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5 出張旅行編

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 まさしく、それは闇そのものだった。

 暗くなっている通路の先に佇むそれは、黒い毛並みに赤い目だけを爛々と光らせていた。

「まったく、なんだお前は?」

 闇が口を開く。

 直接、対峙するのは初めてだったが、竜種とも違う圧を纏っていた。

 フィアが持つものともまた違う。同じ赤種でもここまで違うものかと思い、軽く頭を振った。

 そうだ。竜種は基本、権能が同じだが、赤種はそれぞれ権能が違うんだった。ならば、フィアと違うのは当たり前か。

「なんでお前がここにいるんだ?」

 俺が何も答えないのに苛ついたのか、闇がにじり寄ってきて、質問を繰り返す。

 正直、面倒な相手だが、こいつがここにいるということは、フィアの方は別のやつが相手をしているのだろう。
 ここでは必要な情報を引き出すくらいにして、さっさとフィアに合流しないと。

 赤種は世界の監視者で、世界の象徴でもある。
 竜種が相手ならともかく、上位竜種の俺であっても、さすがに赤種をどうにかすることはできない。

 俺はそっと舌打ちをして、闇に向かって返事を返した。

「聞き捨てならんな。俺は俺が行きたいところに行ってるだけだ」

「僕が言いたいのは、そういうことじゃない」

 闇は例の黒猫の姿をしていた。かわいらしさはどこにもない。声も成人の男性の物だ。それに、猫というには体躯が大きすぎる。これでは黒豹だな。

 もちろん、俺は素直な感想を口にすることなく、じっと黒猫を睨みつけた。

 威圧を孕んだ視線にも動じずに、黒猫はゆっくりと近づいてくる。

「四番目の魔力を感じてやってきたのに。いるのがお前だっていうのは、いったい、どういうことなんだよ」

「いっしょに行動されてるから、魔力の痕跡があるだけでしょう」

 四番目という言葉に反応して、ベルンドゥアンが尤もらしいことを口にするが、黒猫は取り合わなかった。

「違う。痕跡程度のものではない。なんで、お前から四番目の魔力が感じられるんだ?」

「竜種の夫婦は一心同体だからな」

「師団長、それ、さっきも言ってましたけど。何か、からくりがあるんですね?」

 ようやく、何かに気づいたようで、ベルンドゥアンが探る素振りを見せてきた。

 まぁ、からくりというか、理由はしっかりあるにはある。
 だが、ベルンドゥアンにも、この黒猫にも教えてやる義理はない。

 なにせ、フィアも知らないことだから。

 教えるなら、まずはフィアに教えるのがスジだよな。

「ともかく、急ぐぞ」

 俺は黒猫から目を離さず、隣にいるベルンドゥアンに声をかける。
 質問を無視する形になったが、何も言わないところを見る限り、答えは期待してなかったようだ。
 俺は言葉を続ける。

「今、こいつがやろうとしているのは、時間稼ぎだ」

「察しのいいやつだな」

「フィアの気配が二つあるから、気配の薄い、俺の方の確認に来たんだろ」

 黒猫のヒゲがピクッと動いた。どうやら図星のようだ。
 反応するだけで反論はしてこない黒猫とは違って、ベルンドゥアンは疑問を口にする。

「しかし、同種ならともかく。それ以外の人間が、クロスフィア様をどうにかできます?」

「どうにかできる算段があるから、こいつがこっちに着たんだろうな」

 またもや、ヒゲが微かに揺れる。
 反論せずとも、この反応がすべてを物語っているだろうに。

「それにこいつは、フィアとの直接対決で負けてるしな。俺たち相手なら、自分がどうにかできると思ってるんだろうな」

「ずいぶんと舐められていますけど、良いんですか? 師団長は、上位竜種最強でしたよね?」

「ふん。まさか」

 ベルンドゥアンに軽く煽られ、俺は鼻で軽く笑った。
 そして、ジロッと黒猫を睨む。威圧や殺気が通じないのなんてどうだっていい。

 フィアより俺の方が強くないというのは事実であっても、俺の方が対処が簡単だと思われるのは心外だった。

 この際だから、物分かりの悪い猫にキッチリと教え込んでおくか。

 俺はフィアの夫で、しかも、最強の夫だということを。

「こんな小動物に、竜種の夫を止められるわけがない」

「それはどうだかな。こっちだってひとりじゃない。だいたい、誘い出されたのはお前たちの方だ」

 さっきからピクピクと反応するだけだった猫は、突然、余裕そうな態度で反論し始めた。

「なんだと?」

「こっちは出迎えの準備万端だということだ」

 くそっ。時間稼ぎだと分かっていたのに。少し慎重に行動し過ぎたか?

「口では何とでも言えるよな」

 焦る内心を表に出さないよう、平静を装う。

「余裕ぶっているのも、今の内だぞ」

 そう告げる黒猫の背後、通路の暗がりからひとつ、またひとつ、暗い影が現れた。

 もともと、ここは部屋のような空間ではなく、ちょっと広めのただの通路。

 その通路に十人ほどの、影のような男たちが現れて、立ちふさがっている。

 そして、その男たちの中心になっているのはあまりにも見知った顔だった。

「お前は…………」

 渇いた喉の奥から、軋むような声が漏れる。

「どうやら、気に入ってもらえたようだな。僕たちの出迎えを」

 猫の言葉にはっとした。

 くそっ。猫ごときに飲まれてどうする。

 ちらっと隣の様子を窺うと、ベルンドゥアンも中心にいる男を警戒していた。半眼で相手を睨みつけ、剣の柄に手をかけている。珍しく緊張しているようだ。

 そう言えば、ベルンドゥアンもあいつのことを知ってたな。

 俺は改めて、猫と猫の後ろの男たちに目を向けた。
 慌てる必要も、緊張する必要もない。
 いつも通りやればいいだけだ。

 俺は腹をくくった。
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