92 / 98
復興編
第二十九章 脅威との決着-1
しおりを挟む王子は一人夜空を見上げた。
突然の来訪者達の情報は、彼を数日間眠らせてはくれなかった。
ディルクとライサがそれぞれ国のために動き、既に相当の影響が出てきている。
日々更新されるニュースがひっきりなしに変化していった。
きっかけは、先日の王都襲撃の緊急魔法通信だ。
王子も咄嗟に動こうとして、サヤとボルスに全力で抑えられてしまった。
自分の無力を呪いながら緊急の二文字を聞きーーしかしものの数分でその通信は終了する。
その理由は後の来訪者達により判明した。
無力な主人の代わりに、頼もしい友人が動いてくれていたのだ。生きていても相当の重症、もしくは病み上がりだったはずなのにーー。
その事実は王子の決意を強固にするのに十分であった。
「ほ、本気ですか、王子! おやめください!」
ボルスの発狂しそうな声がとどろく。
王子はしかし、考え直すことはしなかった。傍に控えている友人の部下に諭すように話す。
「私もいつまでもここに引きこもっているわけにはいかないんだよ。病み上がりのディルシャルクや、か弱いライサさんにいろいろ任せっぱなしだ。今が、時期だと思っている。もう終わらせなくてはならないんだ」
「でも! 反対です! 戦いの最中に王子自らが赴くだなんて!」
ボルスの声とほぼ同時に、バタンと部屋の扉が勢いよく開いた。二人は思わずそちらの方を振り向く。
「姫!」
そこには、王女が立っていた。寝着のまま、心配そうな顔をしてじっと王子を見つめている。
やがて真剣な顔をして覚悟を決め、王女はしっかりと言い切った。
「……私も、お供します!」
「ならぬ!」
即座に王子は否定した。彼女の方へ歩み寄り、肩を掴んで必死に説得を始める。
「そなたは一児の母なのだ! 絶対に失うわけにはいかない! それにまだ体調も優れぬのだろう? 無理をして、体に障ったらどうするのだ」
「王子様、貴方も父親なのよ! 危険なところになんて行かせられない!」
「しかし、私は魔法世界の王子なのだ! 行かなくてはならないんだ!」
「私だって、科学世界の王女よ! 貴方は、例え魔法世界を止められても、科学世界は止められないわ!」
期せずして、先日ディルクとライサが交わしたような会話をその主達も繰り返す。
二人とも引かなかった。
普段はどちらともなく譲り合うのに、今回は双方とも頑固に意思を主張する。
傍らではボルスが何も言えずに狼狽するが、突如横から腕を引っ張られた。サヤがボルスの腕を引いて、部屋の外に連れ出す。
「……お二人にまかせましょう」
複雑な表情で彼女が言うと、ボルスも黙って頷いた。
それからしばらく王女と王子の言い争いは続いた。
何を言っても相手は聞いてくれない。互いを大事に思う気持ちは同じなのに意見が食い違う。
王子はふと、力を抜いた。目の前の大事な妻をそっと抱きしめる。
そして静かに、囁くように彼は告げた。
「お願いだよ、姫。私は……私の世界は……君の両親を亡き者にした。償いくらいさせておくれ」
王子はずっと、先の戦いで王族ーー家族を亡くした彼女が気がかりでならなかったのだ。
王女と一緒にいるときも、常に頭の中を罪悪感がよぎる。いつか、どうにかして、彼なりに罪を償う機会をうかがっていた。
王女は、はっと悲しみの表情を浮かべる。俯き、耐えるように体を震わせた。
「……私も……私の世界も、貴方のまわりの人をたくさん殺したわ」
王子の父親は生きているにしても、大事な仲間を何人も、彼女の国は殺したのだ。
王女だって罪悪感が残り続けている。
「でも、でもね……」
訴えるような目で王子を見上げる。
「私は、貴方と一緒にいたいと思ってるわ」
「姫!」
王子は強く王女を抱きしめた。お互いへの愛しさがあらためてこみ上げてくる。
彼らにも決意が芽生え始めていた。
◇◆◇◆◇
元科学世界領土では、激しい争いが繰り広げられていた。
内乱とは表向き、実際は全くの戦争だ。
科学世界側の主力部隊は元より、明らかに死の軍も出動している。魔法世界側も国王軍が必死に応戦していた。
今までも小さな内乱はあったものの、表立って死の軍と国王軍が出てきた内乱はこれがはじめてであり、混乱を極めていた。
悪夢がよみがえる。半年ほど前に終わった筈の戦争という悪夢が。
だが、まだ半年しかたっていない。戦力はどちらも不十分だった。
軍の再編成に精一杯で、以前のような派手さはない。魔法や兵器の投入も少なく、剣と剣のぶつかりあいが多数を占めている。
しかし戦いは長引く気配を漂わせていた。兵士達も疲れがたまってくる。
両国王は焦りを感じた。
「一気に片をつけることにする」
期せずして、双方同時に同じような結論を出した。味方に犠牲者をだしたくないのは両者とも同じなのだ。
ヒスターは残っていた最後の兵器を使うことを決心する。これは独自に造っていた物なので、王宮のコンピュータには一切触れていない。ウイルスにも感染していない、唯一の武器だった。
一方、魔法世界の国王も、王都から持ち出してきた、国宝“竜の軌跡”をとりだす。
これは科学世界の者には見えない、魔法のオーラでできた巨大な魔法陣だった。
これを敷けば、広範囲で強大な爆発をおこすことができる。
双方とも軍を、相手が見えるか見えないかくらいまで退けていく。
静寂が、訪れたーー。
◇◆◇◆◇
その様子を、離れた崖の上で、双眼鏡を手に遠巻きながらライサは見ていた。
周りは森になっており、人一人いない。
彼女は王宮を散々混乱させ、武器や兵器に細工をし、軟禁されていたブルグ博士を解放すると、この崖の上へ戦場の確認に来ていたのである。
正直こうなってしまうと、彼女に出来ることはない。
それでも行く末を見届けずにはいられなかった。
(やるべきことは、やったわよね。ディルク、無事が確認出来たらいいんだけど……)
そういえば連絡を取りたいときには、名を呼べ、と言っていたのを思い出す。
しかし彼は遠く、魔法世界の王都にいる。
しかもここは戦場近くの高台であり、あまり大声を出して見つかってもまずい。
「ディルクー……」
限りなく声を抑え、試しに名を呼んでみた。そして聞こえるわけないかと声を落とす。
その時、ガサッと背後の茂みから音が聞こえた。
ライサはまさか、と即座に振り向き名を呼ぶ。
「ディルク!?」
しかし現れた人物は、瞬時にライサを絶望へと誘った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました
御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。
でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ!
これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる