすいいでたちで、肩にはダンボール箱をしょっている。
この間入った、雑務係だ。
今まで学生や院生、助教授達が教授のまわりの雑務をやっていたが、彼らは自分の研究に忙しく、とうとうネをあげたのであるーーというようなことが、一瞬で頭の中を駆け巡った。
「これ、どこに運ぶんですか?」
「あーラボのほうに持っていっておいてくれ」
そういえばさっき、倉庫から器具を持ってきてくれと頼んでいたな、と教授は思い出す。
「あ、それと、わたしの机の上にある資料を持ってきてくれないかね」
「教授は人使いが荒いなー」
ぶつぶつといいながら若者は去っていった。
途中論文を持ったナターシャとすれ違う。
この間まで教授にこき使われていた彼女はその忙しさをよく知っていたので、笑いながら若者に「ご苦労様」と声をかけた。
そして教授に向き直る。
「論文あがりました。おねがいします」
もう何度かチェックを受けており、最後の仕上げをしたところだったのだ。
教授は彼女の論文の進み様に少なからず驚いていた。
ついこの間までは殆ど進んでいなかったのに、今や書き終えている。
その理由も以前彼女から聞いていた。
「ところでナターシャ君、君が前言っていたリアさんは、学会には来ないのかね? ぜひとも会ってみたいのだが」
ナターシャの話は信じられないようなものだった。
それこそ魔法のように疑問をどんどん解決していく少女リアに、教授は興味が湧く。
「え? ああ、どうでしょうね、今度聞いてみます」
ナターシャは会釈して教授に挨拶をし、その場を去っていく。
教授も受け取った論文を見て、早々に教授室に戻っていった。
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