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【第五章】革命家と反逆者
37.家族パーティー
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今夜、我が屋敷で新年会が行われる。
王室のパーティーのように形式ばった堅苦しいものではなく、『最近はこうだ』とか『こっちはどうだよ』とか、フランクな会だ。
親類――といっても貴族の親類である。
たくさんの人々が訪れる。
私の身体の秘密について知っているのは、代々直系の当主のみ。
だから今日の私は12歳のアナスタシアとして振る舞わなければいけない。
「ききましたよ。ご懐妊だそうで。おめでとうございます」
母の懐妊に喜ぶ者が、何人も祝杯を傾ける。
母の飲んでいるものは、もちろんノンアルコール飲料の果実ジュースだ。
私は無邪気な子どもを装って、カンパネラと一緒に料理を食べた。
我が家の料理人はいつも美味しいご馳走を振る舞ってくれるが、今日はとても念をいれて作ってくれていた。
ローストビーフにつけあわせのサラダは特に絶品だ。
「カンパネラ、ほら、これ食べてみて。おいしいわよ」
「お肉ですか。あーん」
カンパネラの口に、私はお肉をいれた。
「あ、本当だ。肉本来の味も残しつつ、味が染み込んでいて美味しいです」
「よし、それじゃあ他の食べ物も制覇するわよ」
と意気込んでいた時――
「シャターリア嬢。お久しぶりです」
突然、青年に声をかけられ、驚いた。
白い髪に、赤い瞳の青年――アルビノなのか、肌も雪のように真っ白だ。
銀のイブニングドレスを着こなす彼は、一目見ても美形だった。
私は彼に――全く見覚えがなかった。
こんなに特徴的な彼なら、覚えているはずだけど……。
巻き戻ってから2年で出会った人の数はしれている。
それよりも少し前に出会った人――?
しかし、それなら秘匿されている12歳のアナスタシアという存在を知っているわけがない。
「……失礼、ミスター。えっと、私……記憶に……」
「あぁ、申し訳ございません。貴方に出会ったのはずっと昔ですので。ルチフェル・マクスウェルと申します。覚えて……はいただけてないようですね」
「失礼しました。マクスウェル様」
「いえいえ、仕方がないことです。あなたと出会ったのは、あなたがずっと幼かった頃のことですので」
彼は私の手にキスをしようとする。
その時、私の手をカンパネラがとった。
「カンパネラ?」
「……アーさん、こっちへ」
「失礼、ミスター。また今度」
「……ええ、また今度」
カンパネラは私の手をとって、遠く――パーティー会場の外のベランダへ連れ出してくれた。
夜風が冷たいと思っていたら、カンパネラは上着を貸してくれた。
「あの男、アーさんの知り合いですか? やけに親しげでしたが」
「いえ、全く覚えがないわ」
この2年で出会った人の中に、あんな印象的な人はいない。
『マクスウェル』なんて名前は訊いたこともない。親戚にいないはずだから、誰かの連れだろう。
何故かわからないが、彼に手を取られた瞬間、身体中の皮膚が粟だった。
「あいつ、気味が悪いです。……人間じゃなさそうです」
人間じゃない生き物で――あの容姿。
しかも変化できるほど高等な存在ならば、過去の私のことも知っているのかもしれない。でも――
「……どうしようかしら。まったく心当たりが無いわ」
「アーさんらしい」
そう言って、カンパネラは笑った。
でもなんだろう。手を取られた時に感じた恐怖は。
精霊や妖精、天使や悪魔といった境界の存在に詳しいファウストなら、答えがわかるかもしれない。
「……さて、夜風にも当たったし、戻ろうかしら」
「アーさん。戻るのはいいんですが」
「あの男に注意しろってことでしょう? 大丈夫よ」
カンパネラの直感はきっと間違いではない。
アレは『善いもの』ではない。
だから、距離を取ろう。
会場でまた彼と目があった。
彼は目配せだけしてくれて、それ以上は近付いてこなかった。
◆
ダンスの音楽が流れる。
私はまだ幼い子供だから、子ども同士で踊ることになっている。けれど、今回は私と年の近い子どもはいなかった。
カンパネラは流れてくる音楽にウズウズしていた。
元々竜は音楽が好きなのだろう。
「踊ってきなさいな、カンパネラ。私はここで待っているから」
「いいんですか?」
「ええ。私とばかりいると保護者みたいに見られちゃうからね」
「……本当に、いいんですか?」
「何? 良いに決まってるわよ。祝い事だもの」
カンパネラは少し悲しそうな表情を浮かべていた。
けれど私の意思を確認してから、女性たちの群れに入っていった。
カンパネラほどの美青年だったら、女性たちの中でも引っ張りだこだろうなぁ。
一人でいるのも寂しい。私は父の元へ向かった。
「おお、姉――いや、アナスタシア、楽しんでるかい?」
「ご飯はとても美味しいわ。でもあまり同い年の子がいないから、こっちに来たの。どう? 今年のパーティーは」
「楽しいよ。初めて踊ったことを思い出す。初めての相手は姉様だったな」
我が家ではある言い伝えがある。アナスタシアと踊った者は意中の相手と結ばれるという、面白い言い伝えが。
だから私は現在の父である彼と踊った。
「そうね。貴方のダンスを鍛えたのも私だもの、何回も足を踏まれたわ」
「はは、昨日のことのように思えるよ。懐かしい……」
父は目を細めた。
懐かしんでいるのだろう。初めてのダンスを。
私は彼をエスコートして、ダンスの練習をした。そしてそのダンスのおかげで、今の母と出会えたのだ。
私にとっては、本当につい最近のこと。
彼は歳を取り、私は昔と同じ姿で。
それがどんなに歪か。
カンパネラのいた方を見る。カンパネラは数人の女性と見事に踊ってみせた。
そして想像通り、女性に引っ張りだこにされていた。
想像が当たっていて、ちょっと面白かった。
その時、イブニングドレスを羽織った、少し太り気味の男が父に話かけてきた。
「お久しぶりです。侯爵。今宵は面白い者を連れてきたのですが、ご紹介させていただいても宜しいでしょうか?」
目の前の男は、ザハロフ男爵。父と同い年の男で、父のチェス相手だ。
「おお、いいぞ。今日は気分がいい。こんな日に紹介してもらえる相手なら、きっといい相手だろう」
と父は豪快に笑った。……相当酔ってるな。
あとで本人に忠告して、それでも駄目だったら母に告げ口をして忠告してもらおう。
ザハロフ男爵の紹介で現れた男は、シルクハットを被った男だった。
黒い髪に、金色の瞳。見た目30代前半だろうか。
若いけれど、しっかりとした瞳を持った男だった。
「はじめまして、シャターリア侯爵。そしてご令嬢、アナスタシア様。私はルイス・ベイカーと申します」
男はシルクハットを脱いで、膝をついて、丁寧なお辞儀をした。
王室のパーティーのように形式ばった堅苦しいものではなく、『最近はこうだ』とか『こっちはどうだよ』とか、フランクな会だ。
親類――といっても貴族の親類である。
たくさんの人々が訪れる。
私の身体の秘密について知っているのは、代々直系の当主のみ。
だから今日の私は12歳のアナスタシアとして振る舞わなければいけない。
「ききましたよ。ご懐妊だそうで。おめでとうございます」
母の懐妊に喜ぶ者が、何人も祝杯を傾ける。
母の飲んでいるものは、もちろんノンアルコール飲料の果実ジュースだ。
私は無邪気な子どもを装って、カンパネラと一緒に料理を食べた。
我が家の料理人はいつも美味しいご馳走を振る舞ってくれるが、今日はとても念をいれて作ってくれていた。
ローストビーフにつけあわせのサラダは特に絶品だ。
「カンパネラ、ほら、これ食べてみて。おいしいわよ」
「お肉ですか。あーん」
カンパネラの口に、私はお肉をいれた。
「あ、本当だ。肉本来の味も残しつつ、味が染み込んでいて美味しいです」
「よし、それじゃあ他の食べ物も制覇するわよ」
と意気込んでいた時――
「シャターリア嬢。お久しぶりです」
突然、青年に声をかけられ、驚いた。
白い髪に、赤い瞳の青年――アルビノなのか、肌も雪のように真っ白だ。
銀のイブニングドレスを着こなす彼は、一目見ても美形だった。
私は彼に――全く見覚えがなかった。
こんなに特徴的な彼なら、覚えているはずだけど……。
巻き戻ってから2年で出会った人の数はしれている。
それよりも少し前に出会った人――?
しかし、それなら秘匿されている12歳のアナスタシアという存在を知っているわけがない。
「……失礼、ミスター。えっと、私……記憶に……」
「あぁ、申し訳ございません。貴方に出会ったのはずっと昔ですので。ルチフェル・マクスウェルと申します。覚えて……はいただけてないようですね」
「失礼しました。マクスウェル様」
「いえいえ、仕方がないことです。あなたと出会ったのは、あなたがずっと幼かった頃のことですので」
彼は私の手にキスをしようとする。
その時、私の手をカンパネラがとった。
「カンパネラ?」
「……アーさん、こっちへ」
「失礼、ミスター。また今度」
「……ええ、また今度」
カンパネラは私の手をとって、遠く――パーティー会場の外のベランダへ連れ出してくれた。
夜風が冷たいと思っていたら、カンパネラは上着を貸してくれた。
「あの男、アーさんの知り合いですか? やけに親しげでしたが」
「いえ、全く覚えがないわ」
この2年で出会った人の中に、あんな印象的な人はいない。
『マクスウェル』なんて名前は訊いたこともない。親戚にいないはずだから、誰かの連れだろう。
何故かわからないが、彼に手を取られた瞬間、身体中の皮膚が粟だった。
「あいつ、気味が悪いです。……人間じゃなさそうです」
人間じゃない生き物で――あの容姿。
しかも変化できるほど高等な存在ならば、過去の私のことも知っているのかもしれない。でも――
「……どうしようかしら。まったく心当たりが無いわ」
「アーさんらしい」
そう言って、カンパネラは笑った。
でもなんだろう。手を取られた時に感じた恐怖は。
精霊や妖精、天使や悪魔といった境界の存在に詳しいファウストなら、答えがわかるかもしれない。
「……さて、夜風にも当たったし、戻ろうかしら」
「アーさん。戻るのはいいんですが」
「あの男に注意しろってことでしょう? 大丈夫よ」
カンパネラの直感はきっと間違いではない。
アレは『善いもの』ではない。
だから、距離を取ろう。
会場でまた彼と目があった。
彼は目配せだけしてくれて、それ以上は近付いてこなかった。
◆
ダンスの音楽が流れる。
私はまだ幼い子供だから、子ども同士で踊ることになっている。けれど、今回は私と年の近い子どもはいなかった。
カンパネラは流れてくる音楽にウズウズしていた。
元々竜は音楽が好きなのだろう。
「踊ってきなさいな、カンパネラ。私はここで待っているから」
「いいんですか?」
「ええ。私とばかりいると保護者みたいに見られちゃうからね」
「……本当に、いいんですか?」
「何? 良いに決まってるわよ。祝い事だもの」
カンパネラは少し悲しそうな表情を浮かべていた。
けれど私の意思を確認してから、女性たちの群れに入っていった。
カンパネラほどの美青年だったら、女性たちの中でも引っ張りだこだろうなぁ。
一人でいるのも寂しい。私は父の元へ向かった。
「おお、姉――いや、アナスタシア、楽しんでるかい?」
「ご飯はとても美味しいわ。でもあまり同い年の子がいないから、こっちに来たの。どう? 今年のパーティーは」
「楽しいよ。初めて踊ったことを思い出す。初めての相手は姉様だったな」
我が家ではある言い伝えがある。アナスタシアと踊った者は意中の相手と結ばれるという、面白い言い伝えが。
だから私は現在の父である彼と踊った。
「そうね。貴方のダンスを鍛えたのも私だもの、何回も足を踏まれたわ」
「はは、昨日のことのように思えるよ。懐かしい……」
父は目を細めた。
懐かしんでいるのだろう。初めてのダンスを。
私は彼をエスコートして、ダンスの練習をした。そしてそのダンスのおかげで、今の母と出会えたのだ。
私にとっては、本当につい最近のこと。
彼は歳を取り、私は昔と同じ姿で。
それがどんなに歪か。
カンパネラのいた方を見る。カンパネラは数人の女性と見事に踊ってみせた。
そして想像通り、女性に引っ張りだこにされていた。
想像が当たっていて、ちょっと面白かった。
その時、イブニングドレスを羽織った、少し太り気味の男が父に話かけてきた。
「お久しぶりです。侯爵。今宵は面白い者を連れてきたのですが、ご紹介させていただいても宜しいでしょうか?」
目の前の男は、ザハロフ男爵。父と同い年の男で、父のチェス相手だ。
「おお、いいぞ。今日は気分がいい。こんな日に紹介してもらえる相手なら、きっといい相手だろう」
と父は豪快に笑った。……相当酔ってるな。
あとで本人に忠告して、それでも駄目だったら母に告げ口をして忠告してもらおう。
ザハロフ男爵の紹介で現れた男は、シルクハットを被った男だった。
黒い髪に、金色の瞳。見た目30代前半だろうか。
若いけれど、しっかりとした瞳を持った男だった。
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