隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
76 / 98
復興編

第二十四章 残る傷跡-1

しおりを挟む
 
 学会会場から離れ、三人は静かな一本道にさしかかった。
 まわりにはたくさんの木々が生い茂っており、遠く小さく、立派な建物が建っているのが見える。
 王族用の別荘だ。
 ライサも以前ここに来たことがあった。一緒だったのは彼女の慕う王女とではあったが。
 他には建物どころか人すらいない。

 ライサの後ろにいたダガーは前にまわり、ヒスターに挨拶をしてこちらに笑みを浮かべると、気を利かせたのか、さっさと去って行った。
 ライサはヒスターと二人きりになる。
 ヒスターが彼女のほうを振り返り、ゆっくりと近づいて来た。

「ご無事で何よりでした、博士殿。ご存知のとおり我ら王族は殆ど行方しれず……大体亡くなってしまったと考えてはいますがね……しかしわたしは生き残った。そして、この国を守らねばならない」

 ヒスターは一気にそれだけ言い終えた。
 ライサの中を不安が過ぎり、思わず身構える。ヒスターが近づいた分だけ後ずさる。

「……貴方は、わたしの何でしたかな?」

 眉をひそめてヒスターが問い掛けてきた。
 ライサの心臓が悲鳴を上げる。悪夢がよみがえってきた。
 ナターシャを使ってまで、ライサを誘き寄せたことからも想像はつく。
 この新国王陛下は、ライサとの結婚を全く諦めていないのだ。

 ヒスターは冷たい笑みをうかべながら、なおも近づいて来た。
 辺りに人はおらず、王族用別荘の敷地内。大声をだしても無駄だった。

「この世界を建て直さなければならないのは、貴方にもわかるだろう?」

 新国王から目を離さずライサが後ずさっていくと、背中に何かがぶつかった。別荘の敷地を囲う、高くて丈夫な塀だ。
 だがなおも横に逃げようと、ライサは壁を背中で這うようにつたって行く。

「貴方は、この国の王妃として迎える」

 ヒスターの言葉にーーしかし彼女は精一杯首を横に振り、拒絶の意を示した。

「私は国王だ! 拒否は認めん!」

 バンッとヒスターはライサの顔の両側に手をついた。
 後ろは壁で、八方塞がりとなってしまう。今度こそ逃げられない。
 ヒスターの顔は怒りに満ちていた。

「言え、ライサ・ユースティン! 私の妻になると!」

 彼はライサの両腕を強く掴み上げ、塀に押し付けた。彼女に抗う術はない。
 ただただ「お許しください、ヒスター様」と涙を浮かべながら訴えるだけである。
 ヒスターは彼女の顎を掴み、顔を自分の方に向けると、最大限に嘲り笑い出した。

「許せだと? これは面白い。散々武器をつくり、兵器をつくり、人を見殺し犠牲を増やした貴方に、許す者などいるのかな?」
「……っ!」

 ライサは今度こそショックを抑えることが出来なかった。
 塞がりかけていた傷が悲鳴を上げる。
 せめて泣くまいと思っていたのに、意に反して大粒の涙がぼろぼろ零れた。
 抗う気力も消え失せ、ヒスターにされるがまま、またあの激しい吐き気がこみ上げる口付けをされる。
 気持ち悪い、苦しいーーあの時のように感覚も麻痺してくれなかった。

「!!」

 そして彼はあろうことか、物陰に彼女を連れ込み、その場で強引に衣服を脱がせ始めた。
 記憶がフラッシュバックする。前にもこんな仕打ちを受けなかっただろうか。
 服を脱がされ、あちこちキスをされ、それからどうだったーーと。

「ひ……っ!」

 首筋に唇を這わせたヒスターは、以前は何の反応もなかった彼女が悲鳴をあげたのに、激しく興奮を感じた。
 強引にブラウスを引き裂き、胸を覆うその下着に手をかける。

 しかし、その時だった。
 ビシッと何か鈍い音がしたような気がした。
 ライサは不快な感触とこれからの悪夢を想定して固く固く目をつぶっていたので、何が起こったのかいまいちつかめない。
 やがて、自分の両腕の拘束が徐々に緩み、ほぼ同時に重いものが落ちる感じが伝わる。
 そしてため息の気配がする。
 誰か、来たのだろうかーーそう思った時、ありえない声が聞こえた。

「何やってやがるんだ、てめぇは!!」

 ライサは瞬時に目を開いた。
 しかしその光景をーー自分の目を、信じることが出来なかった。
 そこには懐かしい顔がーーいないはずの顔があったのだ。

「ああくっそ! 胸糞悪ぃ! おいお前、覚悟は出来てんだろうなぁ、あぁ!?」

 後ろから手刀をくらい、目の前に倒れこんだヒスター新国王は、一人の鬼の形相をした同じ年頃の若者に首筋を掴まれ、罵倒を浴びせられ、そしてあろうことかボコボコにされていく。それもシンプルな拳の力で。
 そして気が済んだのか、その若者はヒスターを放り捨てると、ライサの方に向き直り、着ていたジャケットをかけながら声をかけた。

「大丈夫か? 悪いな、ちょっと遅くなった。……ったくホント、なんだこのくっそ国王!」

 チェックの長袖のシャツを肘まで捲り、ベストにパンツという学生風の装いをしたその人物は、まだ似つかわしくない罵倒の声を容赦無くあびせていた。
 だが、そんなことはライサにはどうでもよかった。
 服を直すことも忘れ、目の前の人物に呆然とする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった

盛平
ファンタジー
 パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。  神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。  パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。  ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。    

処理中です...