隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
95 / 98
復興編

第三十章 新世界宣言-1

しおりを挟む
 
 ボルスの目の前は真っ白になった。痛みも全く感じない。
 死とはこんなものなのだろうかーーそう思った瞬間、己の慕う主人の姿がその真っ白な視界に浮かび上がり、ボルスはふっと笑った。
 マスターが死の世界へ旅立つ自分のために、夢にまで現れてくれたのか。一目だけでもお会いできてよかった、と。

(いや、共に死後の世界へ行くわけにもいくまい。ここで今までの感謝と敬意を述べ、別れのご挨拶をしなければ。あとこれからの健闘と国や王子の未来を祈り、それからそれから……!)

 ボルスがふらつく頭を抑えながら、そんな忠義心溢れる思考を展開していると、その主人から鋭い叱咤の声が響いた。

「おいっボルス! 何ぼーっとしてんだよ! シャンとしろ、シャンと!」

 そう言って体を助け起こそうとしてくれる。ボルスは迷惑をかけてはいけないと自分で起きようとしたが、意に反してグラリと傾いてしまう。
 重いーーなんなのだ、この重さはと思った。死後の世界にしては、やけに重いではないかと。

「もう、全く何をされてらっしゃるのですか! 姫様!!」

 傍で、いつの間に現れたのか、主人の最愛の少女が怒っていた。
 よく見ると、煙で視界が効かない中、その少女に叱られた王女が王子に庇うように抱えられている。
 そして王子は、ボルスを支えているその人物に声を上げた。

「ディルシャルク!!」
「……ったく! アホか、お前は! 死にたいのか、シルヴァレン!」

 両軍の最終攻撃に乱入したライサとディルクは、あろうことかその強大な爆発を鎮め、そしてそれぞれの自分の慕う主君に、容赦ない叱咤の声を浴びせていた。
 しかし怒られている当の本人達は全く気にもとめず、むしろ涙を浮かべるほど顔が緩んでいる。

「ライサ……それに、ディルシャルクさんも!」
「君なら止めてくれると思ってたよ」

 その王子の言葉にピクリとボルスは反応する。

(止めた……あの凄まじい爆発を止めた!? マスターが? マスターが生きておられて……では私も……生きて……!?)

「ほら見ろよ、お前が無茶しやがるから還ってこないぞこいつ、どーすんだよ」

 王子は無事だったが、ボルスは少し爆風の衝撃をくらってしまったか、などと呟いている。

「……大丈夫です、マスター。助けていただき、ありがとうございます」

 ようやくボルスはゆっくり起き上がった。
 迫り来る死を覚悟したが、マスターに助けられ生きているーーそれを実感するのに随分と時間がかかってしまった。その位絶望的な爆発だったのだ。
 しかしそんなボルスを見て、ディルクはふっと微笑する。

「ライサの爆発に比べれば、軽いもんさ」

 それに科学世界側のあの兵器の仕組みも教わって、どうすれば防げるかわかっていたしな、と朗らかに続ける。
 王女の前で怒っていた彼女がこちらを向き、所在なさそうに頬を赤らめていた。


 周囲の煙が晴れてきた。
 爆発跡をじっと見ていた兵達は、その中から現れた面々を見てとると、一斉に歓声を上げた。

「うわぁあ――――! 生きておいでだったぞ!」
「王子万歳!」
「姫様、姫様――っ!!」

 魔法世界の国王も、ヒスターも、その光景には呆然とするしかなかった。
 しかもいつの間にか人数が増えている。
 それぞれの兵達の歓声が続く。

「東聖様もいらっしゃる! 生きておいでだったんだ!」
「ライサ博士だ! おい、生存の噂は本当だったみたいだぞ」

 ヒスターは驚きに目を瞠った。

「あれは……散々捜して見つからなかった博士と……あの時邪魔した男……東聖……だと!?」

 彼は今の爆発の様を全て見ていた。
 自分の兵器と、魔法世界の攻撃による巨大な爆発の勢いを、あの魔法使いが瞬時に光と音と煙に変換したのを。
 光と音は残ったが、爆発自体は起こらなかった。
 そんなことが可能なのかと我が目を疑う。
 そして、それができてしまうそのとんでもない魔法使いが、敵側の最高峰東聖なのだと思い知る。

「ふ、ふはっ……ふははははは――――!!」

 ヒスターの手足がガクガクと震えた。
 そんな化け物と張り合ってなどいられるかと思った。あの女は馬鹿だ、あんな化け物に騙され、折角の妃の座を逃すなんてーーと。

「馬鹿め、馬鹿め! そんな馬鹿な女はこの私の妃に全くふさわしくない! こちらから願い下げだ! ふはっはっはー!」

 今し方見せつけられた圧倒的な実力差。敵う時など訪れない。
 だからこそ、そう言って笑わなければ、自分を保つことが出来なかったのだ。


 ディルクとライサの見守る中、王子は皆の歓声をひとまず収め、そして声を張り上げた。

「私はこの戦争でたくさんのものをなくした。多かれ少なかれ皆失ったものは多いはずだ。私はもうこのような悲しいことを二度と繰り返したくはない」

 両国側から同意の声が湧き立つ。王子が更に息を吸い込むと、また瞬時にピタッと静かになった。

「しかし既に恨みを持つ者もいよう! しばらく顔も存在も見たくないと思う者もいる筈だ。互いを理解するには相応の時間が必要となろう。大切な人や故郷が奪われれば尚更だ。我々はどちらの国の消滅も望まない! 争いも望まない! そして異なる民族同士分かり合える時はいずれ来ると、その可能性も信じている!」

 王女が祈るように両手を合わせ、皆の反応に意識を向ける。その震える背中をライサがそっとさすった。
 王子が高々と告げる。

「我々はこれよりもう一つ、新しい国を建てようと思う。科学世界セディーユ地方と魔法世界カタート地方を合併した、両民族のための世界だ! この国を第三の国として、私シルヴァレン・エル・ディ・オスフォードとその妻シャザーナ・アリサ・メルレーンが治めよう! 民族の争いに終止符を打つために! もし二世界が争うことがあっても、もう一世界が止められるように! レーンフォード王国、今をもって建国を宣言する!!」

 ワアァァァァ――――と莫大な歓声が起こった。
 もう、戦争をしたくないという気持ちは、誰もが同じだったのだ。

 魔法世界の国王は項垂れた。これが誰か別の人だったらそうもいかなかったろうが、息子のしでかしたことなのである。
 科学世界側のヒスターは東聖の存在続き「妻、云々」と聞いた時点で、ショックで思考停止状態だ。
 この場の人々による歓声がいつまでも続いている。
 王子はそれぞれの世界のマスコミや情報屋に、早速引っ張りだこになっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...