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2 新人研修編

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 私の目の前で、偉そうな感じの第四師団の副師団長と、いつもより語気強めの上司の人が、舌戦を繰り広げている。

「連絡を受け取れなかったのを、こちらのせいにされてもなぁ。伝達魔法を使えないのが悪いんだろ」

「伝達魔法じゃ連絡が伝わらないと分かっていて、わざわざ使うバカがどこにいる?」

「伝達魔法での連絡なんて、常套手段だろうに。自分の非常識を棚に上げて、こっちをバカ扱いしないでもらいたいものだな」




 翌日。

 今日も休むようにと、ラウが言ってきた。

 こうやって私のことを心配してくれるのはありがたいし、嬉しいんだけれど。

 体調的にはまったく何でもない。

 それどころか、なんだか、前より調子がいい。身体が少し軽くなったというか、動きが楽になったというか。

 何でもないのに、いつまでも休んでいるわけにもいかない。
 私は立派な社会人だ。就業者だ。

 それに、家にいても暇すぎるだけなので、他に何かやりたくなってきてしまう。

「夫と手をつないで出勤するのが夢だった」

 と、夢をでっち上げて渋るラウをちょろまかし、夫と手をつなぐどころか、べったりくっつかれて第一塔へやってきてみたら。

 私を待っていたのは、自然公園探索の件に関する臨時会議だったのだ。

 昨日の会議とは違い、参加は関係者のみ。

 総師団長とその副官、第二師団長と自然公園にいた部隊長、第四師団長と副師団長、第一塔長と私を含めた特級補佐官三人。

 ラウも関係者だけど、今日は自然公園に行っていて不在。
 自然公園が元の姿に戻るまで、厄介事専門の第六師団で公園を管理するらしい。

 いや、確かに厄介な事態になっちゃったけどね!

 おおよその話は昨日の会議で終わっているので、今日は関係者に、私からの話を報告。

 私からは、猫の形をした何かについてと、猫型の魔物に関する報告をした。さらっと終わった。

 その後に始まったのが、今もまだ続いているやりとりだ。

「それは急を要する緊急事態の話だろう」

 上司の人の語気がさらに強くなる。

「急を要する話を伝達魔法で送るなら、まだ分かる。しかし、送るにしても内容が文書で残る伝達文だ」

 伝達魔法。風の精霊魔法の一種で、声や文書を相手に送ることができる便利魔法だ。

 風属性を持つ精霊術士にしか使えない。

 文書なら、相手が誰であろうと問題ないが、声を送る場合は、受け取る側も風の精霊術士でないと受け取れない。

 一般に普及しているのは、文を伝達魔法で送る方法。遠くの町へもこれで手紙が届く。

 転移魔法に似ているが、伝達魔法で送れるのは、声と手紙程度のものくらい。
 荷物となると、車で運ぶので時間がかかる。

 どうやら第四師団は、自然公園探索中止の連絡を、伝達魔法の『声』で送ったようだ。

 うん、バカなの?

 総師団長も第二師団長も怒るどころか、呆れた表情だ。
 第四師団長は微笑ましいものでも見ているかのような穏やかさで、逆に怖い。

「それに、今回のは急を要する話じゃない。翌日の話だし、終業までまだまだ時間もあった」

 上司の人の怒りは止まらない。

「伝達魔法で伝達音を送る必要がどこにある?! しかも塔長室ではなく、鑑定室に!」

 うん、バカだ。

 鑑定室は鑑定技能のエリート集団だけど、技能なしが多いそうだ。

 そして、少ない技能持ちの中で、風属性持ちとなると、二人だけ。
 鑑定室長とエレバウトさん。
 こう見ると、エレバウトさんはなかなか凄い人なんだな。

「うちは、全員、風属性持ちだからな。ふだんのやりとりもすべて伝達音だ」

 しれっと自慢気に言う第四副師団長。

 まぁ、それはちょっとは凄いかも。

 精霊騎士団なんて必要あるの?って思ってたけど、風属性に特化した師団ならば、使い道はあるのかも。

「それはそっちの内部規則だろう。いったい、何様のつもりだ」

「そもそも、メダル鑑定は鑑定室が担当だろう。担当に連絡したのに、その言いぐさはないだろう」

 その後どうなったか、会議で聞いてるよね。特級補佐官に担当が変わったよね。

「それとも、鑑定室で鑑定できなかったのか? ああ、そうだったな」

 知ってて言ってるんだ。態度も口も感じも悪い。おまけに格好も悪い。うちの夫は格好よくて最高だな。

「しかし、あくまでも窓口も担当も鑑定室だ。担当を通しての連絡は規則通り。
 第一塔だけ特別扱いとは、そっちこそ何様のつもりだ」

 第四師団長も上司の人も、お互い一歩も引き下がらない。
 この言い合い、終わりそうな気がしないんだけど。

 この場合、重要連絡が伝わったかを確認しなかった、本部の人も悪いんじゃないの?

「だいたい、技能なしばかり採用しているから、危険な事態を引き起こすんだ。役立たずに重要な持ち場は任せるものじゃない」

「連絡もまともにできない上に、仕事に対する責任感すらないやつが、よく言うよな」

 ふだんは『ものぐさ』(フィールズ補佐官命名)だが、上司の人もやるときはやる。言うときは言う。

「四枚目のメダルだって、本当は、池の側で見つかってないんじゃないか? 場所の鑑定を拒否したって話じゃないか」

「うちの警邏班が複数で確認しているんだ。間違いがあるわけないだろう。
 連絡をこっちのせいにするだけでなく、今度は根拠のない言いがかりか」

「根拠がないのはそっちも同じだろう。四枚目のメダルの件は、後でしっかりと説明してもらうからな」

 けっきょく、探索中止の理由と連絡が伝わらなかった理由が分かっただけだった。

 私が疑問に感じた部分、

『本部の重要連絡が伝わったかを本部がきちんと確認する』

 という、あまりにも基本的な事項が、合意されただけだった。




「よう、四番目。会議は終わったのか?」

「テラ! なんでここに?」

 会議が終わり、フィールズ補佐官やナルフェブル補佐官と塔長室に向かっていたら、廊下の曲がり角からテラが現れた。

「舎弟に呼び出されたんだよ。今回の件の慰労会だ」

 つまり、茶話会、いや、菓子会だな。

「へー」

「四番目もいっしょに着いてこいよ」

「いつもの場所じゃないの?」

「ああ、今日は慰労会だからな!」

 と誘われたんだけど、仕事中だよね。

 私は二人の先輩方を様子をそっと窺う。

「こっちの業務は問題ない。今日は全員揃っているし。塔長も慰労会に参加だろう?」

 暗に了承してくれるナルフェブル補佐官。そして、フィールズ補佐官は、

「バーミリオン様がわざわざこちらに来て、クロエル補佐官に声をかけたということは、意味があってのことだと思いますよ」

 静かに笑ってそう言ってくれたので、私は安心して、テラの後を歩き出した。

 テラは慣れた様子で、とことこと、どこかに歩いていく。

 どこに向かっているのかも、皆目見当も付かない。
 もともと本部の建物にはあまり来たことがない。そもそも私は塔長室から出歩かない。

 迷子にならないように、テラに付いて歩いていると、突然、開けた中庭のような場所に出た。

 そして、

「はぁあ? 子どもがどうしてこんなところに。誰が連れてきたんだ。ここは遊ぶところじゃないことも分からないのか」

 さっき聞いたばかりの嫌な声が、私たちに投げかけられた。
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