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復興編
第二十八章 共同戦線-2
しおりを挟む正面から一人の男がやってくる。ダガー・ロウだ。
ライサはちらりとそれを確認し、顔を引き締め、足を止めずに向かう。
ダガーも同じ足取りで彼女のほうへとやってくる。
ライサの心臓はドキンドキンと鳴り出した。対して彼は平然としている。
(私は……たくさん人を殺めたわ……だから……)
すれ違いざま、ダガーはにやりと笑みを浮かべたが、そのまま彼は何も言わず、彼女が来た方に去っていく。
ライサは振り返り、彼を無言のまま目で追った。
去っていくその後姿をじっと睨みつける。
(だから、もう一人殺すくらい、わけないのよ……ダガー・ロウ!)
後姿は、だがそんな彼女をあざ笑っているかように見えた。
ライサは彼から視線を外し、研究機関のほうへと顔を向ける。
ーーこの世界のものは全て、兵器もシステムも装置も何もかもが科学で成り立っているーー
(ダガー、貴方の全てをくつがえしてみせましょう……!!)
彼女の戦いが始まる。
◇◆◇◆◇
魔法世界王都での人形軍との戦いは、目薬によって五分まで持っていくことが出来た。
だが如何せん、数が多すぎる。
「ディルシャルク殿! そろそろ限界です。皆もう力が残っていません!」
炎子がもう大分弱った攻撃呪文を放ちながらディルクに伝えた。
そうでなくても彼が来る前に、皆十分魔法を使いきっている。
ディルクは結界を維持したまま炎子に静かに問い掛けた。
「炎子、何故最初から国王軍を呼び戻さなかった?」
もっと早急に軍を呼び戻していれば、こんなに苦戦しなかっただろうと。
炎子は悔しそうな顔をしながらディルクに告白する。
「はっ……陛下は、何が起こっても軍は戻さないと仰せになられて、出発されたのです」
「は?」
ディルクは思わず聞き返していた。
「王都の危機にもか?」
「王都の危機にもです」
きっぱりと炎子は答えた。ほぉ、とディルクは声を漏らす。
ある一つの考えに行きあたった。目を半開きにさせて、呆れながら呟く。
「なるほど……よーするに、あいつか俺を呼び寄せるための罠だったと……」
マナが受けた王令の意図がようやく見えてくる。
王都が危機なら、王子や東聖であるディルクは放っておけないのだ。つまり国王は、全世界の魔法使いに王都の状況を知らせ、生きているなら戻ってこい、そうカマを掛けたのである。
生きているかどうかもわからない、王都の民の命をかけたとても危険な賭けだ。
しかし国王陛下は結構なギャンブラーでもあったと思い出す。
ふぅ、とディルクは軽くため息をついた。
彼が受信し動くと同時に、マナは送信を中止している。
王子が動く前で本当によかった。受信していないか、あの頼もしい部下達が止めてくれたのだろうと思う。
ぼーっと、まだ半分以上いる人形軍を眺めやった。
炎子はディルクの様子に不安そうな顔をするが、彼はそれを無視して大きく息を吸い込む。その場の皆に聞こえるように大きな声で伝えた。
「全員東のエイスト村まで退避! そこでしっかり休息をとるように!」
そして炎子に皆を頼む。彼は驚いた。
「し、しかし、ディルシャルク殿、貴方は……?」
「俺はここ一帯に結界張ってるからな。動けねーんだよ。かといって、でかい攻撃呪文は街も壊しちまうし、壊さないように調節しながらとなるとさ……まだそこまで万全でもなくてなーこれが」
言いながら自分の額をとんとんと叩く。
炎子は彼がサークレットすらつけていないのに初めて気付き、大層驚いた。つまり、現在の彼の魔法力は、一将軍のそれにすら匹敵しないということだ。
皆気づいていないが、本来の東聖の力なら、兵を使わずとも一人で街を壊さず、この人形軍に対等に渡り合っていただろう。
この防御結界ももっと強く大きく、そしてエイスト村からの遠隔維持すらもやってのけた筈である。
その考えに思い至り、炎子は愕然とした。
道理で今まで王都に帰れなかったわけだ。この彼をここまで追い込み、自分の息子を消した先の大戦の凄まじさを改めて思い知る。
人形軍は先程から結界に阻まれ、進めなくなっていた。
おそらく結界を避けるプログラムはされていないのだろう。結界を攻撃したりはしているが、回り込むようなことはしていない。
半径はキロに及ぶ巨大な結界だが、それにしても微妙な強度、最小限の魔力で維持しており、彼の戦闘センスには驚かされるばかりである。
「しかし、このままではいつまで……ディルシャルク殿、折角助かったお命なのです……」
感心しつつも心配そうに聞く炎子に、ディルクはむしろ驚いた。
いつも前向きで挑戦的だった炎子だ。
ディルクはふと心当たりに気づき表情を和らげる。
「安心しな。永遠に張ってるわけじゃないから。人形軍はもうすぐ止まるし、その位なら今の俺一人でもなんとかなる。ありがとな」
息一つ乱さず告げる言葉に、炎子は心配しながらも了承する。
彼が敬礼し民を誘導しようとくるりと振り向くと、ディルクは更にその背中に声をかけた。
「ここまでご苦労だったな、フラム。回復に時間がかかって悪かった……それと……」
もう既にリハビリの段階を越え、様々な魔法を教え込んでいる、隣国で出会った少年の顔をディルクは思い浮かべる。
二人にのみに聞こえる声で言ったその言葉は、炎子にとって果てしなく希望が湧くものだった。
「キジャ、あいつ、いい魔法使うな。流石お前の息子だよ。先日俺の弟子にしたから、報告!」
それは、行方不明になった息子が生きていたということと、その息子が褒められ東聖の弟子になるということ、二重の喜びをもたらした。
炎子は結界で手一杯の東聖の背中に敬礼をし、弾む心を抑えながら、兵士や街の人達を素早くまとめ、エイスト村の方へ退避していく。
その姿を見送り、ディルクは大きく深呼吸をした。
「ライサ、頼んだぞ」
動きを封じるのに手一杯のディルクは祈るように呟いた。
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