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復興編
第三十章 新世界宣言-1
しおりを挟むボルスの目の前は真っ白になった。痛みも全く感じない。
死とはこんなものなのだろうかーーそう思った瞬間、己の慕う主人の姿がその真っ白な視界に浮かび上がり、ボルスはふっと笑った。
マスターが死の世界へ旅立つ自分のために、夢にまで現れてくれたのか。一目だけでもお会いできてよかった、と。
(いや、共に死後の世界へ行くわけにもいくまい。ここで今までの感謝と敬意を述べ、別れのご挨拶をしなければ。あとこれからの健闘と国や王子の未来を祈り、それからそれから……!)
ボルスがふらつく頭を抑えながら、そんな忠義心溢れる思考を展開していると、その主人から鋭い叱咤の声が響いた。
「おいっボルス! 何ぼーっとしてんだよ! シャンとしろ、シャンと!」
そう言って体を助け起こそうとしてくれる。ボルスは迷惑をかけてはいけないと自分で起きようとしたが、意に反してグラリと傾いてしまう。
重いーーなんなのだ、この重さはと思った。死後の世界にしては、やけに重いではないかと。
「もう、全く何をされてらっしゃるのですか! 姫様!!」
傍で、いつの間に現れたのか、主人の最愛の少女が怒っていた。
よく見ると、煙で視界が効かない中、その少女に叱られた王女が王子に庇うように抱えられている。
そして王子は、ボルスを支えているその人物に声を上げた。
「ディルシャルク!!」
「……ったく! アホか、お前は! 死にたいのか、シルヴァレン!」
両軍の最終攻撃に乱入したライサとディルクは、あろうことかその強大な爆発を鎮め、そしてそれぞれの自分の慕う主君に、容赦ない叱咤の声を浴びせていた。
しかし怒られている当の本人達は全く気にもとめず、むしろ涙を浮かべるほど顔が緩んでいる。
「ライサ……それに、ディルシャルクさんも!」
「君なら止めてくれると思ってたよ」
その王子の言葉にピクリとボルスは反応する。
(止めた……あの凄まじい爆発を止めた!? マスターが? マスターが生きておられて……では私も……生きて……!?)
「ほら見ろよ、お前が無茶しやがるから還ってこないぞこいつ、どーすんだよ」
王子は無事だったが、ボルスは少し爆風の衝撃をくらってしまったか、などと呟いている。
「……大丈夫です、マスター。助けていただき、ありがとうございます」
ようやくボルスはゆっくり起き上がった。
迫り来る死を覚悟したが、マスターに助けられ生きているーーそれを実感するのに随分と時間がかかってしまった。その位絶望的な爆発だったのだ。
しかしそんなボルスを見て、ディルクはふっと微笑する。
「ライサの爆発に比べれば、軽いもんさ」
それに科学世界側のあの兵器の仕組みも教わって、どうすれば防げるかわかっていたしな、と朗らかに続ける。
王女の前で怒っていた彼女がこちらを向き、所在なさそうに頬を赤らめていた。
周囲の煙が晴れてきた。
爆発跡をじっと見ていた兵達は、その中から現れた面々を見てとると、一斉に歓声を上げた。
「うわぁあ――――! 生きておいでだったぞ!」
「王子万歳!」
「姫様、姫様――っ!!」
魔法世界の国王も、ヒスターも、その光景には呆然とするしかなかった。
しかもいつの間にか人数が増えている。
それぞれの兵達の歓声が続く。
「東聖様もいらっしゃる! 生きておいでだったんだ!」
「ライサ博士だ! おい、生存の噂は本当だったみたいだぞ」
ヒスターは驚きに目を瞠った。
「あれは……散々捜して見つからなかった博士と……あの時邪魔した男……東聖……だと!?」
彼は今の爆発の様を全て見ていた。
自分の兵器と、魔法世界の攻撃による巨大な爆発の勢いを、あの魔法使いが瞬時に光と音と煙に変換したのを。
光と音は残ったが、爆発自体は起こらなかった。
そんなことが可能なのかと我が目を疑う。
そして、それができてしまうそのとんでもない魔法使いが、敵側の最高峰東聖なのだと思い知る。
「ふ、ふはっ……ふははははは――――!!」
ヒスターの手足がガクガクと震えた。
そんな化け物と張り合ってなどいられるかと思った。あの女は馬鹿だ、あんな化け物に騙され、折角の妃の座を逃すなんてーーと。
「馬鹿め、馬鹿め! そんな馬鹿な女はこの私の妃に全くふさわしくない! こちらから願い下げだ! ふはっはっはー!」
今し方見せつけられた圧倒的な実力差。敵う時など訪れない。
だからこそ、そう言って笑わなければ、自分を保つことが出来なかったのだ。
ディルクとライサの見守る中、王子は皆の歓声をひとまず収め、そして声を張り上げた。
「私はこの戦争でたくさんのものをなくした。多かれ少なかれ皆失ったものは多いはずだ。私はもうこのような悲しいことを二度と繰り返したくはない」
両国側から同意の声が湧き立つ。王子が更に息を吸い込むと、また瞬時にピタッと静かになった。
「しかし既に恨みを持つ者もいよう! しばらく顔も存在も見たくないと思う者もいる筈だ。互いを理解するには相応の時間が必要となろう。大切な人や故郷が奪われれば尚更だ。我々はどちらの国の消滅も望まない! 争いも望まない! そして異なる民族同士分かり合える時はいずれ来ると、その可能性も信じている!」
王女が祈るように両手を合わせ、皆の反応に意識を向ける。その震える背中をライサがそっとさすった。
王子が高々と告げる。
「我々はこれよりもう一つ、新しい国を建てようと思う。科学世界セディーユ地方と魔法世界カタート地方を合併した、両民族のための世界だ! この国を第三の国として、私シルヴァレン・エル・ディ・オスフォードとその妻シャザーナ・アリサ・メルレーンが治めよう! 民族の争いに終止符を打つために! もし二世界が争うことがあっても、もう一世界が止められるように! レーンフォード王国、今をもって建国を宣言する!!」
ワアァァァァ――――と莫大な歓声が起こった。
もう、戦争をしたくないという気持ちは、誰もが同じだったのだ。
魔法世界の国王は項垂れた。これが誰か別の人だったらそうもいかなかったろうが、息子のしでかしたことなのである。
科学世界側のヒスターは東聖の存在続き「妻、云々」と聞いた時点で、ショックで思考停止状態だ。
この場の人々による歓声がいつまでも続いている。
王子はそれぞれの世界のマスコミや情報屋に、早速引っ張りだこになっていった。
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