運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

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7 王女殿下と木精編

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 私の隣で、デルティ殿下が息を飲んだ。

「嘘………でしょ?」

 手を口にあて、ボソッとつぶやく。

 翡翠色の瞳は大きく見開かれ、ただ一点を凝視していた。

 視線の先は三聖の展示室の入り口。

 そこには、今まさしく、ダイアナ嬢が五強の杖を呼び出していた。

 明るい煌めきから現れたのは二本の杖。
 杖精として顕現しているから、二人の杖と言った方がいいだろうか。

 赤い炎のようなパチパチとする煌めきをもつ杖精と、黒光りするような煌めきを持つ杖精。二人の杖精がダイアナ嬢の両脇をかためてるように、立っていた。

 会場にいる人たち(まぁ、私たちもその一部だけれど)からすると、ダイアナ嬢を守っているように見えただろう。

 赤い炎を思わせるような杖精が一歩前に出た。

 同時に、おおおおおおおおっ、とどよめきが起きる。

 どよめきに気をよくしたように、赤い炎のような杖精が、小さな火花を撒き散らして一礼をした。

「火精イグニス、見参。五強が一つ、最も熱い炎を持つ杖精」

 赤い髪に赤い眼を持ち、青年ほどの見た目の杖精は、古風な騎士のように口上を述べるとさっと入れ替わる。

 続いて一歩前に出たのは、黒光りの杖精。こちらは黒髪に黒眼。黒といってもグレイの黒とは少し違う印象で、キラキラとした煌めきを持つ黒。
 こちらも青年ほどの見た目で長身の杖精だった。

 そういえば。

 リグヌムは青年と少年の間くらいの印象なのに対して、他の四人は全員、青年ほどの見た目だ。
 リグヌムはほっそり、アクア、メタルムは中肉中背といったところ。

 杖精の見た目は髪と眼の色だけ本体の色を反映していて、他はとくに決まりも何もないそうだけれど。
 みんな、けっこう好みの違いがあるものなんだと、改めて思った。

「僕は土精テルラ。大地と森と岩山は僕のエリアだ」

 イグニス同様、テルラの口上も短く終わる。

 フォセル嬢のアクア、アルゲン大公妃のメタルム、そしてダイアナ嬢のイグニスとテルラ。

 この四人の杖精。

 実は、彼女たちの後ろに見えないように控えていて、呼び出しの呪文や合図に合わせて、前に出てきたに過ぎない。

 それでも周りからすると、五強が四人揃ったように見えている。

 だからなのか、

 最初は驚きでどよめいていた会場が、徐々に静かになって緊張が走るようになってきた。そう、緊張だ。強い力が集ったことで、緊張と警戒感で弾けそうになっている。

 互いに様子を窺うような目つきになった招待客を前にして、クズ男も五強の仮主たちも、誰一人、その緊張と警戒感に気付いていない。

「ホホホホホホ」

 ダイアナ嬢に至っては、二本持ちの主(仮主だけど)になれた喜びにひたって、高笑いを続けている。

 と、そのとき、




 ゴホ




 ダイアナ嬢がむせた。

 右手を口元に当てたまま。

 高笑いしているから、という目で周りが見る中、ダイアナ嬢の顔色が徐々に悪くなる。

 上着の内側から扇子を取り出すと、口元に当てて顔の下半分を覆った。何かを群衆から隠しているように見える。
 続いて、右手で懐からハンカチを取り出すと隠した扇子の内側、顔のどこかにハンカチを当てる仕草をしはじめた。

 その間にも徐々に顔色は悪くなっている。ダイアナ嬢の調子が悪くなるに連れ、魅了の効果も薄れていく。

 それに合わせて、招待客の緊張と警戒がさらに高まっていった。上辺だけの笑顔、素晴らしいと驚く仕草。

 でも、彼らの目は笑っていない。

 顔色の悪さといえば、ダイアナ嬢だけではなかった。

 フォセル嬢もアクアを呼び出す前に比べると、やや青白い顔をしているし、おばさん呼びされて怒り心頭だったアルゲン大公妃は、紅潮していたはずがすっかり元の顔色。


 グ、グフッ


 まただ。今度は咳き込むのを無理やり我慢している様子。

 少し背中を丸めるダイアナ嬢に、フォセル嬢が怪訝な視線を送っているけど、それだけだった。

 誰もダイアナ嬢を見る人はいない。

 いやいや、見てはいる。見てはいるけど、あくまでもイグニスとテルラの主としてのダイアナ嬢を見ているので、人間として、調子の悪そうなダイアナ嬢を見る人はいなかったのだ。

 私は少しどころか、かなり心配になってきた。

 フォセル嬢同様、自ら進んであの変などす黒い人工魔力結晶を食べたんだろうから、自業自得だけど。それでも苦しそうにしている人を放っておく趣味はない。

 私がダイアナ嬢の不調を指摘しようと、立ち上がったところで、

「いかがでしょう、我らが五強の杖精たちは!」

 なにやら、興奮気味のクズ男。

「おやおや、あまりの驚きで言葉もありませんかな!」

 周りの空気も読まず、芝居かがった口調で喋り続ける。

 緊張と警戒が混ぜ合わさった冷ややかな視線をものともしない。あのメンタルはかなりのものだ。

 とはいえ、真似したくもない。他人で良かったと心の底から思う。

 そこへ、第三王子のトリビィアス殿下が栗色の髪を振り乱して現れた。クズ男となにやら話をしている。なんだか少し揉めているような気がしなくもない。

 私は私で、私のやるべきことをやりながら、揉め事を眺めていると、

「もっと、ワァァァァァッとなるかと思ったのに」

 私の横からポツリとした独り言。

 横を見るまでもなく、デルティ殿下の声だ。最初の呆然とした様子は消え失せてくれたのはいいけど、招待客が大興奮する様を期待していたようだ。

「なるわけがないだろう」

 デルティ殿下の言葉に呆れたように反応するのは王太子殿下だ。

 静かに座っているのかと思ったら、補佐官たちを集めて指示を出していた。
 クズ男の行動と招待客たちの様子を見て、先手は打っていたらしい。

 目の前のトリビィアス殿下の登場も王太子殿下の指示だったようだ。もしかしたら、陛下が現れないままなのも殿下の指示なのかも。

 そう考えながら、私は王太子殿下の言葉を補足する。

「三聖が守っているとされているグラディア王国で、五強のすべてが覚醒してるとなると警戒するでしょ」

「警戒?」

「グラディアの力が強くなり過ぎるから」

「その考えはなかったわ!」

 パチンと手を叩いて、ようやく納得した様子。

 対して王太子殿下の方はヤレヤレといった調子で、肩をすくめた。

「向こうはトリビィアスがどうにかしてくれるだろう。私たちはこちらをどうにかしないと」

 トリビィアス殿下はクズ男に言い勝ったのか、三聖の展示室入り口前の中央に出て、挨拶を始めている。

 まずは、会場が変更になったことに対する謝罪と、今後の予定について。そして、今後の予定。
 ここでのお披露目会が終わった後は、本来、会場として用意されていた場所でパーティーを催すこと、安全のため案内人の誘導で徐々に移動する、などなど。

 隣でクズ男が笑顔でイライラしている姿が見て取れた。

「こちらって?」

 デルティ殿下は向こうはともかく、こちらの意味が分からなかったようで、また、質問をしてくる。

「五強が全員集まったことで、地盤の魔力に揺らぎが出始めてるんだよ、デルティ」

「いったいどうして? 五強が集まると揺らぐわけ?」

 この質問にはセラフィアスが答えた。
 私の中から。

《三聖と違って、五強は互いに影響しあいバランスを保ってるんだ。今、五強の四本が顕現して力を誇示していて、一本だけ欠けてるだろ? バランスが崩れるのは当たり前だ》

「それって、わたくしがリグヌムを呼び出さないといけない、ってことじゃないの」

《五強が五本揃ったら揃ったで、この広場に五強の力が集中する。強め合う方向に力が誘導されたら、最悪、暴走するな》

「なら、呼び出さない方がいいわけね?」

《あのなぁ。一本欠けてるからバランスが崩れて地盤の魔力が揺らいでる、って言ってるだろ!》

 はぁ。

 私たちも当初はここまで揺らぐことになるとは思っていなかった。

 もちろん、当初の予定ではリグヌムとアクアだけだったし、三聖の展示室という地盤の魔力の溜まりどころが会場ではなかったから。

 会場が代わり、五強が揃ったとはいえ、揺らぐところにまでなって、ケルビウスの想定を上回ることに。

「つまり、呼び出しても、呼び出さなくても、マズい状態なの」

「でも、エルシアが抑えられているんでしょ?」

「まぁ、ね。これでもセラだからね」

 私がボソッと付け加えると、デルティ殿下はなんとも他人任せな質問をしてきて、これにはさすがに、ちょっとイラッとする。

「なら、わたくしはリグヌムを呼び出さなくても」

 他人任せなデルティ殿下の考えは、王太子殿下がバッサリと切り落とした。

「トリビィアスが鎮めてはいるが。状況的に筆頭殿はリグヌムの顕現を求めてくるだろうな」

  殿下の言葉が終わるか終わらないかのうちに、クズ男がトリビィアス殿下の前に出る。トリビィアス殿下の話の切れ目を突いて。

「さぁ。トリビィアス第三王子殿下のお言葉も終わりましたので、最後に『あの御方』に登場していただきましょうか」


 ザワッ


 会場全体が大きくざわめいた。

 視線が私たちの方に集まる。正確には私たちの場にいるデルティ殿下に。

「最後の五強、木精リグヌムとその主、デルティウン王女殿下!」
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