上 下
273 / 384
5 出張旅行編

6-1 師団長は首をひねる

しおりを挟む
 レストスから帰ってきて二週間。
 俺とフィアは、溜まった仕事と多忙期のための準備とが重なって、働き詰め。

 ようやく休暇が取れ、二人揃って、手をしっかりと繋いでやってきたのは、例のシュタム百貨店だ。

 シュタム百貨店はレストスフェアなる企画展を計画しており、今日はその事前開催の初日。
 その午前中の部を貸し切って、フィアとともに中を見回っていた。

 フィアの希望でもあったが、エルヴェスの口車に乗せられた気もしないではない。

 しかも『レストスフェア』と聞いていたのが、実際は『荒竜と破壊のお姫さまが巡ったレストスフェア』だったり、細部が話と違っている。

 まぁ、フィアが『デート』と言いながら楽しそうにしているので、水に流してやるか。

「あれ?」

 突然、フィアが驚いたような声をあげ立ち止まった。訝しげな顔をしている。

「どうした、フィア?」

 俺はフィアを引き寄せ、顔を覗き込んだ。フィアはキョロキョロと辺りを見回している。

「うーんとね。この臭いって、あの臭い、だよね?」

 この臭い?

 ここに至って、ようやく俺も、フィアが指摘した臭いに気が付いた。

 いや、別に気付いていなかった訳ではなく、隣を歩くフィアの匂いが気になって、他の臭いは気にならなかったというだけなんだが。

 鼻をくすぐる刺激臭。

 香辛料をたっぷり使っているような特徴ある香りと、肉と脂が焼けて煮込まれている独特の香り。

 これは、つい最近、食べた料理だよな。

「辛牛亭か」

 あそこの名物料理とやらにそっくりだ。

 店長はクズだったが、テラス席からの眺めや名物料理に文句はない。
 むしろ、眺めは絶景、料理は絶品。店長の頭の中身が絶望的でさえなければ、何度も利用したい店だったのにな。

 俺にはそっくりに思える臭いも、赤種のフィアにとっては違いがあるものらしい。

「うん、ちょっと違うけど、基本的に同じ臭いだよね」

 フィアはふむふむと頷く。

「臭いがするってことは、辛牛亭も出店してるのか」

 俺は少し嫌な気分になった。

 シュタム百貨店に出店するということは一流の店の証でもある。そんな一流の証をあんな店長のいる店に渡したくはない。

「確かにレストスで辛牛亭も行ったけどな。何も、あんな店をレストスフェアに呼ばなくてもな」

 ちっ。

 俺はフィアから見えないように、軽く舌打ちをした。

 エルヴェスのやつ、何をやってるんだ。
 あの嫌な店を煮るなり焼くなり、いくらでも好きにできる口実を、せっかく作ってやったというのに。

「でも、味は良かったよ。あそこの店長さんとは、顔を合わせたくないけどね」

「あぁ、そうだな」

 俺も辺りを見回す。

 貸し切りなので、客は俺とフィアの二人だけ。俺たちについて案内してくれる従業員を除いては、本開催の準備のために忙しそうに歩き回っていた。

「まぁ、向こうの店をそのままにして、店長自らこっちに来るとは思えないけどな」

 俺は店長の顔を想像して後悔する。遠くにいる忌々しいやつの顔より、そばにいるフィアの笑顔だ。俺はこれを守っていればいい。

 俺は優しくフィアに微笑んだ。




 フィアはというと、やはり臭いが気になったのか、案内係に質問をしていた。

「あのー、レストスフェアに辛牛亭も出店してるんですか?」

「あの名物料理の辛牛亭でございますね」

「はい、その辛牛亭です」

 案内係はフィアの質問に対して意外な答えを口にする。

「残念ながら、辛牛亭は出店しておりません。出店基準を満たせませんでした」

「出店基準?」

「つまりあれだな、味の他に、人気だとか評判だとかだな」

「左様でございます」

「へー、ラウ、詳しい」

 フィアがパッと目を輝かせた。
 俺が適当に答えた内容にも、真剣に、そして素直に応じる様が微笑ましい。

「評判が落ちたから、出店できなかったわけか。なら、この臭いは? 辛牛亭の料理に似てるような気がするが」

「遺跡の森亭、新しくオープンしたシュタム直営のレストランでございます」

 案内係が妙に自信ありげに返事をし、こちらにどうぞと、俺たちを誘導していった。




 ついた先にあったのは、こじんまりとしたカフェ風のレストラン。名前こそ料亭っぽいがオシャレな店構えだった。

「いらっしゃいませ、遺跡の森亭です」

 出迎えた男を見て、俺もフィアも、思わずぎょっとする。

「「あ」」

 そう、出迎えたのは、

「ユクレーナさんの昔馴染みの人?」

「なんで、お前がここに?」

 辛牛亭の副料理長でフィールズ補佐官の昔馴染みの男。ギルメール・スタナートだったのだ。

「実は…………」

 立ち話もなんだからと、席に案内され、件の料理が目の前に出された状況で、スタナートの話が始まった。




「それで、ただ働き同然で、仕事を受けたのか」

 技能なしを蔑む発言で評判が地に落ちた辛牛亭。出店の声かけを取りやめ、エルヴェスは別の声かけに変更したらしい。

 つまりは、料理人の引き抜き。

 辛牛亭の料理人を引き抜いて、直営のレストランで働かせる。

 もちろん、俺たちと辛牛亭との間で起きた騒動を、実際に見ていたやつもいるが、それだけでは評判が地に落ちるまではいかない。

 当然、エルヴェスの配下が裏で動いている。

 そしてエルヴェスは、辛牛亭の材料やレシピもしっかり手中に納めているようだった。

 そうして、さらにレシピを改良し、同じようでいて違う料理にして売り出したという。

 しかも、引き抜いた料理人はどうしても王都で働きたい人物で腕は確か。

 他の店ならもっと稼げるだろうに、衣食住の面倒も見てもらっているとはいえ、ずいぶんと安く働かせられていた。

「エルヴェスさんの本当の目的は、これだったんじゃないの?」

「副産物だな。あの騒動を利用して、自分の儲けになるよう画策したんだろ」

 絶対そうだ。最初から考えていたはずがない。最初からここまで見越していたとしたら、怖すぎないか?

「エルヴェスさんらしいよね」

 フィアがかわいく、訳知り顔をして、ふむふむと頷くと、スタナートは困ったような顔で反論する。

「僕ひとりが暮らすには十分なくらい、もらってますから」

 でも、それだと新人の初任給程度だぞ?
 本当に騙されてないか?

 俺が余計な心配をしている間に、フィアはもっと重要な質問をする。

「それで、ユクレーナさんのことは?」

「諦めるわけがないでしょう」

 あっさり答えるスタナート。

「だよね」「だよな」

 だから、王都に出てきたんだしな。




「ユクレーナがレストスに戻らず、王都で働きたいのであれば、僕が来ればいいだけですから」

 吹っ切ったように明るく答える。
 そんなスタナートに、フィアは当然の質問をした。

「ユクレーナさんには伝えてあるの?」

「はい。毎日、手紙を送っています」

「「え」」

 毎日?

 俺とフィアは、件の料理を食べる手を止め、パッとスタナートを見上げる。

 テーブルの脇に立って話をしていたスタナートがビクッとするが、そんなことはどうでもいい。

「…………毎日は、止めた方がいいよ」

 フィアが意を決したように言葉を絞り出す。フィアの言葉に俺も同意だ。

「そうだな。さすがに毎日はやり過ぎだよな」

「そうだよ。さすがにラウだって毎日はやらないから」

 フィアの口からポロッとこぼれた。

 確かに俺は毎日手紙は書かないが、俺が基準になる必要はあるか?

「フィア、それはどういう意味だ?」

 数十秒にも渡る沈黙の後、フィアは真面目な顔でこう答えた。

「そういう意味」

 うむ、分からん。

 俺は首をひねるばかりだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺、悪役騎士団長に転生する。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:12,000pt お気に入り:2,504

女装転移者と巻き込まれバツイチの日記。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:24

私と運命の番との物語 改稿版

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:196

忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

ミステリー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1

会社を辞めて騎士団長を拾う

BL / 完結 24h.ポイント:1,166pt お気に入り:35

役目を終えて現代に戻ってきた聖女の同窓会

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,750pt お気に入り:77

完結 師匠の魔法使いを孕ませたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:117

処理中です...