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次世代の領主
第五話 花壇と仔犬
しおりを挟む「おい、カインー! 今日こそ飲み行こうぜ。お前サークルも入ってないんだろ」
「そうそう、楽しいぞ! 可愛い子もいるしさ、行こうよ」
選択していた科目の講義も終わり、帰ろうとしたところで、カインは大学の同級生たちに呼び止められた。
「あ、あーごめん。外せない用事があって」
大学での友人は今までとはわけが違う。
男女の付き合いや出会いはともかく、専門も分かれ、どんどんその道を深く掘り下げていかねばならない。その専門分野は国を越え、世界規模となっていき、将来的にその道を突き進むならば、学生時代からの繋がりや付き合い、出会いがこの先も非常に重要になってくる。
わかってはいるのだが、カインにそんな関係や伝手をつくっている暇はなかった。
ただでさえ大学に時間をほぼ費やしているのに、サークル活動や付き合いまでしていたら、シアとの時間がどんどんなくなってしまう。
(次のミーティングのあとの飲み会と、来月のパーティーは断れないな。その前にレポート提出……あーもう、ゆっくりデートのひとつも出来ないか)
今日もカインは講義を終えると、スケジュールを確認しつつ、即行で教室を出て行った。
バスに乗り街の喧騒を離れ、郊外の落ち着いた実家に立ち寄る。すると飼い犬のジャドが吠え、嬉しそうに尻尾を振りながら駆けてきた。
『カイン、カイン、久しぶり! うわーい!』
「やあジャド、元気そうだな。父さんは農場?」
『裏の畑!』
頭を撫でつつ庭の花壇を見に行くと、きちんと手入れがされているようだった。
特に問題もなさそうなので、そのまま庭に立てかけてあったホウキを手に取る。すると、ジャドがギャンギャン吠えてカインを止めた。
『カイン、まだ帰るなよ、父に会って行けよ!』
するとジャドの声に気づいた父が、何やら荷物を持って慌てて走ってくるのが見えた。
「カイン!」
どさっと畑の野菜と自家製のチーズを持たせてくれる。
「元気そうだな! 来たなら顔くらい出していってくれよ。あとこれ、お世話になってる人達によろしくな」
「あーありがと。俺の花壇も世話してくれてるんだね」
目を細めて花壇を眺めながらカインは言った。
今でこそ花いっぱいの花壇であるが、元々ここは遊具のある芝生の庭で、幼い頃にはシアとの遊び場だった。庭も農場もあるカインの家と異なり、狭いフラット暮らしのシアは、毎日のようにここに遊びに来ていたのだ。
しかしあの時から、彼女はこの家に来ていない。
◇◆◇◆◇
シアを振ったあの日ーーカインは世界の全てが真っ暗闇に閉ざされたような気分になった。
ずっと頭ではわかっていても実感などなかったのだと思い知る。自分が領主であり、村の外で暮らすことの重みをズシリと感じた瞬間だった。
ーー何故村の掟があるのか、領主は村から出てはいけないのかーー
中学生になり、周りはどんどん色づき始め、学校でもキスシーンくらいは普通に見かけるようになっていった。本音を言えば、カインもキスや恋人に興味を持ち始めていたし、シアを誰かにとられる焦りを全く感じていなかったわけではない。
そしてシアも同じことを思ったのだろう。
幼い日に家族になろうと言ってくれた彼女の好意は、少なくとも恋人になろうと思ってくれるくらいには本物だった。
それを踏み躙ったのが、他でもない自分自身だったのだ。
もう、彼女との未来などありえないーー激しい自己嫌悪は日に日に強くなっていくばかりだった。
シアを避けるようになり、ひと月ほどたった頃だろうか。
一緒に遊んだ庭を見ていることすら辛くなったカインは、ある日彼女と遊んだ遊具を、怒り任せに魔法で跡形もなく破壊した。
父が驚き、何事かと止めるのも振り払い、カインはそのまま一人家を飛び出す。
バスも使わず一晩中走りに走って、向かった先は魔女の村への入り口の門だった。
何もかもがどうでも良くなっていた。
このまま村に戻り、罪を犯した領主として、傀儡のように役割をただ全うしようとも考えた。
しかし、どうしてもシアや父の顔がチラつき、門を越えることができない。
結構な魔力を与えてしまったーーシアはこのままで大丈夫だろうかーー。
大魔女になったルカはもう全く来ないし、母も亡くした父は完全に一人になってしまうーー。
(駄目だ……全部放り出しちゃ、まだ駄目だ……シアが他の誰かと付き合おうと。この先どんなに嫌われようと……)
幸い、シアの魔力が暴走する気配はなかった。
たまにくじ運が良くなったり、明日の天気を読んだり、そんな程度だろうか。
それがわかった時、どれだけ安堵したことか。
しばらくすると、カインはシアとの思い出を消すように、遊具のなくなった自宅の庭に花壇を作り上げた。彼女を失った悲しみは、ひたすら勉強し、ガーデニングをすることで紛らわせていった。
ジャドが家に来たのはその頃であるーー彼女が来なくなり黙々と庭いじりをする息子を心配し、ある日父が近所から譲り受けた、産まれたての黒い仔犬だったのだ。
◇◆◇◆◇
そのジャドも簡単な人の言葉を解すようになり、カインと話せるくらいには成長している。
あの頃とは何もかもが変わった。シアも独り立ちし、父にもジャドがいてくれる。
思い出すのも辛かったはずが、今は落ち着いて目を向けることができている。
カインが再び魔女の村に行き、そして戻ってきたのは二ヶ月ほど前のことだった。
決まっていた大学も諦め、父やジャドとも永遠の別れを密かに覚悟していたが、あの時父は何も聞かずそっと送り出してくれた。
思えば父も相応の覚悟をしていたのかもしれない。
僅か一ヶ月ほどで戻ったカインの顔を、信じられないような目で見ると、一気にその顔が緩んでいったからだ。
カインは魔女の村での一件を父に報告した。
シアの魔法指導をすることになったこと、ルカやヴェルドの様子など。そして。
ーー俺、シアと付き合うことになったからーー
それを聞いた父は泣くほどに喜んだ。滅多に開けないいいワインを出してきて、珍しく泥酔するほど飲んでいた。
ーーよかったなぁ。カインは昔から、シアちゃん一筋だったもんなあーー
泥酔しつつも呟いたその言葉に、カインは顔を真っ赤に染め上げ、何も言えなくなってしまったのは、まだ記憶に新しい。
「……どうだ、シアちゃんは元気か?」
同じようなことを思い出していたのか、父が庭を眺めながらカインに聞く。
「えっ、うん。魔法、楽しいってさ」
「そっかそっか。よかった!」
言って背中をバンッと叩く。「ぐえっ!」とうめき声を上げながら、カインは再びホウキに跨った。預かった荷物をグッと抱え、ジャドの頭を撫でると、ホウキで一気に飛び上がる。
「シアちゃんと、あとルカにも、またいつでもおいでって伝えてくれな!」
ヴェルドくんもいつか是非ーとはるか下で手を振りながら見送る父に、カインは軽く手をあげると、いつものように村へとホウキをとばした。
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