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4 騎士と破壊のお姫さま編
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「私どもは、あなたにネージュ様としての記憶を取り戻して、本来のご自身に戻っていただきたいだけです」
第二師団長の甥のジンクレストが、真っ直ぐな目で私を見つめていた。
「グランフレイムでのネージュ様は…………」
そして、ネージュの生活ぶりなどの思い出話が始まる。
精霊魔法こそ扱えなかったが、いかにネージュが優秀で努力家で、たえず自分を磨きあげていたかを延々と。
勉強の話に始まって、剣技や体技の話、護身術の話、実戦訓練での話などなど。
精霊魔法の家門だったので、詠唱魔法の先生をつけることができず。本を読んで自力で詠唱魔法を習得した話。
果てには、独学なのに、無詠唱で魔法陣を展開させるなど高度なことができるという話。
うん、長いな。
長いと言えば、ジンクレスト・ベルンドゥアン、という名前だ。
どうやら、こっちが本名らしい。
ま、よく考えなくても、グランの騎士がベルンだなんて問題になるよね。
グランフレイムではジン・ドゥアンだったから、簡単にジンと呼べていた。グランフレイム以外では本名になるので、とたんに長くなる。
ジンクレストって長いから、ジンでいいかな。とも思ったけど、短くすると愛称ぽくなるので、きっと、ラウが暴れる。
ラウが暴れるのはダメだ。絶対にダメだ。また面倒なことになる。
結果、私がラウを落ち着かせるか、私を生贄にしてラウが落ち着くかのどっちかになるんだ。
私にとって良いことはまったくない。これっぽっちもない。
世界の平穏はテラに任せるとして、私は私の平穏のために全力を尽くさねば。名前の長さくらいは我慢しよう。
「聞いていらっしゃいますか?」
ビクッ
突然、ジンクレストから声がかけられて、ハッとして前を見た。
眉間にシワが寄っている。
怒っているような、それでいて、何か不安そうな、そんな表情だ。
「あ、つまらなかったから、聞いてなかった」
ポロッと正直な感想が口から出てしまう。
だって、本当のことだし。いまさらこんな話を聞かされて、どうなるんだって思いたくもなるし。
「つまらない、ですか?」
私の感想を聞いて、ジンクレストが愕然とした表情に変わる。
「でも、実際のネージュ様の生活のご様子を思い出していただきたくて」
「でも、つまらないよね、そんな生活」
「え…………」
ジンクレストが言葉に詰まった。
ここぞとばかりに畳みかける。
別にこれ以上つまらない話を聞きたくないから、なわけじゃない。けしてない。
「だって、そうでしょ。さっきからずっと勉強と訓練の話だけ。頑張ったところで何かあったの? 変わりはないんでしょ?」
「座学と実技に関しては、ネージュ様ご自身が切望されて、自主的に取り組まれておりました」
「つまり、本人が好きでやってたんだから、つまらないのは仕方ないと」
「いえ、そういう話ではなく。ご当主様はそんなに頑張る必要はないと」
ネージュは、親のその言葉にどれだけガッカリしたことだか。
誉めることも労いもなく、ただただ、呆れたように突き放されるように言われるその言葉に、いつも、傷ついていた。
今度はこっちから、痛いところをつついてみようか。
「勉強と訓練以外の話はないの?」
「…………食堂の料理長から、調理を習っておられました」
「それだけ?」
「…………はい」
だよね。何もないよね。何もないから答えられないよね。
「外出は?」
「制限されておりましたので、許可された実戦訓練のみです」
だよね。閉じ込められるようにして生きてきたんだよね。
王都に住んでいるのに、氷雪祭も武道大会も知らなかったし。
もしかしたら、情報誌に載ってたかな。載ってたとしても、自分が行けるわけないと思って、見なくなるよね。
はぁ。
ため息をついて、頭を軽くふった拍子に、話をするベルンドゥアン家門の隣で、呆然と話を聞いている総師団長と目があった。少し顔色が悪い。
「総師団長のところも、お嬢さん、こんな生活なの?」
そう質問して、総師団長の隣に座るグランミスト嬢を見る。
グランミスト嬢は目をウルウルさせながら話を聞いていて、今にも泣き出しそうだ。
泣くようなところって、あったっけ?
「いや、さすがにここまでは…………」
言葉につまる総師団長を、ジンクレストが遮る。
「でも、これは。ネージュ様は魔力量が桁外れに多くて、害されたり誘拐される恐れがあるからで」
「まぁ、言い訳なんて、いくらでもできるよね」
「それは…………」
ジンクレストも言葉につまった。
第二師団長は痛ましい表情で話を聞いているだけだし、何か話をするつもりはないようだ。
この辺で、ベルンドゥアンの話は終わりかな。
と思った矢先、
「ジンも一介の騎士でしたので」
ジンクレストの父親、ベルンドゥアン卿が話を引き継いだ。
「ただの護衛という立場では、ネージュ様の環境をどうすることもできなくて。
ときおり、我が家に帰ってきては、ネージュ様の不憫さをこぼしていました」
ジンクレストや第二師団長とは違って、最初から穏やかな表情で、私を見てる。
「新年で帰宅しても、ネージュ様がおひとりになってしまうと、ずっと気を持んでおりましたし」
「ふーん。でも、それだけでしょ?」
「いいえ。ベルンドゥアンからグランフレイムには働きかけておりました。当主殿からはなかなか良い返事がなくて」
「へー」
なんだ、それ。初耳だ。
私は表情に出ないように堪える。
グリモさんによく言われてるからな。気をつけないとな。
「成人後ならと、婚姻の件、ようやく返事をもらえて。我が家にお越しいただくことになっていました」
あ、もしかしてあれか。
技能なしでもいいって言ってくれてるところがいくつかあるって話。
ベルンドゥアンはその一つか。
複数あるなら、返事なんてすぐにはしないだろうな。私なら一番、条件の良いところを選ぶよな。
「ベルンドゥアンなら、少しは気楽にお過ごしいただけるのではないかと思って」
「へー、婚約してたんだ」
ネージュは聞いてないけどな。
こういう話は、家門同士で話し合って終わりだろうからね。
「それも含めて、成人に合わせて話し合う予定でいたのですが、なかなか都合が合わなくて」
隣に座るラウが、突然、ふっと笑った。
うん、絶対に、ラウが何かやったな。
「ふーん。じゃあ、ベルンドゥアン家門はけっきょく無関係なままだよね」
「それはそうですが、ネージュ様の普段のご様子を説明できるのは、ジンだけですので」
ネージュの専属にはメモリアもいたよね。ま、メモリアは喋らないけどね。
「私の話が、ネージュ様の記憶が戻るきっかけになればと」
「だから、元から記憶喪失じゃないって言ってるし」
何回、同じ話をすれば気が済むんだ、これ。
徐々に疲れてきた私に変わって、今度はテラがつつき始めた。
「ところで、オッサンは話さなくていいのか?」
その言葉に、総師団長はさらに顔色を悪くしたのだった。
第二師団長の甥のジンクレストが、真っ直ぐな目で私を見つめていた。
「グランフレイムでのネージュ様は…………」
そして、ネージュの生活ぶりなどの思い出話が始まる。
精霊魔法こそ扱えなかったが、いかにネージュが優秀で努力家で、たえず自分を磨きあげていたかを延々と。
勉強の話に始まって、剣技や体技の話、護身術の話、実戦訓練での話などなど。
精霊魔法の家門だったので、詠唱魔法の先生をつけることができず。本を読んで自力で詠唱魔法を習得した話。
果てには、独学なのに、無詠唱で魔法陣を展開させるなど高度なことができるという話。
うん、長いな。
長いと言えば、ジンクレスト・ベルンドゥアン、という名前だ。
どうやら、こっちが本名らしい。
ま、よく考えなくても、グランの騎士がベルンだなんて問題になるよね。
グランフレイムではジン・ドゥアンだったから、簡単にジンと呼べていた。グランフレイム以外では本名になるので、とたんに長くなる。
ジンクレストって長いから、ジンでいいかな。とも思ったけど、短くすると愛称ぽくなるので、きっと、ラウが暴れる。
ラウが暴れるのはダメだ。絶対にダメだ。また面倒なことになる。
結果、私がラウを落ち着かせるか、私を生贄にしてラウが落ち着くかのどっちかになるんだ。
私にとって良いことはまったくない。これっぽっちもない。
世界の平穏はテラに任せるとして、私は私の平穏のために全力を尽くさねば。名前の長さくらいは我慢しよう。
「聞いていらっしゃいますか?」
ビクッ
突然、ジンクレストから声がかけられて、ハッとして前を見た。
眉間にシワが寄っている。
怒っているような、それでいて、何か不安そうな、そんな表情だ。
「あ、つまらなかったから、聞いてなかった」
ポロッと正直な感想が口から出てしまう。
だって、本当のことだし。いまさらこんな話を聞かされて、どうなるんだって思いたくもなるし。
「つまらない、ですか?」
私の感想を聞いて、ジンクレストが愕然とした表情に変わる。
「でも、実際のネージュ様の生活のご様子を思い出していただきたくて」
「でも、つまらないよね、そんな生活」
「え…………」
ジンクレストが言葉に詰まった。
ここぞとばかりに畳みかける。
別にこれ以上つまらない話を聞きたくないから、なわけじゃない。けしてない。
「だって、そうでしょ。さっきからずっと勉強と訓練の話だけ。頑張ったところで何かあったの? 変わりはないんでしょ?」
「座学と実技に関しては、ネージュ様ご自身が切望されて、自主的に取り組まれておりました」
「つまり、本人が好きでやってたんだから、つまらないのは仕方ないと」
「いえ、そういう話ではなく。ご当主様はそんなに頑張る必要はないと」
ネージュは、親のその言葉にどれだけガッカリしたことだか。
誉めることも労いもなく、ただただ、呆れたように突き放されるように言われるその言葉に、いつも、傷ついていた。
今度はこっちから、痛いところをつついてみようか。
「勉強と訓練以外の話はないの?」
「…………食堂の料理長から、調理を習っておられました」
「それだけ?」
「…………はい」
だよね。何もないよね。何もないから答えられないよね。
「外出は?」
「制限されておりましたので、許可された実戦訓練のみです」
だよね。閉じ込められるようにして生きてきたんだよね。
王都に住んでいるのに、氷雪祭も武道大会も知らなかったし。
もしかしたら、情報誌に載ってたかな。載ってたとしても、自分が行けるわけないと思って、見なくなるよね。
はぁ。
ため息をついて、頭を軽くふった拍子に、話をするベルンドゥアン家門の隣で、呆然と話を聞いている総師団長と目があった。少し顔色が悪い。
「総師団長のところも、お嬢さん、こんな生活なの?」
そう質問して、総師団長の隣に座るグランミスト嬢を見る。
グランミスト嬢は目をウルウルさせながら話を聞いていて、今にも泣き出しそうだ。
泣くようなところって、あったっけ?
「いや、さすがにここまでは…………」
言葉につまる総師団長を、ジンクレストが遮る。
「でも、これは。ネージュ様は魔力量が桁外れに多くて、害されたり誘拐される恐れがあるからで」
「まぁ、言い訳なんて、いくらでもできるよね」
「それは…………」
ジンクレストも言葉につまった。
第二師団長は痛ましい表情で話を聞いているだけだし、何か話をするつもりはないようだ。
この辺で、ベルンドゥアンの話は終わりかな。
と思った矢先、
「ジンも一介の騎士でしたので」
ジンクレストの父親、ベルンドゥアン卿が話を引き継いだ。
「ただの護衛という立場では、ネージュ様の環境をどうすることもできなくて。
ときおり、我が家に帰ってきては、ネージュ様の不憫さをこぼしていました」
ジンクレストや第二師団長とは違って、最初から穏やかな表情で、私を見てる。
「新年で帰宅しても、ネージュ様がおひとりになってしまうと、ずっと気を持んでおりましたし」
「ふーん。でも、それだけでしょ?」
「いいえ。ベルンドゥアンからグランフレイムには働きかけておりました。当主殿からはなかなか良い返事がなくて」
「へー」
なんだ、それ。初耳だ。
私は表情に出ないように堪える。
グリモさんによく言われてるからな。気をつけないとな。
「成人後ならと、婚姻の件、ようやく返事をもらえて。我が家にお越しいただくことになっていました」
あ、もしかしてあれか。
技能なしでもいいって言ってくれてるところがいくつかあるって話。
ベルンドゥアンはその一つか。
複数あるなら、返事なんてすぐにはしないだろうな。私なら一番、条件の良いところを選ぶよな。
「ベルンドゥアンなら、少しは気楽にお過ごしいただけるのではないかと思って」
「へー、婚約してたんだ」
ネージュは聞いてないけどな。
こういう話は、家門同士で話し合って終わりだろうからね。
「それも含めて、成人に合わせて話し合う予定でいたのですが、なかなか都合が合わなくて」
隣に座るラウが、突然、ふっと笑った。
うん、絶対に、ラウが何かやったな。
「ふーん。じゃあ、ベルンドゥアン家門はけっきょく無関係なままだよね」
「それはそうですが、ネージュ様の普段のご様子を説明できるのは、ジンだけですので」
ネージュの専属にはメモリアもいたよね。ま、メモリアは喋らないけどね。
「私の話が、ネージュ様の記憶が戻るきっかけになればと」
「だから、元から記憶喪失じゃないって言ってるし」
何回、同じ話をすれば気が済むんだ、これ。
徐々に疲れてきた私に変わって、今度はテラがつつき始めた。
「ところで、オッサンは話さなくていいのか?」
その言葉に、総師団長はさらに顔色を悪くしたのだった。
応援ありがとうございます!
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