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7 王女殿下と木精編
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昼休憩が終わると、開発部にも人が戻ってまいりました。
基本的にここの方々は、研究開発以外に興味は持たないようで、わたくしが何をしているか、食事はしたのか、いつ帰るのか、尋ねてくることはありません。
自分の研究に没頭しているため、会話もなく静か。
それがここの日常でした。
ところが、今日に限ってはいつもの静けさが逆効果になってしまったようです。
というのも、
「苦くて食べられない、だって?!」
隣の部屋、つまり、筆頭様の専用研究室から怒鳴り声が聞こえました。小さく、ではありますが。
こちらの部屋がここまで静かではなく、そして、筆頭様がいつもと同じ程度の穏やかさで話されていたなら、声が漏れ聞こえてくるはずもなかったのでしょう。
「僕が指示したペースの半分しか進んでないじゃないか! それで?! あのさぁ、やる気はあるのかなぁ? あるならさぁ、指示通りのペースで進めてほしいんだけどな」
話し相手の声は聞こえません。
ですが、筆頭様が話す内容から、わたくしと同じく黒い塊を食べている人物であることが窺えました。
「今のペースだと、杖を呼び出すどころか、契約の維持も難しいんだ。君は学院で首席だったのだから、もちろん理解しているとは思うけどね!」
どうやら、わたくしより先に杖の主となっていて、学院で首席だった人物。
思い当たる魔術師が一人。
でも、まさか。
わたくしはわたくしの推察を否定しようとしている間も、筆頭様の会話はさらに続いていきました。
「アクアを使う訓練だって?! 今のままでは魔力が足りないのに?!
訓練しても呼び出せるわけがないよ! まずは魔力を増強させないとね。そのために指示しているんだからさ!」
わたくしはあまりの驚きに、怒りがこみ上げてきました。
五強アクアを使う人物といったら、主となった例の研修生しかおりませんから。
魔力が足りない。魔力を増強する。
わたくしにも身に覚えがありました。
でも、まさか。
「とにかく、指示通りのペースで食べ続けること。このカバンに一週間分を入れておいてから。毎週、このカバンごと持ってくるように!」
それから隣室は静かになり、少し遅れて、パタンとドアが閉まる音が聞こえました。
ハッと気がついたときには、わたくしは開発部の部屋を出て、隣の部屋で怒鳴られていた人物の後を追っていました。
部屋をなんと言って出てきたのかも、記憶にありません。
追いかける道すがら、何人かとすれ違ったような気もします。必死なわたくしの様相を不審に思われたかもしれませんが、わたくしも気にするどころではなかったのです。
「フォセル嬢は、自分の魔力だけでアクアの主になっていなかったんですわ」
その事実が、わたくしの頭の中を占めていました。
「筆頭様の養女という立場を利用して、王宮魔術師団に配属されてもいないのに、最新研究を流用したんですわ、きっと」
その指示を出したのは筆頭様でしょうけれど、フォセル嬢が筆頭様に対して、何か働きかけたに違いありません。
フォセル嬢を見失わないよう、そして気付かれないよう、慎重に後を追います。
この時の私の心は、いろいろな物が混ぜ合わさった状態でした。
一般的な手段で主になったかのように振る舞っていることに対する怒り、研究成果を不当に手に入れたことに対する憤り、先に成果を上げられてしまったという焦り。
一番、心を占めていたのは『悔しい』という気持ちでしょうか。
わたくしの視線の先で、フォセル嬢が通路を曲がるのが見えました。
急がないと見失ってしまう!
わたくしは、どうして追いかけているのか、追いかけて何をしたいのか、よく分からないまま追いかけていたのですが、中途半端に見失ってしまうのも、やはり『悔しい』気分になります。
そして、焦ったわたくしは、後先考えずに走り出しました。
この時に、よく周りを確認すれば良かったのですけど。わたくしにそんな余裕はありませんでした。
余裕のない行動は、最悪な結果をもたらします。
ドシン
「痛っ」
わたくしはよろけて、壁にぶつかりました。誰かがわたくしの横から体当たりしてきたようです。
体当たりをされて身体の右側を痛め、壁に当たって身体の左側を痛め。おそらく、どちら側もあざになっていそうな鈍い痛みが走ります。
なのに、
「危ないだろ、前を見て歩け!」
体当たりしてきた相手は、悪いのはわたくしだとばかりに怒鳴るだけ。
よろけて壁にぶつかったのに、謝りもしないし、手助けをすることもなく、どこかに立ち去ってしまいました。
「なんて、運のない」
二の腕の部分を両手で押さえるようにして痛みを堪え、わたくしは歩き始めました。
すでに、フォセル嬢の姿はありません。
今となっては、どうしてフォセル嬢の後を追ってしまったのか、悔やむ気持ちでいっぱいになりました。
フォセル嬢は見失うし、酷い輩に体当たりをされて身体は痛むし。
「わたくしばかり、どうしてこんな酷い目に遭わなくてはならないのかしら」
仕方なく、もと来た通路を戻ろうとしたその時。
「クラウド先輩、聞いてください!」
近くから聞き覚えのある声を聞いたのでした。
基本的にここの方々は、研究開発以外に興味は持たないようで、わたくしが何をしているか、食事はしたのか、いつ帰るのか、尋ねてくることはありません。
自分の研究に没頭しているため、会話もなく静か。
それがここの日常でした。
ところが、今日に限ってはいつもの静けさが逆効果になってしまったようです。
というのも、
「苦くて食べられない、だって?!」
隣の部屋、つまり、筆頭様の専用研究室から怒鳴り声が聞こえました。小さく、ではありますが。
こちらの部屋がここまで静かではなく、そして、筆頭様がいつもと同じ程度の穏やかさで話されていたなら、声が漏れ聞こえてくるはずもなかったのでしょう。
「僕が指示したペースの半分しか進んでないじゃないか! それで?! あのさぁ、やる気はあるのかなぁ? あるならさぁ、指示通りのペースで進めてほしいんだけどな」
話し相手の声は聞こえません。
ですが、筆頭様が話す内容から、わたくしと同じく黒い塊を食べている人物であることが窺えました。
「今のペースだと、杖を呼び出すどころか、契約の維持も難しいんだ。君は学院で首席だったのだから、もちろん理解しているとは思うけどね!」
どうやら、わたくしより先に杖の主となっていて、学院で首席だった人物。
思い当たる魔術師が一人。
でも、まさか。
わたくしはわたくしの推察を否定しようとしている間も、筆頭様の会話はさらに続いていきました。
「アクアを使う訓練だって?! 今のままでは魔力が足りないのに?!
訓練しても呼び出せるわけがないよ! まずは魔力を増強させないとね。そのために指示しているんだからさ!」
わたくしはあまりの驚きに、怒りがこみ上げてきました。
五強アクアを使う人物といったら、主となった例の研修生しかおりませんから。
魔力が足りない。魔力を増強する。
わたくしにも身に覚えがありました。
でも、まさか。
「とにかく、指示通りのペースで食べ続けること。このカバンに一週間分を入れておいてから。毎週、このカバンごと持ってくるように!」
それから隣室は静かになり、少し遅れて、パタンとドアが閉まる音が聞こえました。
ハッと気がついたときには、わたくしは開発部の部屋を出て、隣の部屋で怒鳴られていた人物の後を追っていました。
部屋をなんと言って出てきたのかも、記憶にありません。
追いかける道すがら、何人かとすれ違ったような気もします。必死なわたくしの様相を不審に思われたかもしれませんが、わたくしも気にするどころではなかったのです。
「フォセル嬢は、自分の魔力だけでアクアの主になっていなかったんですわ」
その事実が、わたくしの頭の中を占めていました。
「筆頭様の養女という立場を利用して、王宮魔術師団に配属されてもいないのに、最新研究を流用したんですわ、きっと」
その指示を出したのは筆頭様でしょうけれど、フォセル嬢が筆頭様に対して、何か働きかけたに違いありません。
フォセル嬢を見失わないよう、そして気付かれないよう、慎重に後を追います。
この時の私の心は、いろいろな物が混ぜ合わさった状態でした。
一般的な手段で主になったかのように振る舞っていることに対する怒り、研究成果を不当に手に入れたことに対する憤り、先に成果を上げられてしまったという焦り。
一番、心を占めていたのは『悔しい』という気持ちでしょうか。
わたくしの視線の先で、フォセル嬢が通路を曲がるのが見えました。
急がないと見失ってしまう!
わたくしは、どうして追いかけているのか、追いかけて何をしたいのか、よく分からないまま追いかけていたのですが、中途半端に見失ってしまうのも、やはり『悔しい』気分になります。
そして、焦ったわたくしは、後先考えずに走り出しました。
この時に、よく周りを確認すれば良かったのですけど。わたくしにそんな余裕はありませんでした。
余裕のない行動は、最悪な結果をもたらします。
ドシン
「痛っ」
わたくしはよろけて、壁にぶつかりました。誰かがわたくしの横から体当たりしてきたようです。
体当たりをされて身体の右側を痛め、壁に当たって身体の左側を痛め。おそらく、どちら側もあざになっていそうな鈍い痛みが走ります。
なのに、
「危ないだろ、前を見て歩け!」
体当たりしてきた相手は、悪いのはわたくしだとばかりに怒鳴るだけ。
よろけて壁にぶつかったのに、謝りもしないし、手助けをすることもなく、どこかに立ち去ってしまいました。
「なんて、運のない」
二の腕の部分を両手で押さえるようにして痛みを堪え、わたくしは歩き始めました。
すでに、フォセル嬢の姿はありません。
今となっては、どうしてフォセル嬢の後を追ってしまったのか、悔やむ気持ちでいっぱいになりました。
フォセル嬢は見失うし、酷い輩に体当たりをされて身体は痛むし。
「わたくしばかり、どうしてこんな酷い目に遭わなくてはならないのかしら」
仕方なく、もと来た通路を戻ろうとしたその時。
「クラウド先輩、聞いてください!」
近くから聞き覚えのある声を聞いたのでした。
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