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1 鑑定の儀編
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さらにさらに二週間が過ぎて、赤の樹林の閉鎖が解除された。
あれ以降、魔物の出現はなく、樹林の様子も元に戻ったようだ。
猫の形をした何かについては話題になっていない。猫(仮)が第六師団に見つからずに済んだことを祈りたい。
街道がようやく使えるようになり、大神殿での鑑定の儀も再開となった。一ヶ月も取り止めとなっていたので、大神殿も多忙を極めているらしい。
私と妹の最終鑑定の儀は、不幸にも、父の予定がある日に決まった。
「第八師団って、精霊術士団だよね?」
「はい。そこの会議と重なったようです。ご当主様は顧問を務めていらっしゃるので、欠席は難しいかと」
「また延期か」
グランフレイムでは、第八師団の新人訓練を請け負っている。今度の会議は新人訓練についての話し合いなので、父が欠席するわけにもいかないようだ。
ジンから話を聞いて、またかと諦めていたら、その日のうちに連絡があった。
「延期はしないそうです」
ただし、父は儀に最後まで参加せず、鑑定結果を聞いてすぐ、会議に向かうとのこと。
まさか、マリージュが延期したくないって言い出したんじゃないよね?
「マリージュ様が、これ以上、先延ばししたくないと。ご当主様に涙ながらに訴えられたようで」
ジンが気まずそうに答える。
「…………」
何も言うまい。
私の記憶にある妹は、明るくて純粋で裏表のない性格で、誰にでも愛される女の子だった。と思う。
今の妹も、皆から愛されているのが伝わってくる。
でも、なんだろう。使用人や騎士団の話を聞いていると、モヤッとするんだよね。ひがみ?
「私が延期したくないって訴えていたら、去年、儀をやってくれたのかな」
何も言うまいと思っていたのに、口から何か出てきた。
うん、ひがみだな。
妹をひがむなんて情けない。気をつけよう。
料理修行も終わりにして、身の回りの整理をしないといけない。
騎士団の噂話からすると、きっと、すぐに追い出されるか、でなければ自分から出て行くことになりそうだ。
料理長に修行のお礼を伝えに行った帰り、裏庭の訓練場に足を延ばした。
この訓練場は私専用。表から隠れるような場所にある。ついでにここも片付けておこう。
実戦訓練にも行けないし。体技や剣技の授業は、嫁入り準備には不要だからとぜんぶ中止にされたし。
もう、ここを使うこともないだろうから。
「お姉さま? ネージュお姉さまでしょ?」
突然、天使の声がした。
私の訓練場に天使がいる。
あれ? ここは天使の出現場所だったっけ?
ふわふわした金髪に澄んだ淡い青色の瞳、私より小柄で、フリルいっぱいのワンピースに身をつつんだ天使は、マリージュだった。
妹に対してモヤッとしていた気持ちが、一瞬にして消え去る。
うん、かわいいは偉大だ。
「マリージュ?」
「ネージュお姉さま!」
明るい声は昔の記憶のまま。
走り寄り、お互いが手を延ばしたそのとき。
バチン
「いっっったーー」
延ばした右手を強く弾かれた。
痛くて動かせない。胸に腕を抱える。
「マリーに触るな! 近づくな!」
「はぁ?」
怒鳴り声に目を向けると、私のことを上から睨み付けるやつがいた。偉そうな顔をして偉そうな態度をしている。
こいつにやられたのか。
妹と同じく金髪碧眼だけど、かわいくない。
腕も脚もヒョロッとしていて、全体的に細い。グランフレイムの騎士服を着ているが、騎士というよりは、お飾りの上官という感じだ。
私から隠すように妹を抱き寄せ、妹に対してはニコニコした顔で、とんでもないことを言い放つ。
「マリー、あんなもの(=私)に触ると呪われるよ」
「お兄さま。どうして、そんなことを言うの?」
ほら、ネージュお姉さまよ、とあどけない顔で言い返す妹。
待って。お兄さま? お兄さまってまさか、
「セルージュお兄さま…………?」
思考がついていかない。
こいつが、あのセルージュお兄さまなの?
「許可なく、人の名を呼ぶな。腹立たしい」
許可なくって。兄妹でしょ?
「見てごらん。あれ(=私)を精霊が避けているだろ。呪われているから、精霊が寄りつかないんだ」
違う。
「呪いなら、わたくしの光の精霊魔法があるわ。助けてさしあげないと」
「あんなもの(=私)まで心配するとは、マリーは優しいな」
違う違う。
「どなたかを助けるために力を使うのは、精霊術士として当然のことですわ」
「マリーは偉いな。さすが、私の妹だ。グランフレイムの誇りだよ」
違う違う違う。
弾かれた右手の痛みより、胸の痛みの方が強くなってきた。
「でも、マリー。精霊に嫌われるようなもの(=私)にまで、優しくしなくて良いんだ。マリーの優しさはちゃんとした相手に使いなさい」
絶対に違う。これはお兄さまじゃない。
私は自分にそう言い聞かせた。
セルージュお兄さまは、私に優しかった。いつも上手に精霊魔法を見せてくれた。私に優しくしてくれたんだ、いつもいつもいつも。
でも、胸の痛みは治まらないし、右手の痛みは現実だった。
「まだいたのか。マリーに姿を見せるな。さっさと立ち去れ」
「お兄さま!」
「さあ、マリー。狭くて貧相だけど、ここで護衛班との訓練だ。護衛の動きをよく覚えるんだぞ」
私の訓練場で、兄が優しい声を妹にかけていて。私の場所なのに、私の居場所はどこにもなくて。
視界が歪む。右手も胸も痛い。
気が付いたら、自分の部屋にいた。
あれからどこをどうやって帰ってきたのか覚えていない。
弾かれた右手を見ると赤くなっていた。数日したら痣になりそうだ。痛い。
右手の痛みが、私を現実に連れ戻した。あれは現実だった。
ジンもメモリアも何も言わずじっと私を見ていた。
尋ねなくても分かる。
あれが今のセルージュお兄さまなんだ。
私には、もう、優しい兄はいなかったんだ。
「お茶でも飲もうかな」
いいタイミングで、メモリアが紅茶とクッキーを出してくれた。紅茶もクッキーも塩辛かった。
あれ以降、魔物の出現はなく、樹林の様子も元に戻ったようだ。
猫の形をした何かについては話題になっていない。猫(仮)が第六師団に見つからずに済んだことを祈りたい。
街道がようやく使えるようになり、大神殿での鑑定の儀も再開となった。一ヶ月も取り止めとなっていたので、大神殿も多忙を極めているらしい。
私と妹の最終鑑定の儀は、不幸にも、父の予定がある日に決まった。
「第八師団って、精霊術士団だよね?」
「はい。そこの会議と重なったようです。ご当主様は顧問を務めていらっしゃるので、欠席は難しいかと」
「また延期か」
グランフレイムでは、第八師団の新人訓練を請け負っている。今度の会議は新人訓練についての話し合いなので、父が欠席するわけにもいかないようだ。
ジンから話を聞いて、またかと諦めていたら、その日のうちに連絡があった。
「延期はしないそうです」
ただし、父は儀に最後まで参加せず、鑑定結果を聞いてすぐ、会議に向かうとのこと。
まさか、マリージュが延期したくないって言い出したんじゃないよね?
「マリージュ様が、これ以上、先延ばししたくないと。ご当主様に涙ながらに訴えられたようで」
ジンが気まずそうに答える。
「…………」
何も言うまい。
私の記憶にある妹は、明るくて純粋で裏表のない性格で、誰にでも愛される女の子だった。と思う。
今の妹も、皆から愛されているのが伝わってくる。
でも、なんだろう。使用人や騎士団の話を聞いていると、モヤッとするんだよね。ひがみ?
「私が延期したくないって訴えていたら、去年、儀をやってくれたのかな」
何も言うまいと思っていたのに、口から何か出てきた。
うん、ひがみだな。
妹をひがむなんて情けない。気をつけよう。
料理修行も終わりにして、身の回りの整理をしないといけない。
騎士団の噂話からすると、きっと、すぐに追い出されるか、でなければ自分から出て行くことになりそうだ。
料理長に修行のお礼を伝えに行った帰り、裏庭の訓練場に足を延ばした。
この訓練場は私専用。表から隠れるような場所にある。ついでにここも片付けておこう。
実戦訓練にも行けないし。体技や剣技の授業は、嫁入り準備には不要だからとぜんぶ中止にされたし。
もう、ここを使うこともないだろうから。
「お姉さま? ネージュお姉さまでしょ?」
突然、天使の声がした。
私の訓練場に天使がいる。
あれ? ここは天使の出現場所だったっけ?
ふわふわした金髪に澄んだ淡い青色の瞳、私より小柄で、フリルいっぱいのワンピースに身をつつんだ天使は、マリージュだった。
妹に対してモヤッとしていた気持ちが、一瞬にして消え去る。
うん、かわいいは偉大だ。
「マリージュ?」
「ネージュお姉さま!」
明るい声は昔の記憶のまま。
走り寄り、お互いが手を延ばしたそのとき。
バチン
「いっっったーー」
延ばした右手を強く弾かれた。
痛くて動かせない。胸に腕を抱える。
「マリーに触るな! 近づくな!」
「はぁ?」
怒鳴り声に目を向けると、私のことを上から睨み付けるやつがいた。偉そうな顔をして偉そうな態度をしている。
こいつにやられたのか。
妹と同じく金髪碧眼だけど、かわいくない。
腕も脚もヒョロッとしていて、全体的に細い。グランフレイムの騎士服を着ているが、騎士というよりは、お飾りの上官という感じだ。
私から隠すように妹を抱き寄せ、妹に対してはニコニコした顔で、とんでもないことを言い放つ。
「マリー、あんなもの(=私)に触ると呪われるよ」
「お兄さま。どうして、そんなことを言うの?」
ほら、ネージュお姉さまよ、とあどけない顔で言い返す妹。
待って。お兄さま? お兄さまってまさか、
「セルージュお兄さま…………?」
思考がついていかない。
こいつが、あのセルージュお兄さまなの?
「許可なく、人の名を呼ぶな。腹立たしい」
許可なくって。兄妹でしょ?
「見てごらん。あれ(=私)を精霊が避けているだろ。呪われているから、精霊が寄りつかないんだ」
違う。
「呪いなら、わたくしの光の精霊魔法があるわ。助けてさしあげないと」
「あんなもの(=私)まで心配するとは、マリーは優しいな」
違う違う。
「どなたかを助けるために力を使うのは、精霊術士として当然のことですわ」
「マリーは偉いな。さすが、私の妹だ。グランフレイムの誇りだよ」
違う違う違う。
弾かれた右手の痛みより、胸の痛みの方が強くなってきた。
「でも、マリー。精霊に嫌われるようなもの(=私)にまで、優しくしなくて良いんだ。マリーの優しさはちゃんとした相手に使いなさい」
絶対に違う。これはお兄さまじゃない。
私は自分にそう言い聞かせた。
セルージュお兄さまは、私に優しかった。いつも上手に精霊魔法を見せてくれた。私に優しくしてくれたんだ、いつもいつもいつも。
でも、胸の痛みは治まらないし、右手の痛みは現実だった。
「まだいたのか。マリーに姿を見せるな。さっさと立ち去れ」
「お兄さま!」
「さあ、マリー。狭くて貧相だけど、ここで護衛班との訓練だ。護衛の動きをよく覚えるんだぞ」
私の訓練場で、兄が優しい声を妹にかけていて。私の場所なのに、私の居場所はどこにもなくて。
視界が歪む。右手も胸も痛い。
気が付いたら、自分の部屋にいた。
あれからどこをどうやって帰ってきたのか覚えていない。
弾かれた右手を見ると赤くなっていた。数日したら痣になりそうだ。痛い。
右手の痛みが、私を現実に連れ戻した。あれは現実だった。
ジンもメモリアも何も言わずじっと私を見ていた。
尋ねなくても分かる。
あれが今のセルージュお兄さまなんだ。
私には、もう、優しい兄はいなかったんだ。
「お茶でも飲もうかな」
いいタイミングで、メモリアが紅茶とクッキーを出してくれた。紅茶もクッキーも塩辛かった。
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