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6 討伐大会編

2-10 開発者の現状

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 わたくしは、皇配殿下の指示を受けて、混沌の樹林にやってきた。

「わたくしはただの魔導具師なのに」

 ついつい愚痴が口をついて出るけれども、なんと言っても皇配殿下からの指示。皇配殿下はシュオール様と繋がりのある素晴らしいお方だ。断るわけにもいかなかった。

 メンバーはアルタル皇女殿下を中心に、騎士が八名とわたくしで合計十名。

 王族とはいえ、討伐大会のことは名前だけしか知らない。混沌の樹林へ連れて来られるまでは、どこで何をどう行うかも知らなかった。

 そもそも王族が参加するのは、こういった魔獣討伐のような生々しいものではなかった…………はずだ。
 わたくしも、確か幼いころに参加したと思うのだけれど。記憶がおぼろげで、はっきりと思い出せない。




 スヴェートにある混沌の樹林の入り口から、徒歩で中に入ると、そこは鬱蒼とした場所だった。
 ここを歩いていかないといけないなんて、信じられない。

 この参加メンバーのトップを勤める騎士はアルタル皇女殿下の護衛も勤めているようで、片時もそばを離れなかった。
 アルタル皇女殿下を抱き上げて、スタスタと樹林を歩いていく。

 その後を他の騎士たちが無言でついていくという異様な光景だった。

 わたくしは一番最後。

 誰もわたくしに気遣うことなく、さっさと歩いていくので、イライラしながらもついていく。

「皇配殿下から、シュオール様の御守りをいただいておいて良かった」

 尊い地位にいるにも関わらず、皇配殿下はよく気を配ってくださる。

 自分が参加を指示して無理をさせるからと、シュオール様の神気を込めた御守りをくださったのだ。

 おかげで、足の痛みも感じず、魔導具師のわたくしでも騎士の速さについていくことができた。

「それにしても」

 ふと、周りを見回す。

「どうして、わたくしまで物を運ばなくてはならないのかしら?」

 ぼそっとこぼしても誰も何も答えない。まったくなんなの、この人たちは。

 誰も何も答えないどころか、一番最初にトップを勤める騎士に挨拶した以外は、誰も何も話さない。

 馴れ馴れしく話しかけられても困ると思っていたので、ちょうどいい。

 と、最初は思っていた。

 ところが、樹林に入ってだいぶ経つのに誰も何も話さない。

 なんだか、息が詰まる。

 アルタル皇女殿下はこの状態で大丈夫なのかしら。

 わたくしはどんどんイライラしてきた。




 突然、歩みが止まる。

「どうしたのかしら」

 騎士たちが一所に集まり始めたので、わたくしも急いでそこに向かった。

「休憩、かしら?」

 向かったところは、下草が刈られて開けた場所となっている。草の青臭さが鼻についた。

 そしてそこには敷物が敷かれ、ふかふかのクッションの上に座る皇女殿下と、そばに控えるトップ騎士の姿が。

「あぁ、エルシュミット嬢」

 ガラスのような目をわたくしに向ける騎士。確か名前は、

「カーシェイ卿。休憩でしょうか?」

「はい。アルタル様がお疲れのようなので」

 とたんにうっとりした表情に変わり、アルタル皇女殿下を眺めるカーシェイ卿。

 なんなの、これ?

「はい?」

 アルタル皇女殿下は、あなたが抱き上げていたのではなくて?

 なのにお疲れ?

 あなたが、ではなく?

 意味が分からない。
 まぁ、いいわ。ちょうどいい機会だし。

 わたくしはアルタル皇女殿下に挨拶をしようと、敷物に近づいた。

 その瞬間。

「アルタル様に、近づかないでいただきたい」

 と厳しい視線を向けるカーシェイ卿。鬱陶しい。

「ご挨拶しようと思っただけだわ」

「アルタル様はお疲れなんです」

 カーシェイ卿はそんな言葉を繰り返す。
 何がお疲れだというのかしら。

 皇女殿下も皇女殿下で、自分の護衛騎士を諫めもせず、虚ろな目をこちらに向けているだけ。

 イライラする。

「わたくしはエルシュミットよ」

「知ってます」

「エルメンティア国王の姪よ。王族なのよ」

「それがどうしました? あなたもエルメンティアを捨てた人間でしょう?」

「違うわ。わたくしは選ばれたのよ」

 わたくしは、カーシェイ卿の言葉をすぐさま訂正した。きょとんとするカーシェイ卿に対して、さらに続ける。

「わたくしは魔導具開発の腕を見込まれたの。大会への参加も皇配殿下から依頼されたのよ」

 皇配殿下という言葉を聞いて、周りの騎士たちがざわざわしたが、それだけだった。

「だから、なんです? ここではアルタル様が最優先です」

 そう言い捨てると、カーシェイ卿はくるっと振り向いて、アルタル皇女殿下のそばに跪く。

 皇女殿下の方もぷいっとわたくしから顔を背けた。

「いったい、なんなの?」

 さすがに貴賓のように扱えとは言わないけれども、この扱いはあり得ないわ。皇女殿下の態度もなんなのよ。

 わたくしは敷物から離れ、一番遠くに控えていた女性騎士に話しかけた。他の騎士に聞こえないくらいの声で。

「あなた確か、ノルンガルス卿だったわね。高位の精霊騎士の」

 高位の、という言葉に気を良くしたのか、ノルンガルス卿は冷たい表情を少し和らげた。

「カーシェイ卿は竜種で、皇女殿下は竜種の伴侶です」

 ノルンガルス卿の話から察するに、カーシェイ卿に何を言っても無駄ということかしらね。

 それなら、なおのこと、皇女殿下がカーシェイ卿を諫めないといけないのに。

「ともかく、皇女殿下のメダルのおかげで、魔獣討伐が楽にできるのですから。問題を起こさなようお願いします」

「皇女殿下のメダルって。あれを作ったのはわたくしよ。わたくしのメダルよ」

 わたくしのメダルを強調するも、

「皇女殿下がメダルを使っていらっしゃるので、皆、皇女殿下のメダルと呼んでいるんです」

 そんなあり得ない言葉が返ってくるだけだった。

 皇配殿下の指示で来たというのに、ここでのわたくしの扱いは、第三塔にいたとき以下。

「わたくしのメダルを、自分の物のようにしているなんて」

 わたくしは遠く離れたところから、皇女殿下を睨みつけた。あの竜種の騎士に見つからないよう、そっと。

「わたくしのメダルがなければ、何の力もない小娘のくせに」

 わたくしはそっと歯噛みをする。

 一度高ぶった感情は消えることなく、わたくしの心に住み着いてしまった。

 そしてその感情が、シュオール様の御守りによってさらにさらに大きくなるとは、まったく予想していなかった。
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