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2 新人研修編

5-0 騒ぎは静かに解決する

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 私の目の前に白い猫がいる。

 一瞬、あれ?と思ってから、頭の中を整理する。

 私はさっきまで自然公園にいた。
 魔物を押し潰した後、急に眠くなって、空から落ちて、今は落ちてる最中のはず。

 それとも落ちきったのかな。
 でも、地面にぶつかった記憶はないな。

 もっと頭の中を整理する。整理するだけじゃなくて古い記憶も呼び起こす。

 そうだ。私はこの猫に会っている。

 確か、この猫に会うのは三回目。
 赤の樹林で、車体ごと崖から落ちている最中に初めて会って。
 そして、ラウに捕獲されたとき、眠くてそのまま眠ってしまった後にも会った。

 白い猫は、赤い目でじーーっと私を見てる。

 気が付いたら、私は広い空間にいた。

 ここに来るのも三回目だ。
 私はポツンとひとり、いや、猫と二人、存在していた。

 広い空間は、時間が流れているのか、止まっているのかもよく分からない。

 薄暗くてガランとしていて、どこまで広がっているかも分からない。
 歩いてみようとも思ったが、端が見えないので、やめた。

 そして、ここにあるのは大きな姿見だけ。

 それがあちこちに浮かんでいる。
 いったい、いくつあるんだろう。

 姿見にはいろいろなものが映っていた。

 見たことあるものも、ないものも。
 知ってるものも、知らないものも。

 白い猫がにゃーと鳴いている。

 私は猫をチラッと見ると、目当ての姿見を探し始めた。あるはずだ。どこかに。

 姿見を探し回る私の後ろを、白い猫がそろそろと音を立てずについてきた。




 目当ての姿見はすぐ見つかった。

 そして今、私はその前にちょこんと座り、ずっと見ている。

 そこに映っているのは、短髪の黒髪に力強さを感じる黒眼、がっしりとした体躯の男性。

「ラウ」

 空から落ちた私を受け止めたのは、飛竜に乗ったラウだった。

 凄い速さでやってきて、私を両腕でしっかりと受け止めた。なかなかに勇ましく格好いい。

 でも、なんか、様子がおかしい。

「どうしたのかな」

 姿見に映っているラウは、小さく見えた。
 肩をがっくりと落とし、背中を丸めて、大きな両手で顔を覆ったままだ。

 がっしりとした身体のはずなのに、風に吹かれて飛んでいきそう。
 そんな儚さがあった。

 いつものラウとはぜんぜん違う。
 私の知らないラウが映っていた。

「泣いているの?」

 小さいソファーに小さいテーブル。
 寝室に置いてあるやつだ。

 居間のものは大きくゆったりしているくせに、ラウはギューギューにくっついて座る。
 けっきょく、狭くて文句を言ったことがあったっけ。

 寝室のは小さいサイズだから、二人で座るとやっぱりギューギュー。

 ラウはギューギューが好きだった。

 そのソファーには、ラウではなく、テラがひとりで座っている。
 ラウは小さな腰掛けの方。

 テーブルに置いてあるものを挟んで、ラウとテラは向かいあっている。

「テラに虐められたのかな」

 テラはいつもの、子どもに不釣り合いな苦い顔。
 何事か、ラウに向かって話しているけど、こちらには聞こえない。ラウの口も結ばれていて開かない。

 前々から、テラのラウに対する評価は厳しい。
 ラウ、テラからまた何か言われているんだろう。絶対そうだ。

「テラはラウに意地悪だもんな」

 周囲に大神殿の大人がいるとはいえ、同じ赤種の同類がいるとはいえ、テラは子どもで独りだ。

 家族の話は聞いたことがない。

 大人で独りではないラウのことが、羨ましいのかもしれない。

「心の中も鑑定できればいいのにな」

 人の心は難しい。

 今まで、私の周りには、私を技能なしと見る嫌な人たちばかりだった。
 人の悪意にさらされ続け、鈍くなった。そうした方が心が疲れないから。

 そうやって、人の心を見るのを諦めて、今、苦労することになってるのかな。

 鑑定眼で視えれば楽なのに。

「うん、違うな」

 鑑定も鑑定眼も、私を助けてくれる技能のひとつには違いない。

 でも、メダルの鑑定だって、技能があるだけでは鑑定できなかったじゃないか。

 万能だと思ってはいけない。

 それに、

「鑑定で済ませちゃいけないんだ」

 ちゃんと相手と向き合って、自分の心で、相手の心を見ないといけない。

 大切に思う人なら、なおさら。

「人間関係は難しいな」

 ふー

 ため息が出る。

「恋愛はもっと難しいな」

 失敗しながらでも、いろいろ経験を積んでいかないといけないんだろうけど。

 大好きな人の前で、失敗なんて、したくないよね。

「竜種はもっともっと面倒臭そうだしな」

 それに私、竜種の知識って、あまりないんだよね。

 だから、竜種の常識もよく分からないし、考え方も行動も予想がつかない。

 ネージュだったときも、竜種の勉強なんてしたことなかったし。
 テラもラウも、わざわざ教えてくれないし。

 追々、どうにかなるだろうと思ってた。

「そうも言ってられないか。夫、竜種だし」

 甘かったんだな、私。

 姿見を見る私と、姿見を見る私を見守る白い猫と、そしてこの不思議な空間と。

 そろそろ、ここにいるのも飽きたな。

「じゃ、そろそろ帰るわ」

 私は振り向いて、私を見守る白い猫に声をかけた。

 初めて会ったときは分からなかったけど、今なら分かる。
 私を見守るこの猫がどんな存在なのか。

「またね、デュク様」

 デュク様がにゃーと鳴いた。

 そこで私は目が覚めた。
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