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復興編
第二十四章 残る傷跡-3
しおりを挟む嬉しさに涙が溢れそうになり……しかし、彼女はぐっと力を込めそれを堪えた。
「お前は、どうしてた?」
ディルクの質問に、ライサは唇をきゅっと噛んで気を引き締める。
そっと自分の手を押さえた。ディルクを撃った己の腕を。
そして、明るく話し始めた。
「どうもこうも普通だったよ。いいお宅に引き取られてね、みんな優しくて」
さりげなく口元に触れる。ヒスターに幾度となく奪われた唇に。
「大学生のみんなとドライブ行ったりナンパもされた、あはは」
先ほど首筋につけられた幾多のキスマークを撫でる。
「案外図太いでしょう、私。今度同居してるかっこいいお兄さん紹介するね!」
ディルクは黙って彼女の言葉を聞き、そして静かに問いかけた。
「つまり……もう何の問題もなく、お前は新しい充実した人生を送っている……と?」
「そう! ようやく戦争が終わったのよ。いいことだらけだわ」
「本当に……そうなら、いいけど」
「だから、ディルクも昔のことは忘れて、楽しむことよ! いい人見つけて、幸せになったもの勝ちなんだからね」
ディルクはため息をついた。明らかに無理をして笑う彼女が言いたいのは、ただ一つの拒絶ーー。
「それは……つまり、俺とはもうつきあわないってこと?」
「だって別れたじゃない、私達。もう、何の関係もない、そうでしょう?」
ライサは屈託なく笑った。ディルクはそっか、と呟く。
再会したとて、過去は戻らない。
どちらか死ぬ予定が、両方生き残ったーーただそれだけだ。
罪が許されるわけではない。ディルクを殺そうとした事実も消えるわけではない。
彼が生きていて、こうして再会しても、ライサはあの時を取り戻そうなどとは微塵も思わなかった。
生きていてくれただけで、それを知っただけで十分だった。
「……関係ない、か……」
「ん。私も見ての通り元気なので……あ、それとも敵討ちでもする? いいよ、いつでも」
生きていた甲斐があったなぁなどと笑う。
(本当に幸せな人間が、敵討ちを歓迎するわけないだろ!)
ディルクは何かに堪えるように歯を噛み締めた。視線を外し、空を見上げる。
そして、再びライサの顔を見つめてきっぱりと言った。
「敵討ちなんてしない。俺はお前が好きだから! お前がいない幸せとかありえないからな!」
しかし瞬間、ライサの表情が凍りつき、その言語認識回路が、スッと遮断される。
途端に思考が鈍り、頭の中に霞がかかり、言葉の意味を理解することを全身で拒む。
(なんだろ。今、何かわからないこと言ったな……言語プログラムのミスかな)
ちゃんと直さないと。先生に伝えたらいいかな、などとライサはどんどん思考を巡らせる。
「大丈夫、ディルクなら……ちゃんと幸せに……なれるから」
自分の言葉を綺麗に流し笑みを浮かべる彼女に、ディルクもまた、口を閉ざすしかなかった。
◇◆◇◆◇
夜になるのを待ち、闇に紛れて移動し、なんとか二人は帰れる最終列車に乗り込んだ。
来たときとは違い、一晩かけて目的地に向かう列車だ。
「あれ、ディルクも目的地、一緒なの?」
駅で別れると思っていたライサは、彼の乗車チケットを見て不思議に思った。
そういえば今まで、彼はどこで何をしていたのだろうと疑問がわく。
ディルクは多くは語らなかった。
「いろいろあってね……そのうちわかる」
それだけ言ってずっと窓の外を眺めていた。
つられてライサも外を見る。外は真っ暗で、殆ど何も見えなかったが、彼はそのままずっと考え事をしているようだ。
ライサも、特に何も言わず、そしていつしかウトウトと意識が飛んでいく。
ディルクが隣で熟睡するライサに目を向けると、その瞳には僅かに涙が浮かんでいた。
いつもこんな夜を過ごしていたのだろうかと思いながら、起こさないようそっと涙を拭う。
ほつれた衣服、そしてシャツから覗く真新しいキスマークが痛々しかった。
ディルクは戦場のあの再会したときのことを思い浮かべる。忘れるはずもない。
彼女に撃たれた、あのときのことを忘れられるわけがない。
(でも衛兵から俺を逃がそうとした……また乱暴されるってわかってたろうに)
自分の身を犠牲にしてまで、彼女は助けようとしてくれた。
だからディルクも魔法を使った。
まだまだ最低限度にすら回復しておらず、そんな状態での魔法は下手をすれば命に関わる。しかしそんな場合ではなかった。
(笑顔で嘘つきやがって……バレバレなんだよ、ばか……)
あれだけのことがあって、何でもないわけはないと思っていたが、相当に重症なのだと感じる。
彼の好意が本当に迷惑なら正面から断ればいいものを、意味を理解しようとしない。
まず、言葉が彼女に届いていないのだ。
そしてその原因の一つが、彼女が殺そうとした自分にあることを、ディルクは認識していた。
ライサが自分を許し、彼の好意を理解し受け止められるようになるには、どうすればいいのか考える。
ディルクに出来ることなどないのかもしれない。
それでもネスレイやガルの言うことを信じるなら、二人なら世界の壁だって越えられるのだ。
だからもう、せめて離れないでいようと。
戦争で犯してしまった過ちを、二度と繰り返さないようにしようと彼は思った。
離れても、いいことなんて何一つなかった。
彼女がいないと駄目なことは、もう嫌というほど痛感した。
(それでも、俺がライサのトラウマ……枷になり続けるならーー)
ディルクはそっと痛む胸部を押さえつける。
(頼むよ、俺も……結構ギリギリなんだよ、ライサ……)
震える手、なかなか戻らない魔力ーー戦争の傷跡は、彼の心身もずっと蝕み続けていた。
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