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【第一章】呪われた令嬢と拾われた竜
02.新しい朝
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「あ。ようやく起きたんですね」
6年後――10歳になった私が目覚めた時、視界に入ってきたのは見知らぬ青年だった。
空のように青い髪。
瞳の色はダイヤモンドのようにキラキラと輝いている。
「……だれ? 新しい使用人かしら」
「え! 俺、使用人にしてもらえるんですか? お姉さん専用の?」
「違うの? じゃあ、誰? どうやって入ったの?」
どうやら違うようだ。
眠りっぱなしだったとはいえ、ここは仮にも侯爵家。
知人でもない人がふらりと入れるほど不用心なわけがない。
青年は窓の桟に腰掛けて、
「ここからです」
と、答えた。
「貴方、名前は?」
「俺に名前はありません。だから、好きに呼んでください」
「……ますます怪しい男ね」
私は枕元にあったベルを鳴らして、使用人を呼ぼうとした。
不審な男がいるわ、と伝えるために。
「使用人の……えっと、執事さんですかね。彼は俺のことを知ってますよ」
「何者なの?」
私は青年を睨みつけた。
彼は宝石のような瞳をもっと輝かせて、にやりと笑った。
――その瞬間、彼の背から羽が生えた。
天使の羽のように美しいものではなく、コウモリのように膜の張った羽だった。
私は、その羽を見たことがあった。
「あ……」
よく見れば空色の髪も、あの竜によく似ている。
「思い出してくれましたか。お姉さん。俺はあの時、貴方に助けられた竜です」
◆
竜族は、この国で一番信仰されている神様のような存在だ。
何百年も老化と幼化を繰り返して生きてきた私でも、初めてお目にかかる存在。
「人型になれるってことは、幾つか齢を重ねた竜ね」
私は竜の図鑑で読んだ知識を思い返した。
彼らは長寿で、何百年も生きることができる。
しかし子を産む母竜は、卵を産んだあと、必ず命を落とす。
だから育てる者も、守る者もいない竜の卵は孵化することも困難であり、まだ弱い幼体が成体になることは滅多に無い。
そして成体になった竜は、様々な姿に身を変えることができる。
人間に化けたり、熊に化けたり、服に化けたり、アクセサリーに変化したり。有機物にも、無機物にもなることができる。
「まだ100年ちょいしか生きてませんけどね」
「あら、私よりも年下なのね」
私がそう言うと、彼は驚いたように綺麗な瞳を丸くした。
「お姉さん……不思議な身体をしてるんですね」
「えぇ。おかげで中身はお姉さんじゃなくて、おばあさんだけどね」
「はは、見た目はどう見ても、人間の幼体ですけどね」
私の身体は10歳に戻っていた。
鏡なんて見なくても、両手を見ればすぐに幼くなったことがわかる。
竜族の青年は身長は180cmはあるだろう。かなりの高身長だ。
背筋もぴんっと伸びていて、美貌もいい。
人間の世界だとかなりモテるだろうなと思った。
「それで、竜族の子が何の用?」
「用が無いと傍にいちゃいけませんか?」
竜族の青年は、身体を屈めて、10歳の私に目線を合わせてくれた。
「貴方の傍においてください。使用人でも用心棒でも、コートにでも宝石にでも、何でもなります。貴方に仕えさせてください」
彼はそう言って、私の手のひらに口づけを落とした。
「……なんで?」
私は彼に尋ねた。こんな奇妙な体質で、性格も悪い私に何故仕えたいと思うのか。
「貴方に恋をしたからです」
彼は砂糖を吐きそうなほど甘い台詞を言った。
「そんな怪訝な顔で見ないでくださいよ。下心はないですよ。この感情が恋なのか、俺は正直わかってません。ここのメイドさんに相談したら『それは恋です』って言われましたけど」
なるほど。ここで雇っているメイドは若い子が多い。
だからきっと美青年がお嬢様のところに通っている――それは恋と言ったのだろう。
「その冷たい目も好きです。きっと、これは好きって感情なんだと思います。アナスタシア姉さん。……いや、アーニャ姉さん」
彼のキラキラとした瞳が眩しい。
そんな瞳で見られたら邪険に扱うこともできない。
「……わかったわ。私の傍にいてもいい。けれど、一つ教えて」
「なんですか?」
「貴方の名前は?」
「さっき言ったとおり、俺に名前はありません。さすがおばあさま。もうボケていらっしゃる」
私は無言で、小生意気な竜小僧の頭を踏みつけた。
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「貴方がつけてください。俺はそれをこの6年間待ち続けていました」
「……困ったわ。竜の名付け親になるなんて、初めてよ」
「眉一つ動かさず言うんですね。アーニャ姉さんは本当にクールで格好いい」
「うるさいわね。いま考えてるんだから」
「……カンパネラなんて、どうかしら」
「姉さんに呼んでもらえるなら、なんでも歓迎です」
こうして竜のカンパネラは、私の傍にまとわりつく……付き人のような者になった。
こんな目覚めは、この数百年で初めてのことだ。
この出会いがどうか、良い作用になりますように。
そして、今度こそ私は呪いが解けるように。祝福の鐘が鳴りますように。祈りを込めて。
6年後――10歳になった私が目覚めた時、視界に入ってきたのは見知らぬ青年だった。
空のように青い髪。
瞳の色はダイヤモンドのようにキラキラと輝いている。
「……だれ? 新しい使用人かしら」
「え! 俺、使用人にしてもらえるんですか? お姉さん専用の?」
「違うの? じゃあ、誰? どうやって入ったの?」
どうやら違うようだ。
眠りっぱなしだったとはいえ、ここは仮にも侯爵家。
知人でもない人がふらりと入れるほど不用心なわけがない。
青年は窓の桟に腰掛けて、
「ここからです」
と、答えた。
「貴方、名前は?」
「俺に名前はありません。だから、好きに呼んでください」
「……ますます怪しい男ね」
私は枕元にあったベルを鳴らして、使用人を呼ぼうとした。
不審な男がいるわ、と伝えるために。
「使用人の……えっと、執事さんですかね。彼は俺のことを知ってますよ」
「何者なの?」
私は青年を睨みつけた。
彼は宝石のような瞳をもっと輝かせて、にやりと笑った。
――その瞬間、彼の背から羽が生えた。
天使の羽のように美しいものではなく、コウモリのように膜の張った羽だった。
私は、その羽を見たことがあった。
「あ……」
よく見れば空色の髪も、あの竜によく似ている。
「思い出してくれましたか。お姉さん。俺はあの時、貴方に助けられた竜です」
◆
竜族は、この国で一番信仰されている神様のような存在だ。
何百年も老化と幼化を繰り返して生きてきた私でも、初めてお目にかかる存在。
「人型になれるってことは、幾つか齢を重ねた竜ね」
私は竜の図鑑で読んだ知識を思い返した。
彼らは長寿で、何百年も生きることができる。
しかし子を産む母竜は、卵を産んだあと、必ず命を落とす。
だから育てる者も、守る者もいない竜の卵は孵化することも困難であり、まだ弱い幼体が成体になることは滅多に無い。
そして成体になった竜は、様々な姿に身を変えることができる。
人間に化けたり、熊に化けたり、服に化けたり、アクセサリーに変化したり。有機物にも、無機物にもなることができる。
「まだ100年ちょいしか生きてませんけどね」
「あら、私よりも年下なのね」
私がそう言うと、彼は驚いたように綺麗な瞳を丸くした。
「お姉さん……不思議な身体をしてるんですね」
「えぇ。おかげで中身はお姉さんじゃなくて、おばあさんだけどね」
「はは、見た目はどう見ても、人間の幼体ですけどね」
私の身体は10歳に戻っていた。
鏡なんて見なくても、両手を見ればすぐに幼くなったことがわかる。
竜族の青年は身長は180cmはあるだろう。かなりの高身長だ。
背筋もぴんっと伸びていて、美貌もいい。
人間の世界だとかなりモテるだろうなと思った。
「それで、竜族の子が何の用?」
「用が無いと傍にいちゃいけませんか?」
竜族の青年は、身体を屈めて、10歳の私に目線を合わせてくれた。
「貴方の傍においてください。使用人でも用心棒でも、コートにでも宝石にでも、何でもなります。貴方に仕えさせてください」
彼はそう言って、私の手のひらに口づけを落とした。
「……なんで?」
私は彼に尋ねた。こんな奇妙な体質で、性格も悪い私に何故仕えたいと思うのか。
「貴方に恋をしたからです」
彼は砂糖を吐きそうなほど甘い台詞を言った。
「そんな怪訝な顔で見ないでくださいよ。下心はないですよ。この感情が恋なのか、俺は正直わかってません。ここのメイドさんに相談したら『それは恋です』って言われましたけど」
なるほど。ここで雇っているメイドは若い子が多い。
だからきっと美青年がお嬢様のところに通っている――それは恋と言ったのだろう。
「その冷たい目も好きです。きっと、これは好きって感情なんだと思います。アナスタシア姉さん。……いや、アーニャ姉さん」
彼のキラキラとした瞳が眩しい。
そんな瞳で見られたら邪険に扱うこともできない。
「……わかったわ。私の傍にいてもいい。けれど、一つ教えて」
「なんですか?」
「貴方の名前は?」
「さっき言ったとおり、俺に名前はありません。さすがおばあさま。もうボケていらっしゃる」
私は無言で、小生意気な竜小僧の頭を踏みつけた。
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「貴方がつけてください。俺はそれをこの6年間待ち続けていました」
「……困ったわ。竜の名付け親になるなんて、初めてよ」
「眉一つ動かさず言うんですね。アーニャ姉さんは本当にクールで格好いい」
「うるさいわね。いま考えてるんだから」
「……カンパネラなんて、どうかしら」
「姉さんに呼んでもらえるなら、なんでも歓迎です」
こうして竜のカンパネラは、私の傍にまとわりつく……付き人のような者になった。
こんな目覚めは、この数百年で初めてのことだ。
この出会いがどうか、良い作用になりますように。
そして、今度こそ私は呪いが解けるように。祝福の鐘が鳴りますように。祈りを込めて。
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