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復興編
第二十四章 残る傷跡-2◆
しおりを挟む「でぃ……るく……?」
もういないはずのその人の名前を、まだ信じられないという面持ちで彼女は呟いた。
呆気にとられたその顔に少年は苦笑し、そして笑顔で答える。
「おぅ」
「ディルクなの?」
「そうです」
「なんで!? だって、だって私が……!」
最後まで言えないライサにディルクが代わりに続けてやる。
「……殺した筈なのに、何でいるんだって?」
あっけらかんと言う彼に、ライサは黙り込んだ。
そんな彼女を見やり……いや、見ようとして、彼は少し顔を赤らめる。
「あー、その前にその……服、着てくれるか?」
ライサはそれを聞き、呆けた顔で自分を振り返ると、顔を真っ赤にしながら慌てて衣服を整えた。
そういえば初めて会った時も、こんな感じだった気がして恥ずかしくなる。
対してディルクは、「ったくほんと、最低ヤロウだ畜生が!」となおもブツブツ呟いていた。相当頭に血が上っているようだ。
「ディルク……怒ってる……?」
「怒ってるよ! 何でお前は怒らねぇんだよ! 思う存分殴ってやれよ、国王だけど!」
鼻息を荒くして一気にまくし立てる。
すると、ヒスターが呻き声をあげながら気づき、何やらスイッチを押すのが見て取れた。
「いけない、人を呼ばれたわ、逃げないと!」
ライサはいち早くそのスイッチが何かを察知すると、ディルクを壁の外に誘導しながら自分も走る。
「衛兵! くそっ! 誰かあの男を引っ捕らえろ! 博士は傷つけるなよ……げぇ~」
ヒスターの声が轟いた。最後はむせ返る胃液に戻してしまったが。
新国王の声に応じて衛兵が続々とやって来る。
少々離れたところに待機させていたものの、行動は早い。その数はおよそ三十だろうか。
ライサは傍らのディルクをふと見上げた。以前はずっとしていたサークレットがない。
「ディルク……輪っかは……どうしたの?」
ディルクはその質問に答えず、まわりの状況に敏感に反応する。
気付いたときには、既に二人は追い込まれていた。
「……ごめんなさい」
小さな声でライサは謝った。彼が何かを言う前に言葉を続ける。
「魔法、戻ってないのね……? 私の、せい……だよね」
言うとライサは背筋を伸ばし、衛兵に自ら向かおうとした。
「おい、ライサ?」
「ヒスター様の目的は私よ。私が戻れば時間が稼げる。そうしたら貴方は逃げられるわ」
しかしなおもライサを庇おうとする彼に、彼女は自分でも驚く程の声を張り上げた。
「貴方、目だってもう見えてないんでしょう!?」
ディルクは目を見開いた。
ライサは涙を浮かべながら、頑として譲らない。
彼女はそのまま後ろを振り向くと、小さく「ありがとう、さよなら」と呟いた。
しかしディルクはふっと笑みを浮かべ、そのままライサの手を掴む。
そして彼女の腰に腕をまわしてしっかりつかまえると、走り来る衛兵を睨んで、意識を集中した。
「もうちょっと、使わずにいたかったんだけどな」
「え、ディルク?」
「離れるなよ、ライサ」
小さな声でそう言うと、なにやらぶつぶつと呟き始める。彼の呟きに伴い、周りに見えないエネルギーが湧き出した。
兵達はしばらく不思議そうに様子をうかがっていたが、えもいわれぬ危険信号が彼らの間を駆け巡る。
兵の一人が耐え切れずに叫んだ。
「まっ、魔法使いだ!!」
死の軍と異なり、彼らは対魔法使い用の訓練など殆ど受けていない。
集まった兵は各々狼狽えだし、一瞬後にまぶしい光が炸裂すると、全員が目を閉じた。
身をかがめ、防御の体制をとる。悲鳴をあげるものもいた。
それは束の間の出来事だった。他に衝撃もないまま、ものの一分とたたないうちに光は消滅する。
ヒスターと兵達が元のほうを見たときには、二人の姿は消えていた。
「捜せ! 捜せ! なんとしてでも捜し出すんだ!」
狂ったようにヒスターは叫んだ。兵達も彼の言葉に従い、一生懸命辺りを捜索し始める。
その様子を二人は一本の大きな樹の上から見ていた。光と同時に、傍にあったその樹に大きくジャンプしていたのだ。
そして兵がどこかへ行ってしまうのを、息をひそめてじっと待っていた。
◇◆◇◆◇
「だからさーマントが……あれ、一応最強の防具で大抵の物理攻撃に有効なんだけど、要するに弾一発くらい軽く弾いちゃったわけよ」
衛兵が散り、人がいなくなったので、二人はそのまま樹の上で話をしていた。
生きている理由を聞くと、そんな答えが返ってきたので、ライサは咄嗟に「そんなわけない!」と反論した。
「だって、あのとき苦しんでたのに急に静かになったじゃない!」
「弾を弾いたって、衝撃は残るんだよ! 気絶したに決まってるだろ!」
威張って言うようなことでもないのだが、ディルクは即座に言ってのけた。
なんだか反論し様もない単純な理由に、ライサは一気に脱力する。
そして同時に言いようのない怒りがこみ上げてきた。
「だ、だったら!! 生きてるなら……そう言いなさいよ! 信っじられない頑丈さだわ! もうっ、バカ! ディルクのバカバカバカ――っ!!」
おしまいにはポカポカ叩き出す彼女の手を止めながら、彼は呆れたように言った。
「お前ねぇ、回復するのにどんだけ時間かかったと思ってんだよ。気軽に水爆なんか造んなよな! 全く!」
そう言って軽くデコピンをする。
ライサは、暗く、冷たくなっていた心が一気に温かくなってくるのを感じた。そっと目を閉じる。
生きていた。生きて、いてくれたーーもしかして眠るとき、悪夢が僅かにでも少なくなるかもしれない。
数ある罪が一つだけ、許されるかもしれないーーと。
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