【完結】竜と悪役令嬢だった魔女

六花さくら

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【第五章】革命家と反逆者

38.ルイス・ベイカーという男 ルイス視点

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 騎士として戦場へ向かい、戻ってきた時――この国は荒れ果ててしまっていた。
 国王と第一王子を失った国は、第二王子が国王となることで王位継承問題は収まった。けれど、そこからが地獄だった。

 まず、王族が立て続けに殺されていった。

 王位継承権を持つもの達が死んでいったが、国王は気にしなかった。俺はその光景を騎士として見ていた。

「それで、どうかしたのか?」

 国王――エドアルトはわかっていた。

 王位継承権を潰すことで、エドアルトは簡単には国王の座から下ろすことはできなくなる。

 宰相は三人変わった。
 そして現在の三人目の前の二人は謎の死を迎えていた。

 まさに暴君。
 税を上げ、市民から金を搾取し、その金は王妃のドレスに使われる。

 王宮は地獄だった。
 俺は騎士を辞めて、同士を集めた。
 この王権を変えるための革命家たちを。

 そして組織を作った。

酒の神バッカス

 俺はその組織の主導権を握るリーダーであり、いつか血など関係なしに王になってやる。



 遠い昔、俺は孤児だった。

 幼い頃から窃盗を繰り返し、パンを盗んで孤児の仲間と分け合う日々を送っていた。

 泥のついた飯を食うのは普通だった。

 けれどある日、仲間の一人がヘマをおかした。
 林檎を盗む途中、警官に捕まってしまった。

 そして俺たちは離れ離れになり、一人で路頭を迷った。
 疲労と栄養不足で、身体が動かなくなって、もうだめだと思った。

「……ねぇ、あなた、だいじょうぶ?」

 上から声が聞こえてきた。
 そこには、長いピンクブロンドの髪の少女がいた。
 歳は俺よりも幼い。黄金色の瞳が、俺を見つめていた。

 ドレスには泥一つついていない。一目でお嬢様だとわかった。

 住む世界が違うとはっきりわかった。

 俺たちは泥まみれで一日にパンを一つ食べれたら上等な生活を送っていた。
 けれど彼女のドレスには見たこと無いくらい沢山のレースが施されていて、布地もキラキラと輝いている。

 まるで太陽のような子だと思った。

 どうせ今までのやつらと同じ様に、俺を見捨てるのだろう。

 希望なんて抱かない――そう思っていたのに、彼女はしゃがみこんで、ためらうことなく俺の手に触れてくれた。

――汚い手で触れるな。
――気持ち悪い。
――ゴミのような人間だ。

 そう言われ続けてきた俺にとって、触れられるというのは、なんと表現すれば良いのか。安直な表現でいえば、胸の奥が温かくなるような気がした。

「お嬢様、そのような者に触れてはいけません。穢れてしまいます」

 ほら、来た。
 案の定、彼女の使いか何かだろう。

 彼女は使いの言葉に従って、去っていくと思っていた。

――けれど。

「よごれなんてしないわ。彼は生きてるわ。ねぇ、この子とこうして出会えたのは奇跡よ。どうか、家に連れて帰れないかしら」

「旦那様と奥様は反対するでしょうね」

「それだったら、わたしはずっとずっっっとおねがいするわ。夜ねる時も、朝おきた時も、話すたびにおねがいするわ。そしたらきっと、お父様たちも根負けしてくれるわ」

「……はぁ。わかりました」

 彼女は気の強い少女だった。
 自分よりも歳の上の人物に噛み付いて、絶対に意思を曲げなかった。

 そして俺は彼女の馬車に載せてもらって――

 そこからは天国のような日々だった。

「あなたは、うん、すごいにおいがするわ。だから、お父様たちが帰ってくるまでに、準備をしないとね」

 彼女は使用人用のシャワー室に俺を連れて行った。
 バスタブなんて見るのは人生で二回目だ。

「さて、洗うわよ」

 と、お嬢様はドレスをまくって、俺を洗おうとしたが――流石にそこは他の使用人に止められていた。

 当たり前だ。子どもとはいえ、お嬢様が浮浪者の孤児、しかも異性を洗うなんて冗談でも許されない。

 俺は彼女がじいやと呼んでいた男に身体中を洗われた。
 身体中から垢が出て、ゴミ溜めのような臭いにおいから、花の匂いが香る身体になってしまった。

「見習いの服なら着れそうだな」

 そう言って、じいやと呼ばれた男は、アイロンと糊をしっかりかけられた、真っ白の服とベスト、そしてズボンと靴下と靴を与えてくれた。

 ざんばらだった髪は綺麗に切られた。
 そしてお嬢様に再会したのは半日後だった。

「すごい! あなた、美人さんだったのね! 目つきはちょっと悪いけど、でも全然かっこいい男の子だわ」

 お嬢様はそう言って、俺の周りをくるくると回って、にっこりと笑った。

「わたしの名前はリリィ・ヴィユノーク。気軽にリリィって呼んで」
「キティ……?」
「キティじゃないわ。それじゃ仔猫になっちゃう。リリィよ」

 どうしても発音の癖が抜けず、俺はリリィと呼ぼうとしても、キティと発音してしまっていた。

「こほん。お嬢様。貴方はヴィユノーク家のご令嬢でございます。そのままの名で呼ぶなど――」

 話を訊いていたじいやが口を挟む。

「じゃあ、リリィ様? リリィお嬢様? なんでもいいわ。好きに呼んで。ねぇ、あなたの名前を教えて」

 リリィお嬢様は、花のような笑顔を浮かべた。
 太陽よりも眩しい笑顔だった。

「俺の名前は――」

 そんなものなかった。
 子ども。ガキ。ゴミ。そう呼ばれていた俺に名はない。

「……ない」

「名前がないの? じゃあ、わたしがつけてあげる。そうね、エクエスなんて名前はどうかしら。ラテン語でね、騎士って意味なの」

 リリィお嬢様は目を細めて微笑んで、俺の手を繋いでくれた。

「あなたが大きくなったとき、わたしの騎士様になってね。約束よ」
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