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6 討伐大会編
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「イリニ、大丈夫?」
「ちょっとこれはヤバいな」
あー、イリニがこれを食らうのは初めてだったわ。自分のことじゃなかったので、うっかりしてた。
溢れ出てくる混沌の気の方にばかり気を取られていて、あの叫び声に注意を向けなかったのがそもそもの間違い。
叫び声自体も、こっちの身体に影響を及ぼすんだったっけ。
混沌の気ほどではないにしろ、叫び声も厄介な代物だった。
実際、何度聞いても、何を言ってるのかがさっぱり分からない。
名もなき混乱と感情の神へ捧げる祈りの言葉なんだろうか。意味不明の文言というか、雑音に近いような響きを持つ。
イリニを見ると、大盾をひじで支えながら、両手で耳をふさぐという器用なことをしていた。
手でふさいだどころで、叫び声が聞こえなくならないのに。
ピンク本人はともかく、すぐそばにいるカーシェイさんも、周りにいる騎士たちも、なんともない顔をしていた。
あの開発者は叫び声を聞いて、どんな反応なのかと思い、チラッと、開発者がいた場所に目をやる。
開発者と付き従っていた騎士がいた場所は、すでに誰もおらず、混沌の樹林が漂わせる気と闇が渦巻くだけだった。
逃げたのか、それとも場所を変えたのか。
どちらにしろ、カーシェイさんや騎士が何ともないのだから、あの開発者も影響は受けていなさそうだ。
あの人もかなりヤバそうな人だったしね。
私がピンクから目を離した隙に、ピンクは二度目の叫び声をあげる。
ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!
歯を食いしばって、目を細めた。
私だって、まったく問題がないわけでもない。
ピンクの叫び声は直接、頭の中に響いているような感じで、少し遅れて頭痛と吐き気がこみ上げてくる。
だから、耳をふさいだところで、何も変わらない。
隣にいるイリニも私と同じように、しっかり口を結んでいた。かなりつらそう。
ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!
ピンクがみたび、叫び声をあげる。
死人のような顔色でうっすら笑みを浮かべる様は、不気味なものを感じた。
魔獣化しているというか、これではもはや、魔物化のような。
「あそこまで行くと、人型の魔獣というより魔物だろ」
イリニが誰に聞かせるともなく、つぶやく。イリニも私と同じことを思っていたようだ。
すると、イリニのつぶやきにピンクがぴくりと反応した。
「魔物ですって。まったく、失礼な、」
ゴフッ
「アルタル様?!」
話の途中で突然、血を吐くピンク。
慌てて声を上げるカーシェイさん。
ピンクは口元を真っ赤にして、フラッとよろめいた。
カーシェイさんが、さっとそばに寄り添い、慌ててピンクを支える。
ピンクは口から血を吐き、かろうじて立っているという状態だった。
よくよく見ると、どす黒い肌は乾燥してカサカサだし、唇はひび割れている。
身体が力に耐えられないんだ。
武道大会のときも同じ状態になってたけど、今はあの時よりさらに状態が悪く見える。
よし。
このままいけば、弱ったピンクを制圧できそうだ。ここさえ持ちこたえれば、ピンクが自滅してくれる。
私たちに勝機が見えてきた、まさにその時。
ゴフッ
私の真横でも血を吐く物音が聞こえた。
「イリニ!」
身体が耐えきれなかったのは、ピンクだけではなかった。
叫び声の影響か、混沌の気の影響か。
イリニが膝から崩れ落ちると同時に、守護の大盾が解け、私たちを守ってくれていたものが一瞬で消え失せる。
「イリニ!」
さっと駆け寄って、腕を取り、頭が地面に叩きつけられるのは防いだ。
重い。イリニの体重が腕にのしかかる。重くて腕が痺れそう。
「アハハハハハハハ。神に選ばれた人間に逆らうから、そうなるのよ」
「これで分かったでしょう、破壊の赤種。神に逆らうのがどれだけ愚かなことか」
ピンクの何かが合図になったのか。大芋虫の魔物が、一斉にブニッと蠢きだした。
大鎌を振ろうにも、イリニの身体が邪魔だ。イリニから手を離せば、大芋虫はイリニに向かって群がるだろうし。
もう、ダメだ。
私は目をつぶる。
ラウ、大丈夫だって言ってたのに。
私を守るからって、ラウはそう言ってたのに。
肝心なときに、どうして、そばにいてくれないの?
「さぁ、行くわよ。シュオール様のところへ」
ピンクの声が耳に響いた。
そのとたん、唐突に頭の中が冷たくなる。
そうだ。私がラウから離れたから、こうなったんだ。私ひとりいれば、魔獣も魔物も問題ないって、勝手に思い込んで。
ラウと離れるんじゃなかったな。
ラウ、きっと心配しているだろうな。
心配かけてごめん、ラウ。
私は目を開けた。
目の前に迫りくる大芋虫。その後ろから包囲を狭めるスヴェートの騎士たち。魔狼もいる。
混沌の気も全体にまとわりつきながら、こちらに押し寄せてくる。
それでも、最後の最後まであらがってやる。
イリニをゆっくり静かに足元に横たえると、私は決意を持って大鎌を構えた。
ブニブニと蠢く大芋虫の群れが、一斉に跳ね上がる。
あと少し。大鎌の届く範囲に入る。
と、間際まで迫った瞬間。
「そんなことをしても無駄よ! アハハハハ……ハァア?!」
私の周りが、目を開けていられないくらい激しく光り、ピンクも私も視力と言葉を同時に失った。
何が起きたの?!
「ちょっとこれはヤバいな」
あー、イリニがこれを食らうのは初めてだったわ。自分のことじゃなかったので、うっかりしてた。
溢れ出てくる混沌の気の方にばかり気を取られていて、あの叫び声に注意を向けなかったのがそもそもの間違い。
叫び声自体も、こっちの身体に影響を及ぼすんだったっけ。
混沌の気ほどではないにしろ、叫び声も厄介な代物だった。
実際、何度聞いても、何を言ってるのかがさっぱり分からない。
名もなき混乱と感情の神へ捧げる祈りの言葉なんだろうか。意味不明の文言というか、雑音に近いような響きを持つ。
イリニを見ると、大盾をひじで支えながら、両手で耳をふさぐという器用なことをしていた。
手でふさいだどころで、叫び声が聞こえなくならないのに。
ピンク本人はともかく、すぐそばにいるカーシェイさんも、周りにいる騎士たちも、なんともない顔をしていた。
あの開発者は叫び声を聞いて、どんな反応なのかと思い、チラッと、開発者がいた場所に目をやる。
開発者と付き従っていた騎士がいた場所は、すでに誰もおらず、混沌の樹林が漂わせる気と闇が渦巻くだけだった。
逃げたのか、それとも場所を変えたのか。
どちらにしろ、カーシェイさんや騎士が何ともないのだから、あの開発者も影響は受けていなさそうだ。
あの人もかなりヤバそうな人だったしね。
私がピンクから目を離した隙に、ピンクは二度目の叫び声をあげる。
ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!
歯を食いしばって、目を細めた。
私だって、まったく問題がないわけでもない。
ピンクの叫び声は直接、頭の中に響いているような感じで、少し遅れて頭痛と吐き気がこみ上げてくる。
だから、耳をふさいだところで、何も変わらない。
隣にいるイリニも私と同じように、しっかり口を結んでいた。かなりつらそう。
ヰィ゛ィ゛ィ゛ィ゛!
ピンクがみたび、叫び声をあげる。
死人のような顔色でうっすら笑みを浮かべる様は、不気味なものを感じた。
魔獣化しているというか、これではもはや、魔物化のような。
「あそこまで行くと、人型の魔獣というより魔物だろ」
イリニが誰に聞かせるともなく、つぶやく。イリニも私と同じことを思っていたようだ。
すると、イリニのつぶやきにピンクがぴくりと反応した。
「魔物ですって。まったく、失礼な、」
ゴフッ
「アルタル様?!」
話の途中で突然、血を吐くピンク。
慌てて声を上げるカーシェイさん。
ピンクは口元を真っ赤にして、フラッとよろめいた。
カーシェイさんが、さっとそばに寄り添い、慌ててピンクを支える。
ピンクは口から血を吐き、かろうじて立っているという状態だった。
よくよく見ると、どす黒い肌は乾燥してカサカサだし、唇はひび割れている。
身体が力に耐えられないんだ。
武道大会のときも同じ状態になってたけど、今はあの時よりさらに状態が悪く見える。
よし。
このままいけば、弱ったピンクを制圧できそうだ。ここさえ持ちこたえれば、ピンクが自滅してくれる。
私たちに勝機が見えてきた、まさにその時。
ゴフッ
私の真横でも血を吐く物音が聞こえた。
「イリニ!」
身体が耐えきれなかったのは、ピンクだけではなかった。
叫び声の影響か、混沌の気の影響か。
イリニが膝から崩れ落ちると同時に、守護の大盾が解け、私たちを守ってくれていたものが一瞬で消え失せる。
「イリニ!」
さっと駆け寄って、腕を取り、頭が地面に叩きつけられるのは防いだ。
重い。イリニの体重が腕にのしかかる。重くて腕が痺れそう。
「アハハハハハハハ。神に選ばれた人間に逆らうから、そうなるのよ」
「これで分かったでしょう、破壊の赤種。神に逆らうのがどれだけ愚かなことか」
ピンクの何かが合図になったのか。大芋虫の魔物が、一斉にブニッと蠢きだした。
大鎌を振ろうにも、イリニの身体が邪魔だ。イリニから手を離せば、大芋虫はイリニに向かって群がるだろうし。
もう、ダメだ。
私は目をつぶる。
ラウ、大丈夫だって言ってたのに。
私を守るからって、ラウはそう言ってたのに。
肝心なときに、どうして、そばにいてくれないの?
「さぁ、行くわよ。シュオール様のところへ」
ピンクの声が耳に響いた。
そのとたん、唐突に頭の中が冷たくなる。
そうだ。私がラウから離れたから、こうなったんだ。私ひとりいれば、魔獣も魔物も問題ないって、勝手に思い込んで。
ラウと離れるんじゃなかったな。
ラウ、きっと心配しているだろうな。
心配かけてごめん、ラウ。
私は目を開けた。
目の前に迫りくる大芋虫。その後ろから包囲を狭めるスヴェートの騎士たち。魔狼もいる。
混沌の気も全体にまとわりつきながら、こちらに押し寄せてくる。
それでも、最後の最後まであらがってやる。
イリニをゆっくり静かに足元に横たえると、私は決意を持って大鎌を構えた。
ブニブニと蠢く大芋虫の群れが、一斉に跳ね上がる。
あと少し。大鎌の届く範囲に入る。
と、間際まで迫った瞬間。
「そんなことをしても無駄よ! アハハハハ……ハァア?!」
私の周りが、目を開けていられないくらい激しく光り、ピンクも私も視力と言葉を同時に失った。
何が起きたの?!
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