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1 鑑定の儀編

4-9 副官は願う

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 今日も今日とて、第六師団の執務室は賑やかですね。頭が痛くなるほど。自然とため息が出ますね。
 それに、賑やか過ぎて書類に集中できません。何か、大事なことを忘れてしまいそうです。
 少し、注意しましょうかね。

「はいはい、皆さん、仕事してください」

 師団長は師団長で、官舎の引越作業やら、お相手様を迎える準備で忙しそうです。
 出会って二回目で本契約まで持っていくとは。上位竜種の本気、恐ろしい限りですよ。
 まぁ、無事にお相手様を捕獲できて、師団長もかなり浮かれていますけど。

 浮かれた状態でも、仕事はガッチリこなしますからね。文句のつけようもありません。
 それにしても、あの人、いつ、寝てるんですかね。上位竜種とはいえ人並みに寝ないとダメなはずですがね。

 俺はちゃんと寝ていますよ。師団長と違って忙しいのは仕事だけ。プライベートはヒマですからね。

「今日の仕事は、今日中に、終わらせてくださいね」

 そんな師団長はともかく。この人たちは仕事もしないで楽しそうですよねぇ。
 口ではなく、手を動かしてほしいんですけどねぇ。ほらほら、書類が溜まりっぱなしですよ。サクサク処理してください。

「そもそも、美少女ちゃんは、アノ護衛くんとずっとイッショだったからねー」

 喋ってないで、仕事してもらえませんかね、エルヴェス。

「護衛だろ。そりゃ、いっしょにいるのがふつーじゃねぇか?」

 副師団長も、いちいちエルヴェスの相手しなくていいんですよ。

「美少女ちゃんと護衛騎士の美少年くん! 並び立つとね、もー、ヨダレが出るほど絵になるんだわ! キャー、モエル!」

「だから、変態発言やめろって」

 掃討部隊長も話に加わらないでください。

「だってだってだって! 護衛の美少年騎士と護衛対象の美少女! 身分や立場を越えた許されざる恋!って感じで、オイシくない?」

「それ、冗談でも師団長に言うなよ、殺されるぞ」

 一度、殺されてください。

 俺たち(=俺、副師団長、突撃部隊長、掃討部隊長)は何度も何度も、師団長のストレス発散に付き合わされているんです。
 エルヴェスだけですよ、無事なのは。

「師団長、美少女ちゃんから熊ヨバワリされてるからー 師団長と美少女ちゃんの、熊と美少女の恋!ってのも、人外魔境な感じで、バリ滾る!」

「それも、絶対に言うなよ、消されるぞ」

 しばらく消されてもらっても構いませんよ。
 あなたの補佐一号二号があなたの分まで、働いてくれますから。

「そもそも、師団長ったら、キチンと自己紹介してないのよねー」

「マジか、それ!」

「ないだろ、それ!」

 いや、そうでしたそうでした。師団長、ドラグニールとチラッと名乗っただけでした。
 自己紹介もしないで本契約したんですね、あの人。名前で呼んでもらえるはずありませんね。
 婚姻後にキチンと自己紹介してもらいましょう。

「アノ美少年くんも、美少女ちゃんの前から消えちゃったし」

「師団長、ついに消したのか?」

「ああ、メランド卿が言ってたな」

「アノ美少年くんは、お相手様の元妹の護衛騎士に転職よー 今は元妹とずっとイッショ。イャ、コッチも絵になるんだわー」

 美少女なら誰でも良さそうですね、さすが変態。これで既婚者とは。旦那様が気の毒です。

「しかし、エルヴェス。よく、あのメランド卿を引き抜きましたね」

 メモリア・メランド・エアヘイゼル。
 現第三師団長の奥方で、現役時代は本部諜報班のエースだった凄腕の精霊騎士。
 何事にも表情を変えず言葉数も多くないところから、ついたあだ名は氷の人形。

「スッゴいでしょーー! アタシの補佐一号二号のお手柄よ! たまには締め上げて情報源を吐かせるのも役に立つわー」

「リアルに締め上げるのは止めてください」

「エルヴェス副官、俺らの母ちゃん並っす」

 そう、エルヴェスの補佐一号二号は、なんと、メランド卿の双子の息子。

「そういえば、君たちの母君、住み込みで仕事しているって言ってませんでしたか?」

 確か、君たち、入団時にそう言っていましたよね。

「グランフレイムで仕事してました」

「専属侍女をやってたっす」

 ブフ

「ちょうどタイミングよく、専属のお嬢様が亡くなったんです」

「だから、お相手様の専属護衛の打診してみたっす」

 ブフ

「カーシェイ、きったないわねー」

「どういう偶然ですか!!」

「偶然じゃないっすよ」

 おや?

「俺らの父さんはいわゆる『技能なし』で、苦労したんです。
 そんな父さんと結婚した母さんに、グランフレイム卿がダメ元で、技能なしの娘さんの護衛を依頼したんですよ。
 家門ではなく、娘さんに仕えて守ってくれる人が欲しかったそうです」

「そのころには、俺ら、騎士の養成所に放り込まれてたっす。母ちゃんも俺らのシゴキがなくなって、ヒマしてたんすよね。
 その娘さんの話を聞いて、父ちゃんも母ちゃんも不憫に思ったらしくって」

 思ってたより重い内容ですね。

「それで、娘さんが成人するまでって約束で専属を引き受けたんです」

「だから、母ちゃんが専属侍女だったのは偶然じゃないっす」

 グランフレイム卿も技能なしの娘に冷たい父親だとばかり思っていましたが、どうやら違ったようですね。

「ところで、カーシェイ。さっき師団長が呼んでたわよー アンタ、なんかやらかしたのー?」

「まさか、エルヴェスじゃあるまいし」

「ハアーーー? ナンですって? 辛気くさい顔してる癖に!」

 辛気くさい顔は関係ありませんよね。
 さり気なく悪口挟むのやめてもらえませんかね。

「フーン。とにかく師団長のとこ、イッテキナサイ!」

 ご指名なら仕方ありませんね。
 エルヴェスはしっかり仕事しててくださいね。

 そしてその数分後、第六師団は大変な騒動にみまわれました。

 婚姻まで秒読み状態の竜種に「待て」をさせる恐ろしさ。俺が忘れていたのは、これでした。
 しかも、「待て」をさせる相手は竜種の中でも物理最強と言われている、うちの師団長。
 ハァ、胃も痛くなってきました。
 第六師団が崩壊する前になんとかなりますように。
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