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4 騎士と破壊のお姫さま編

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 六月に入り、師団の欠員補充がようやく終わった。

 非常事態で途中採用、しかも微妙な二ヶ月遅れという状況ではあるものの、新人採用も研修も順調のようだ。

 私が関係する第六師団も第一塔も、新人採用はなかったので、私の周りに変化はない。

 慌ただしくする他の師団を横目に見ながら、第六師団は淡々と業務をこなしている。

 三番目が潜んでいると思われる地、辺境の中立エリアの捜索は第一塔と第七師団が、今も必死になって行っているそうだ。

「けっきょく、三番目はまだ見つかってないんだよね」

「辺境はうちの管轄ではないし、中立エリアは自由に探索できないからな」

「見つかりにくいから、あそこに潜んでるってことだもんね」

 本部へ続く道を歩きながら、ラウと三番目の話をしていると、突然、ラウが立ち止まった。

「フィア」

「なぁに、ラウ?」

 突然、どうしたんだろう、と思いながら、私はラウを見上げる。
 ラウの方は真剣な表情で、私を見下ろす。自然と視線が合った。

「茶会とはいえ、俺以外に目をやってはダメだぞ」

 それ、朝も言ってたよね。朝だけじゃなく、第六師団を出る前も言ってたよね。

「どこ見てればいいの?」

「俺だ」

 そうは言われても。

「ラウ、交流会にいないよね」

 そう。今、向かっているのは、新入師団員のための交流会。まぁ、お茶会みたいなものを想像している。

 なんで想像なのかというと、交流会が開催されるのは初めてなため、前例がないから。過去の資料がまったくないのだ。

「ちっ。あいつ、交流会なんて開催しやがって。わざわざ親睦なんか深めなくてもいいものを」

 ラウがここにいない主催者に文句を言い捨てる。

 今日の交流会は、新入師団員同士横のつながりを持ちやすくするためのものだった。
 武道大会の騒動を受けて、師団内の派閥化が危険視される中、試験的に行うことになったそうだ。

 もちろん、師団ごとに機密があるので、情報漏洩の教育についても十分に受けた上での、交流会となる。

「そんなに師団内の繋がりが危ないと思うなら、固めるような人事をやるなよな」

 ラウがブツブツ言いながらも、私の手を取って、また歩き始めた。

 ラウの意見は、まぁ、その通りなんだよね。
 だって、第四師団こそ、そういう師団なんだから。
 当然、今回のような危険があるのは分かっていたはず。

 ラウのブツブツを聞いているうちに、本部の建物に到着した。

 ラウとはここで別れて、私は交流会の会場へ、ラウは第二師団、第四師団との打ち合わせへ。

 手を離そうとした矢先、私の目の前に、ラウが何かを差し出した。

 これは、

「私とラウの記録、画?!」

 魔道具で映像記録ができるんだから、肖像記録ももちろんできる。

 ラウが差し出したのは、肖像記録の記録画だった。

 まさか、

「交流会中、これを眺めていろと?」

 私と目が合って、にんまり笑うラウ。

 というか、いつの間にこんなの作ったの?!

「はっ。また、記録班?!」

 キョロキョロする私の頭が一撫でされた。

「メランド卿、よろしく頼む。また後でな、フィア」

 一声かけて、颯爽と歩き去るラウ。
 あの様子だと絶対にもっとあるな。私の記録画。




 さて、交流会。

 その中身は、今年採用となったばかりの新人のみを集めた『お茶会』だった。

 ま、そんなところだとは思ったけど。

 新人交流会なので、参加は就職一年未満の新人のみ。

 当然、ラウは参加不可。再就職のメモリアは参加可だったので、いっしょに参加する運びとなった。

「なにせ初めての試みで。時間もなくて準備も大変で」

 案内してくれた係の人が、そうボヤいていた割には、なかなか考えて用意してある。

 お茶とお菓子の他、軽食が用意されていて、立食も座食もできる形式。自由に飲食や歓談ができるようになっている。

 あちこちに係員がいて、お茶やお菓子などの提供や配膳を行う他、参加者を様子見するそぶりも見せていた。

「師団員同士の出会いの場としての開催も、検討されていますので。反応もしっかり観察させていただいてます」

 案内の人がそう説明してくれたけど、観察という言葉を使っているだけで、内容は監視だ。

 まぁ、交流会でケンカや嫌がらせが起きたら、開催側も困るしね。

「お一人、ま…………だ、到着されてない方がいますので。もう少々お待ちください」

 一礼して、案内係の人が去っていって、しばらくしてから交流会が始まった。




「クリムゾンのクロエル様、お初にお目にかかります」

 これで何人目だろう。
 何人もの人が代わる代わる、挨拶に来る。

 うん、ちょっと疲れるな。
 お茶飲んでお菓子食べてまったりする会、ではなかったな、これ。

 交流会なんだから、挨拶して回っている新人さんの行動は正しい。
 正しいと思うからこそ、邪険にもできず、私は何度目か分からないくらいの同じ挨拶を返す。

「初めまして。クロスフィア・クロエル・ドラグニールです。よろしくお願いしますね」

 ありがたいのは、皆、会話が長く続かないこと。

 破壊の赤種という珍しい存在なので、意外と挨拶したい人が多い。
 だから、長々と話をしていると、挨拶の順番待ちの人からの視線が刺さる。見事に刺さる。ざっくり刺さる。

 さすがに、それに耐えて長話ができる新人はいなかった。

 おかげで、一つ二つ、話題が出たところで会話が終わる。ふぅ。お菓子を食べる暇もないなんて。

 そんな私を見て、隣に座るノルンガルスさんが、ケーキを口に運びながら話しかけてきた。

「クロエル先輩、お疲れのようですね」

 ノルンガルスさんは、私と同じ、第一塔塔長室所属の同僚。次々と挨拶に来る他の新人さんとは一線を画す。

「想像と違う。誰にも話しかけられないと思ってたのに」

「皆さん、絶対に話をしにきますって!」

「そうなの?」

「ドラグニール師団長がそばにいないなんて、滅多にありませんから!」

「そこか」

 私は手元の記録画を眺めながら、つぶやいた。




「あの、えーっと、お久しぶりです」

「クロエル先輩、第八師団の方々です」

 挨拶待ちの列が途切れたので、いそいそと口にケーキを入れたとたんに、これだ。

 同じタイミングで食べ始めたノルンガルスさんは、さっと半分食べ終わっている。

 私は口をもぐもぐさせながら、顔をあげた。やってきたのは二人。どちらも知っている顔。

「あ、グランミストさん」

「ごめんなさいいい。会場の場所が分からず、またまた、皆さんにご迷惑をかけまして」

 総師団長の娘さん、リナーシア・グランミストさんだ。

 あ、始まりが少し遅れたのは、この人のせいか。場所が分からなかったというか、迷子になってたどり着けなかったんだな。

「クロエル先輩、顔、顔。またかー、みたいな顔してますよ」

 むぅ。ぱくん。ケーキを食べてごまかしてみる。そして、グランミストさんの隣にはもう一人。

「初めまして。クロエル様」

「お久しぶり、と、初めまして、ですね。クロスフィア・クロエル・ドラグニールです。よろしくお願いしますね」

 私は表情を引き締め、外向きの笑顔を作り、二人に話しかけた。

「グランミストさんに、グランフレイムさん」

 挨拶に来たもう一人は、マリージュだった。キラキラした目で私を見るマリージュは、相変わらずキラキラした光を纏っていた。
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