隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第三十章 新世界宣言-2

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 そんな王子を眺めながら、ディルクが感心したように傍の王女に呟いた。

「しっかし、よく両地方まとめましたねぇ」

 両地方が互いに移動して陸地自体が合併したのはともかく、陸がくっつこうと、他民族がそう簡単にわかりあえるとは思っていなかった。
 確かに田舎すぎて徴兵も少なく、他民族か否かよりも他所者か否かという感覚で、科学や魔法自体の偏見は少ないのかもしれない。
 しかしなぁと考え込むディルクに、王女は笑って応えた。

「ふふ、あの人、魔法はあまりうまくないけど、人望だけはあるから」

 あっけらかんとした返答に、ディルクはうーんと唸りながら「確かに」と、苦笑する。
 おそらくこの王女がいたことも大きいのだろう。
 科学の知識が極上でなくとも、人々の上に立つうえでの彼女の統率力と行動力、包容力は王子に引けをとらない。

 王女は苦笑するディルクを眺め笑みを浮かべると、今度はライサに目を向けた。
 そして彼女の感情が以前のように戻っているのをしみじみと確認すると、あらたまってディルクに向き直り頭を下げる。

「いろいろありがとう、ディルシャルクさん。ライサのこと、これからもよろしくお願いいたします」
「ひ、姫様!? ちょ、なに仰ってるんですか! 顔上げてください! わ、私は姫様が一番っ!」

 ライサは突然のことに驚いて、顔を真っ赤にさせながらも慌てて止めにかかった。
 王女に頭を下げさせるだなんて、なんということだろうと。
 限りない自己嫌悪と同時に、もうこの上なく照れくさい。

 すると、ディルクがライサの後ろにまわり、彼女の肩に手を乗せ、かしこまる王女に朗らかに伝える。

「しかと承りました、シャザーナ姫。お任せを。今後とも是非ご期待ください」
「ちょちょ、ディルクも! も、もうっ、大体、お任せって、ご期待って何ーー!」

 沸騰しそうなほどライサの顔が紅潮する。
 一方、王女とディルクはそんな彼女の反応を見て顔を見合わせると、更に調子に乗ってきた。

「ほらライサ、折角の姫様からのご期待、裏切らないようにしないとな!」
「そうよ、ライサ。ディルシャルクさんもこう仰っていらっしゃるんだから、頑張るのよ」
「えっ、ええっ!」

 それは以前から慣れ親しむ者たちのノリそのもので。
 だから何をーーというライサの叫びも虚しく、周りのざわめきの中に消えていった。


  ◇◆◇◆◇


 賠償金の返還はなかったが、科学世界メルレーン王国は、魔法世界オスフォード王国に奪われた土地を取り戻し、両軍は実に二年半ぶりに完全撤退を果たした。
 王女と王子はその後、あらためて各々の国王に挨拶、そして今後の方針の話し合いなどするため、休む間も無くあちこち飛び回っている。
 敵国との交渉、取引、探り合いーー生まれが生まれなだけに、知り合いや親族が相手であることが多く、それは王子や王女にとってとても勇気のいることだった。
 突拍子もないことをした自覚もあるし、驚き、呆れ、見下され、怒りに斬りかかられるかもしれないと。

 それでも二人は不安や危険など微塵も感じることはなかった。
 最愛の配偶者と共に、最強の友がずっと一緒にいてくれる。
 今まで安全な場所に隠れていても不安は尽きなかったのに、なんという心強さだろう。
 王女と王子ーーいや、新国王とその王妃は、躊躇うことなく本来の力を発揮していった。


 新国王一行は、一週間ほどかけて両世界へ一通りの決着をつけ、セディーユの別荘へ帰ってきた。

「あ、ライサ! ディルク兄ちゃーん!」

 一番に気づいたリーニャが手を振って駆けてくる。
 キジャ、サヤ、それにヴィクルー博士をはじめ、研究室メンバーや合流したブルグ博士、そして赤子を抱いた婆やと、次々に集まってきた。
 新国王組は緊張続きだったが、変わりない馴染みの顔に、ようやくほっと肩の荷を下ろす。
 久しぶりに皆に笑顔が戻り、別荘の庭は時を置かずすぐに賑やかになった。

「兄貴ーじゃなかった、ディルシャルク大先生、おかえりなさいませっ!」
「よぉキジャ、変わりないな。どうでもいいが、その呼び方やめような」

 ディルクが苦笑して、それから炎子えんしは無事だと伝える。
 キジャは感極まって涙が溢れそうになり、慌ててゴシゴシ目をこすった。
 ディルクはそんな彼を眺め、傍らのサヤに目を向ける。

「キジャ、額治ったんだな。ありがとな、サヤ」
「いいえ、でも元来の彼の魔力が思った以上に大きかったようでして」

 バンダナで抑えきれず、小さな宝石を繋いだ鎖でなんとか凌いでいる様子だ。
 キジャもディルクの額のサークレットにたくさんの宝石が埋め込まれているのを見て、ほへーと感心した声をあげる。
 ディルクはぽんっと手を打つと、そうそうと言いながらキジャの額に手をかざした。

「炎子フラムから預かった。しっかり勉強しろよ、って言伝な」

 言うとキジャの額の鎖が消え、代わりにしっかりした作りの銀のサークレットが現れる。
 上質なガーネットがひとつ輝いていた。
 キジャはそれに手をやると、「父ちゃん……」と呟き、顔を隠して海の方へ一目散に走り去ってしまった。
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