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7 帝国動乱編
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神官長が去ると、各自、ソファーやイスに腰かけ、くつろぎ始めた。
式典に参加する人員以外に、護衛や世話係がついてきているので、広々とした部屋もそれなりに手狭に見える。
「さすがに、ここでは何も仕掛けてこないだろ」
そう言って、ラウもどっかりとソファーに座り込んだ。もちろん、私も隣に座らせられている。
「いろいろ、用意されているんだね」
「そうだな。式典まであと三時間もあるんだから、少し口にしておいた方がいい」
給仕が軽食を小皿に取り分け、塔長や第八師団長に運ぶのが見えた。
銀竜さんと紫竜さんもさっそく何か、口にしている。
よし、私も。
と思ったそばから、
「クロスフィアさん、何をお持ちしましょうか」
「クロスフィア様、しっかり水分も摂ってください」
ルミアーナさんとジンクレストの声。
メモリアなんて、私とラウ、二人分のお茶とサンドイッチを並べ始めているし。
まぁ、お腹が空いているのは事実だからと手を伸ばし、一口、かじる。
美味しい。
もう一つと手を伸ばしたところで、バーンと扉が開いた。
「ああー、いたいた! クロスフィア!」
騒がしい声の主は、参加者には入っていなかったはずのイリニ。
ということは、ザイオン代表として、ここまでやってきたのか。ザイオンを辞めてエルメンティアに就職したはずななのに、何それ。
改めて、私は、イリニのいいとこ取りぶりに唖然となった。
「ウルサい!」
予想通り、ラウが不機嫌な声を上げる。
「俺のフィアに纏わりつくな! フィアの面倒はすべて夫の俺の仕事だ!」
「ピリピリするなよ、黒竜」
うん、ルミアーナさんやジンクレストだけでなくメモリアまでも、ラウの迫力に動きが止まった。
悠々と返事をするのはイリニだけ。
そのイリニは真向かいのソファーに腰を下ろして、メモリアが運んできたサンドイッチに手を伸ばしていた。
「俺の生き甲斐を奪おうとするやつは万死に値する」
「だから、そんなにピリピリするなって」
イリニが来るまで、ラウだって私のお世話はしてなかったんだけどなぁ。
あれこれ纏わりついていたのは、ルミアーナさんにジンクレストだし、サンドイッチやお茶を運んできたのはメモリアだ。
ラウは私を抱えて座っていただけ。
なのにこの機嫌の悪さは、少し解せない。
「ウルサい!」
ガブッ
「痛っ」
かじられた?!
八つ当たりは私じゃなくてイリニにやってほしい。
「ラウ、どこ、かじってんのよ! じゃなくて、かじらないで。痛い」
「フィアが俺に冷たい」
いきなりかじられて、温かく反応できる人はいないと思う。
「冷たくない。食べ物じゃないんだし。かじられると痛いんだって」
そもそも、なんでいきなり、かじる?
私の抗議を受けて神妙な顔をするラウ。
「キスなら、いいんだな」
これまた、返しがおかしい。
「うっ。いや、まぁ。かじられるよりは」
「いいんだな」
そして圧が凄い。
「…………うん」
「よし」
チュッ
かじられたところにキスをされた。
もういいや。ラウがおかしいのは最初からだからな。
このところ輪をかけてさらにさらにおかしくなっているので、もう少しくらいおかしくたって実害はない。はずだ。たぶん。
私は開き直った。
公衆の面前で、ソファーに座ったまま、横から抱きつかれて、うなじのところにキスされてるけど。
見るなら見ろ。いまさらだ。
恥ずかしくなんてあるものか。
開き直ると、世の中、見える物が増えてくるような気がするから、とても不思議だった。
今も、目の前の銀竜さんと紫竜さんがキラキラした目で、私とラウをガン見している姿が見える。
「なんか、銀竜さんと紫竜さんに拍手されてるような気がする」
「気のせいじゃない。喜んでるんだ」
銀竜さんの隣にはデルストームさんがいて、彼の方はキラキラではなくウルウルしていた。
泣く要素、どこかにあった?
「デルストームさんがウルウルしている」
「俺たちの愛の深さに感動したんだろ」
感動する要素、もっとないよね?
そう頭の中で思ったことがポロッと口から出てきた。
「今、感動するようなところ、あった?」
「「あった」」
目の前の竜種三人と、なんと、脇で大口あけてお肉をムシャムシャと食べていたカーネリウスさんまでが声を揃えた。
「えー。ぜんっぜん、分からない」
「これで黒竜も安心だね」
「あの小さかった黒竜がなぁ」
「金竜にも見せてあげたかったね」
「ダイジョーブ! ちゃーんと記録に残したから!」
竜種四人の隣には、ちゃっかり、記録用の魔導具を高々と持つエルヴェスさんの姿もある。
私は忘れていた。
竜種から同意を求められたら、軽く受けてしまってはいけないことを。面倒くさがってすぐに頷いてはいけないことを。
「もしかして、伴侶の契約って二段階で終わりじゃないとか?」
「さすが赤種。鋭いな」
やっっっっっぱり。
気がつくのが遅かった。むしろ遅すぎたくらいだ。赤種じゃなくても分かるよね。鋭くもないよね。
「伴侶の最終契約、完了だよ。おめでとう」
「最終契約」
仮契約(勝手にやられた)と本契約(意識朦朧としてるときにやられた)の話は聞いたけど。最終契約なんて初めて聞く話。
「これで新婚終了だね」
「早かったなぁ」
「結婚式はまだでしたよね」
「なら、次は結婚式だな」
呆然とする私とは正反対に、結婚式の話で盛り上がる竜種たちは、お茶のカップを掲げた。
「順番が、違いすぎる」
「それこそ、いまさらだろ」
イリニのもっともな指摘が私の頭を直撃した。
式典に参加する人員以外に、護衛や世話係がついてきているので、広々とした部屋もそれなりに手狭に見える。
「さすがに、ここでは何も仕掛けてこないだろ」
そう言って、ラウもどっかりとソファーに座り込んだ。もちろん、私も隣に座らせられている。
「いろいろ、用意されているんだね」
「そうだな。式典まであと三時間もあるんだから、少し口にしておいた方がいい」
給仕が軽食を小皿に取り分け、塔長や第八師団長に運ぶのが見えた。
銀竜さんと紫竜さんもさっそく何か、口にしている。
よし、私も。
と思ったそばから、
「クロスフィアさん、何をお持ちしましょうか」
「クロスフィア様、しっかり水分も摂ってください」
ルミアーナさんとジンクレストの声。
メモリアなんて、私とラウ、二人分のお茶とサンドイッチを並べ始めているし。
まぁ、お腹が空いているのは事実だからと手を伸ばし、一口、かじる。
美味しい。
もう一つと手を伸ばしたところで、バーンと扉が開いた。
「ああー、いたいた! クロスフィア!」
騒がしい声の主は、参加者には入っていなかったはずのイリニ。
ということは、ザイオン代表として、ここまでやってきたのか。ザイオンを辞めてエルメンティアに就職したはずななのに、何それ。
改めて、私は、イリニのいいとこ取りぶりに唖然となった。
「ウルサい!」
予想通り、ラウが不機嫌な声を上げる。
「俺のフィアに纏わりつくな! フィアの面倒はすべて夫の俺の仕事だ!」
「ピリピリするなよ、黒竜」
うん、ルミアーナさんやジンクレストだけでなくメモリアまでも、ラウの迫力に動きが止まった。
悠々と返事をするのはイリニだけ。
そのイリニは真向かいのソファーに腰を下ろして、メモリアが運んできたサンドイッチに手を伸ばしていた。
「俺の生き甲斐を奪おうとするやつは万死に値する」
「だから、そんなにピリピリするなって」
イリニが来るまで、ラウだって私のお世話はしてなかったんだけどなぁ。
あれこれ纏わりついていたのは、ルミアーナさんにジンクレストだし、サンドイッチやお茶を運んできたのはメモリアだ。
ラウは私を抱えて座っていただけ。
なのにこの機嫌の悪さは、少し解せない。
「ウルサい!」
ガブッ
「痛っ」
かじられた?!
八つ当たりは私じゃなくてイリニにやってほしい。
「ラウ、どこ、かじってんのよ! じゃなくて、かじらないで。痛い」
「フィアが俺に冷たい」
いきなりかじられて、温かく反応できる人はいないと思う。
「冷たくない。食べ物じゃないんだし。かじられると痛いんだって」
そもそも、なんでいきなり、かじる?
私の抗議を受けて神妙な顔をするラウ。
「キスなら、いいんだな」
これまた、返しがおかしい。
「うっ。いや、まぁ。かじられるよりは」
「いいんだな」
そして圧が凄い。
「…………うん」
「よし」
チュッ
かじられたところにキスをされた。
もういいや。ラウがおかしいのは最初からだからな。
このところ輪をかけてさらにさらにおかしくなっているので、もう少しくらいおかしくたって実害はない。はずだ。たぶん。
私は開き直った。
公衆の面前で、ソファーに座ったまま、横から抱きつかれて、うなじのところにキスされてるけど。
見るなら見ろ。いまさらだ。
恥ずかしくなんてあるものか。
開き直ると、世の中、見える物が増えてくるような気がするから、とても不思議だった。
今も、目の前の銀竜さんと紫竜さんがキラキラした目で、私とラウをガン見している姿が見える。
「なんか、銀竜さんと紫竜さんに拍手されてるような気がする」
「気のせいじゃない。喜んでるんだ」
銀竜さんの隣にはデルストームさんがいて、彼の方はキラキラではなくウルウルしていた。
泣く要素、どこかにあった?
「デルストームさんがウルウルしている」
「俺たちの愛の深さに感動したんだろ」
感動する要素、もっとないよね?
そう頭の中で思ったことがポロッと口から出てきた。
「今、感動するようなところ、あった?」
「「あった」」
目の前の竜種三人と、なんと、脇で大口あけてお肉をムシャムシャと食べていたカーネリウスさんまでが声を揃えた。
「えー。ぜんっぜん、分からない」
「これで黒竜も安心だね」
「あの小さかった黒竜がなぁ」
「金竜にも見せてあげたかったね」
「ダイジョーブ! ちゃーんと記録に残したから!」
竜種四人の隣には、ちゃっかり、記録用の魔導具を高々と持つエルヴェスさんの姿もある。
私は忘れていた。
竜種から同意を求められたら、軽く受けてしまってはいけないことを。面倒くさがってすぐに頷いてはいけないことを。
「もしかして、伴侶の契約って二段階で終わりじゃないとか?」
「さすが赤種。鋭いな」
やっっっっっぱり。
気がつくのが遅かった。むしろ遅すぎたくらいだ。赤種じゃなくても分かるよね。鋭くもないよね。
「伴侶の最終契約、完了だよ。おめでとう」
「最終契約」
仮契約(勝手にやられた)と本契約(意識朦朧としてるときにやられた)の話は聞いたけど。最終契約なんて初めて聞く話。
「これで新婚終了だね」
「早かったなぁ」
「結婚式はまだでしたよね」
「なら、次は結婚式だな」
呆然とする私とは正反対に、結婚式の話で盛り上がる竜種たちは、お茶のカップを掲げた。
「順番が、違いすぎる」
「それこそ、いまさらだろ」
イリニのもっともな指摘が私の頭を直撃した。
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