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7 王女殿下と木精編
3-11 そしてとある日のダイアナ
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「うぅぅぅ。苦い。苦すぎますわ」
わたくしは右手を口元に当てて呻きました。苦いといっても、吐き出すことも出来ないので、我慢して飲み込むしかありません。
あまりの苦さに吐きそうになるのを堪えてなんとか飲み込むと、瞳が涙で滲んできました。
今は昼休憩の最中で、他の方々は、食堂に出かけています。周りにはどなたもいませんでした。
今、わたくしは一人で、王宮魔術師団の本部、筆頭様の開発部にいます。
実は、わたくし。筆頭様が提案した訓練とやらを承諾したのです。
すると、どうでしょう。
今までは、結界の強化で王城を歩き回ったり、外部からの依頼であちこち行かされていたりしたのが、パタリとなくなりまして。
今では、筆頭様直属の開発部の一員として、働いておりますの。
王宮魔術師団というところは、筆頭様の直属というだけで、羨望の眼差しで見てくる方ばかり。
正直なところを申せば、羨望の眼差しの中に、わたくしの実力に対しての嫉妬めいた物も混じっております。
嫉妬は、どす黒くて嫌な感情です。
それが自分に向けられるとなると、とても気持ちの良いものではないと思っておりましたが。
実際に向けられてみると、思いのほか、気持ちの良いものです。
わたくしが頂点に立ったような気がして。
だって、そうでしょう?
皆様方が羨むだけのものをわたくしが持っていて、羨みたくなるような位置にわたくしがいるということですから。
とはいえ、今のわたくしは、五強の主ではありません。
史上初の二本の五強の主となるために、わたくしには、乗り越えなければならない試練がありました。
それが、
わたくしの左手に収まっている革の小袋の中の物。
未だ、苦味が口の中に残り、嗅覚までおかしくなりそうな状況で、わたくしは小袋の口を開きました。
ギラリ
中には鈍く光る黒い塊。
触れ合ってカチカチと硬質な音を立てていますが、食してみると、ガリガリと歯で噛み砕ける程度。意外と食感はいいです。
が。
味がいただけません。
もの凄く苦い。
口の中に苦味が残ると申しましたが、その後に甘いものや酸味のあるものを食しても苦味が取れず、味覚までおかしくなりそうなほどなのです。
この黒い塊には、わたくしの魔力を補う効果があるのだとか。
外から身体の中に魔力を入れても、溜まることはありません。なぜなら、一定の早さで身体の中から無くなってしまうから。
ところが、わたくしどもの筆頭様は、その欠点を相殺する革新的な方法を見つけだしましたの。
「身体の中から無くなる速さを越える速さで魔力を補い続ければ、魔力の増大につながる。そういった研究成果が出ていると、筆頭様はおっしゃっていましたわ」
だから、わたくしは筆頭様が指示するペースで、黒い塊を食べ続けなければなりません。
「これもわたくしの魔力アップのため。ひいては名のある杖の主となるため」
わたくしは塊をまた一つ、手に取り、口に運びます。
口の中が苦くなり味覚も嗅覚もおかしくなってきましたけれど、考えてみれば、常に苦味を感じる以外は問題ないような。
この塊を食べるようになってから、空腹を感じにくくなりましたから。
そもそも、この塊。魔力だけでなく、わたくしの栄養にもなっているのでしょう。
わたくしは、黒い塊を口に運びながら、初めの頃に筆頭様からの言葉を思い起こしてみました。
魔力増加の訓練を受諾するとすぐ、筆頭様はわたくしに、革の小袋を与えました。中には黒い塊。
筆頭様からの指示は簡潔です。
「一日でこの袋の中の物をすべて食べるように。これを毎日繰り返すこと」
それからというもの、毎日、筆頭様から直接、革の小袋が手渡されるようになりました。
空になった小袋を渡し、ずっしりと重い小袋を受け取る。その繰り返しです。
簡単な訓練だと思っていたわたくしは、最初の一つですぐに挫折しました。あまりにも苦くてマズい。
とても二つ目に手が出なくなったわたくしは、お断りしようかと、筆頭様に面談を申し込んだのです。
「あの、筆頭様」
「どうかしたかな、セイクリウス嬢」
「筆頭様からいただきました、これなのですが」
「あぁ。魔力が身体に満ちてくるだろう? 僕の自信作なんだよ」
長年の研究が実って心の底から嬉しがる筆頭様を前にすると、わたくしはなかなか言葉が出てきませんでした。
それでも、おずおずと口を開きます。
「そうです、それなのですが」
「何か言いにくいことでもあるのかな、ダイアナ・セイクリウス嬢」
わたくしの表情を見て、何かを感じたのか、筆頭様の方からわたくしに尋ねてきました。
わたくしは大きく息を吸って、さっと吐くと、勇気を出して喋り始めます。
「味が…………、苦味が強くて、なかなか、筆頭様のおっしゃるペースでいただくことが出来なくて」
なかなかどころか、二つ目すら食べられません。そう言いたいところですが、さすがにそこまで正直に話すことが出来ませんでした。
なにしろ、筆頭様が呆れた目でわたくしを見ていましたから。
「なんだ、苦いから食べられないと?」
筆頭様を失望させるつもりは毛頭ありませんが、この訓練はお断りさせていただきたい。
そう申し上げたいのに、言葉が出てきません。
「この塊は魔力の素だよ。これを僕の言ったペースで食べるだけ。それだけで、五強の杖の主になれるんだ。なのに、自らチャンスを逃すつもりなんだな」
「あの、それが…………」
「苦いから食べられない。食べなければ主になれない。つまりは、苦いから杖の主は諦める。それがどれほど愚考なのか、優秀な君なら理解できるはずだけどな」
ただ苦いだけ。
それすらも我慢が出来ないのか。
そんな覚悟で主になれると思っているのか。
そう責められているようで、けっきょく、わたくしはお断りが出来ませんでした。
「…………わたくしが浅慮でした」
「まったく。君は五強の主、しかも、史上初の五強の杖の二本持ちに挑戦している。そのためには、それなりの代償も必要なんだよ。分かっているよな?」
「重々、承知しております」
「分かっていればいいんだ。くれぐれもペースを落とさないように」
そのように声をかけると、筆頭様はまた機嫌よく、わたくしに接していただけるようになったのです。
それからは、最初の通り。
筆頭様直属の開発部で、魔力増強の研究資料をまとめるかたわら、黒い塊を食べ続ける毎日。
苦さに慣れることはなく、今も吐き戻しそうになりながら、一つ、また一つと塊を口にしていみす。
誰もいない開発部の部屋で、わたくしが塊を噛み砕く音だけが聞こえていました。
もう、お断りすることも出来ないので、ひたすら訓練が成功して、無事に杖の主になるのを願うのみ。
「主となれば、我がセイクリウス家は再び、魔導一族として注目されますわ。だから、わたくしが、わたくしこそが尽力しなければ」
言葉に出して自分を奮い立たせながら、わたくしはまた一つ、黒い塊を口にするのでした。
わたくしは右手を口元に当てて呻きました。苦いといっても、吐き出すことも出来ないので、我慢して飲み込むしかありません。
あまりの苦さに吐きそうになるのを堪えてなんとか飲み込むと、瞳が涙で滲んできました。
今は昼休憩の最中で、他の方々は、食堂に出かけています。周りにはどなたもいませんでした。
今、わたくしは一人で、王宮魔術師団の本部、筆頭様の開発部にいます。
実は、わたくし。筆頭様が提案した訓練とやらを承諾したのです。
すると、どうでしょう。
今までは、結界の強化で王城を歩き回ったり、外部からの依頼であちこち行かされていたりしたのが、パタリとなくなりまして。
今では、筆頭様直属の開発部の一員として、働いておりますの。
王宮魔術師団というところは、筆頭様の直属というだけで、羨望の眼差しで見てくる方ばかり。
正直なところを申せば、羨望の眼差しの中に、わたくしの実力に対しての嫉妬めいた物も混じっております。
嫉妬は、どす黒くて嫌な感情です。
それが自分に向けられるとなると、とても気持ちの良いものではないと思っておりましたが。
実際に向けられてみると、思いのほか、気持ちの良いものです。
わたくしが頂点に立ったような気がして。
だって、そうでしょう?
皆様方が羨むだけのものをわたくしが持っていて、羨みたくなるような位置にわたくしがいるということですから。
とはいえ、今のわたくしは、五強の主ではありません。
史上初の二本の五強の主となるために、わたくしには、乗り越えなければならない試練がありました。
それが、
わたくしの左手に収まっている革の小袋の中の物。
未だ、苦味が口の中に残り、嗅覚までおかしくなりそうな状況で、わたくしは小袋の口を開きました。
ギラリ
中には鈍く光る黒い塊。
触れ合ってカチカチと硬質な音を立てていますが、食してみると、ガリガリと歯で噛み砕ける程度。意外と食感はいいです。
が。
味がいただけません。
もの凄く苦い。
口の中に苦味が残ると申しましたが、その後に甘いものや酸味のあるものを食しても苦味が取れず、味覚までおかしくなりそうなほどなのです。
この黒い塊には、わたくしの魔力を補う効果があるのだとか。
外から身体の中に魔力を入れても、溜まることはありません。なぜなら、一定の早さで身体の中から無くなってしまうから。
ところが、わたくしどもの筆頭様は、その欠点を相殺する革新的な方法を見つけだしましたの。
「身体の中から無くなる速さを越える速さで魔力を補い続ければ、魔力の増大につながる。そういった研究成果が出ていると、筆頭様はおっしゃっていましたわ」
だから、わたくしは筆頭様が指示するペースで、黒い塊を食べ続けなければなりません。
「これもわたくしの魔力アップのため。ひいては名のある杖の主となるため」
わたくしは塊をまた一つ、手に取り、口に運びます。
口の中が苦くなり味覚も嗅覚もおかしくなってきましたけれど、考えてみれば、常に苦味を感じる以外は問題ないような。
この塊を食べるようになってから、空腹を感じにくくなりましたから。
そもそも、この塊。魔力だけでなく、わたくしの栄養にもなっているのでしょう。
わたくしは、黒い塊を口に運びながら、初めの頃に筆頭様からの言葉を思い起こしてみました。
魔力増加の訓練を受諾するとすぐ、筆頭様はわたくしに、革の小袋を与えました。中には黒い塊。
筆頭様からの指示は簡潔です。
「一日でこの袋の中の物をすべて食べるように。これを毎日繰り返すこと」
それからというもの、毎日、筆頭様から直接、革の小袋が手渡されるようになりました。
空になった小袋を渡し、ずっしりと重い小袋を受け取る。その繰り返しです。
簡単な訓練だと思っていたわたくしは、最初の一つですぐに挫折しました。あまりにも苦くてマズい。
とても二つ目に手が出なくなったわたくしは、お断りしようかと、筆頭様に面談を申し込んだのです。
「あの、筆頭様」
「どうかしたかな、セイクリウス嬢」
「筆頭様からいただきました、これなのですが」
「あぁ。魔力が身体に満ちてくるだろう? 僕の自信作なんだよ」
長年の研究が実って心の底から嬉しがる筆頭様を前にすると、わたくしはなかなか言葉が出てきませんでした。
それでも、おずおずと口を開きます。
「そうです、それなのですが」
「何か言いにくいことでもあるのかな、ダイアナ・セイクリウス嬢」
わたくしの表情を見て、何かを感じたのか、筆頭様の方からわたくしに尋ねてきました。
わたくしは大きく息を吸って、さっと吐くと、勇気を出して喋り始めます。
「味が…………、苦味が強くて、なかなか、筆頭様のおっしゃるペースでいただくことが出来なくて」
なかなかどころか、二つ目すら食べられません。そう言いたいところですが、さすがにそこまで正直に話すことが出来ませんでした。
なにしろ、筆頭様が呆れた目でわたくしを見ていましたから。
「なんだ、苦いから食べられないと?」
筆頭様を失望させるつもりは毛頭ありませんが、この訓練はお断りさせていただきたい。
そう申し上げたいのに、言葉が出てきません。
「この塊は魔力の素だよ。これを僕の言ったペースで食べるだけ。それだけで、五強の杖の主になれるんだ。なのに、自らチャンスを逃すつもりなんだな」
「あの、それが…………」
「苦いから食べられない。食べなければ主になれない。つまりは、苦いから杖の主は諦める。それがどれほど愚考なのか、優秀な君なら理解できるはずだけどな」
ただ苦いだけ。
それすらも我慢が出来ないのか。
そんな覚悟で主になれると思っているのか。
そう責められているようで、けっきょく、わたくしはお断りが出来ませんでした。
「…………わたくしが浅慮でした」
「まったく。君は五強の主、しかも、史上初の五強の杖の二本持ちに挑戦している。そのためには、それなりの代償も必要なんだよ。分かっているよな?」
「重々、承知しております」
「分かっていればいいんだ。くれぐれもペースを落とさないように」
そのように声をかけると、筆頭様はまた機嫌よく、わたくしに接していただけるようになったのです。
それからは、最初の通り。
筆頭様直属の開発部で、魔力増強の研究資料をまとめるかたわら、黒い塊を食べ続ける毎日。
苦さに慣れることはなく、今も吐き戻しそうになりながら、一つ、また一つと塊を口にしていみす。
誰もいない開発部の部屋で、わたくしが塊を噛み砕く音だけが聞こえていました。
もう、お断りすることも出来ないので、ひたすら訓練が成功して、無事に杖の主になるのを願うのみ。
「主となれば、我がセイクリウス家は再び、魔導一族として注目されますわ。だから、わたくしが、わたくしこそが尽力しなければ」
言葉に出して自分を奮い立たせながら、わたくしはまた一つ、黒い塊を口にするのでした。
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