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【第六章】姉と妹
54.姉と妹(5)
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「それで姫様は何の返答もせず帰ってきたわけか」
食客として我が家に招いているファウストは、私の部屋のソファーに踏ん反り返って、机の上に盛られた葡萄を食べていた。
「あまりにも気味が悪くて、ついね」
「そりゃそうだ。姉である王妃を殺したい妹なんて、どう考えても裏があるだろう」
「……裏?」
「たとえば、代々伝わるアナスタシアを殺すとか?」
「殺してどうするのよ。なんにもならないわ」
はっと乾いた笑いを漏らす。
アナスタシアなんて、知識だけ蓄えた、ただの女だ。
600年間、王子様と結ばれることもなく、現し世を彷徨っている。
彼――ファウストのように『賢者の石』について研究して発明しようとしたこともない。
ただただ、彷徨っていただけ。
「そんで、姫様はどうすんだ? 毒薬を渡すか? もしそれが嘘で、エカチェリーナご令嬢が薬を持って『アナスタシアがお姉様を殺そうとしたんです』って言ってたら、一発アウトだぞ、姫様」
たしかにそうだ。
彼女が嘘をついていないとは限らない。
あの瞳は確かに憎しみを抱いていた。
けれど、それが本当に姉に向けられたものなのか、それともアナスタシアに向けられたものなのか、正直わからない。
「カンパネラ、お前はどう思った?」
ファウストがカンパネラに話を振る。
「……俺は悪意に敏感です。彼女、エカチェリーナさんの話がアーさんに向けられているものだとは思えませんでした」
「……そうか。じゃあ、毒薬持っていって、その女に渡して、王妃を殺してもらえ。そしたら国民も万々歳だろう」
「……考えが極端すぎるわ」
ファウストは、あまりこの国に興味はないらしい。
だから簡単に突き放すようなことを言ってくる。
「とりあえず毒薬と自白剤だけ調合しときな。薬草はいつもどうやって調達してるんだ?」
「あ、そうね。明日の昼、医者のところに行くわ。ファウスト、貴方にも紹介したい人なの」
「えー……むさいおっさんは嫌だぜ」
「ごめんね。おっさんよ」
私は思わず笑ってしまった。ファウストとホーエンハイムはよく似ている。
だから意気投合してくれたらいいと思う。
「あぁ、そうだ。姫様、ちょいと教えときたいことがあるんだけど」
ファウストは偉そうに足を組みながら言った。
「何?」
「ルーン文字はわかるよな?」
「えぇ。知ってるけど」
この600年で読んだ本に記されていたルーン文字なら頭に入っている。
「それを使えるか?」
「それは文字として? 魔法として? 後者ならノーよ」
「うし、わかった。じゃあついでだ。カンパネラも一緒に覚えろ。ルーン文字を使った魔法は初歩の初歩。簡単だからな。自己防衛のために覚えておけ」
そう言って、ファウスト先生のルーン講義が始まった。
私は眠たかったけど、眠気を押し殺して学んだ。
また前の時のときのように誘拐されたら、たまったもんじゃない。
「こう、ですか?」
カンパネラは空に文字を綴る。するとなにもない空間から火が起こった。
「そうだ。なんだ。カンパネラのほうが習得が早いな」
「……」
煽ってくるファウストにイラッとしながら、私は言われたとおりに何度も何度もルーン文字を書いた。
そして10分でマスターしたカンパネラに比べて、私は6時間かけても魔法を習得できなかった。
「……私、才能がないのかも……」
正直落ち込んだ。
魔法なんて、夢の夢。カンパネラは竜だから使えるんだ、そう自分に言い聞かせる。
「はいはい、落ち込んでる暇があるなら学べ。まず――」
ファウストが私の手をとり、彼の胸に押し当てられた。
「心臓が脈打っているのが分かるだろう?」
「ええ……」
「心臓はポンプだ。ここから血液は流れていく。巡っていく。循環していくんだ。医学を齧ってるならわかるだろう? 脈を汲み取れ。俺の心臓に触れながら、やってみろ」
彼は真剣に言ってくれた。
そういえば、カンパネラにも昔、言われたことがあったっけ。
地脈を意識すると。
カンパネラは元々コツを掴んでいた。だから習得が早かった。
私はファウストの胸に触れながら、鼓動を感じながら、片手でルーンを書く。
するとそこから小さな火が現れた。
「――できた」
まさか、本当にできるとは思わなかった。
魔法なんて使えるほど高尚な人じゃないと思ってた。
でもこの火は私が起こしたもの。
「簡単だろ?」
ファウストはニヤリと笑う。
私は思わずファウストに抱きついた。
「ありがとう。ありがとう……! 何かを成し遂げたのは久し振りよ。貴方のおかげよ。ありがとう。ファウスト」
私は感謝の言葉をたくさん送った。
ファウストは頬を少し赤らめて――「おう……」と呟いた。
食客として我が家に招いているファウストは、私の部屋のソファーに踏ん反り返って、机の上に盛られた葡萄を食べていた。
「あまりにも気味が悪くて、ついね」
「そりゃそうだ。姉である王妃を殺したい妹なんて、どう考えても裏があるだろう」
「……裏?」
「たとえば、代々伝わるアナスタシアを殺すとか?」
「殺してどうするのよ。なんにもならないわ」
はっと乾いた笑いを漏らす。
アナスタシアなんて、知識だけ蓄えた、ただの女だ。
600年間、王子様と結ばれることもなく、現し世を彷徨っている。
彼――ファウストのように『賢者の石』について研究して発明しようとしたこともない。
ただただ、彷徨っていただけ。
「そんで、姫様はどうすんだ? 毒薬を渡すか? もしそれが嘘で、エカチェリーナご令嬢が薬を持って『アナスタシアがお姉様を殺そうとしたんです』って言ってたら、一発アウトだぞ、姫様」
たしかにそうだ。
彼女が嘘をついていないとは限らない。
あの瞳は確かに憎しみを抱いていた。
けれど、それが本当に姉に向けられたものなのか、それともアナスタシアに向けられたものなのか、正直わからない。
「カンパネラ、お前はどう思った?」
ファウストがカンパネラに話を振る。
「……俺は悪意に敏感です。彼女、エカチェリーナさんの話がアーさんに向けられているものだとは思えませんでした」
「……そうか。じゃあ、毒薬持っていって、その女に渡して、王妃を殺してもらえ。そしたら国民も万々歳だろう」
「……考えが極端すぎるわ」
ファウストは、あまりこの国に興味はないらしい。
だから簡単に突き放すようなことを言ってくる。
「とりあえず毒薬と自白剤だけ調合しときな。薬草はいつもどうやって調達してるんだ?」
「あ、そうね。明日の昼、医者のところに行くわ。ファウスト、貴方にも紹介したい人なの」
「えー……むさいおっさんは嫌だぜ」
「ごめんね。おっさんよ」
私は思わず笑ってしまった。ファウストとホーエンハイムはよく似ている。
だから意気投合してくれたらいいと思う。
「あぁ、そうだ。姫様、ちょいと教えときたいことがあるんだけど」
ファウストは偉そうに足を組みながら言った。
「何?」
「ルーン文字はわかるよな?」
「えぇ。知ってるけど」
この600年で読んだ本に記されていたルーン文字なら頭に入っている。
「それを使えるか?」
「それは文字として? 魔法として? 後者ならノーよ」
「うし、わかった。じゃあついでだ。カンパネラも一緒に覚えろ。ルーン文字を使った魔法は初歩の初歩。簡単だからな。自己防衛のために覚えておけ」
そう言って、ファウスト先生のルーン講義が始まった。
私は眠たかったけど、眠気を押し殺して学んだ。
また前の時のときのように誘拐されたら、たまったもんじゃない。
「こう、ですか?」
カンパネラは空に文字を綴る。するとなにもない空間から火が起こった。
「そうだ。なんだ。カンパネラのほうが習得が早いな」
「……」
煽ってくるファウストにイラッとしながら、私は言われたとおりに何度も何度もルーン文字を書いた。
そして10分でマスターしたカンパネラに比べて、私は6時間かけても魔法を習得できなかった。
「……私、才能がないのかも……」
正直落ち込んだ。
魔法なんて、夢の夢。カンパネラは竜だから使えるんだ、そう自分に言い聞かせる。
「はいはい、落ち込んでる暇があるなら学べ。まず――」
ファウストが私の手をとり、彼の胸に押し当てられた。
「心臓が脈打っているのが分かるだろう?」
「ええ……」
「心臓はポンプだ。ここから血液は流れていく。巡っていく。循環していくんだ。医学を齧ってるならわかるだろう? 脈を汲み取れ。俺の心臓に触れながら、やってみろ」
彼は真剣に言ってくれた。
そういえば、カンパネラにも昔、言われたことがあったっけ。
地脈を意識すると。
カンパネラは元々コツを掴んでいた。だから習得が早かった。
私はファウストの胸に触れながら、鼓動を感じながら、片手でルーンを書く。
するとそこから小さな火が現れた。
「――できた」
まさか、本当にできるとは思わなかった。
魔法なんて使えるほど高尚な人じゃないと思ってた。
でもこの火は私が起こしたもの。
「簡単だろ?」
ファウストはニヤリと笑う。
私は思わずファウストに抱きついた。
「ありがとう。ありがとう……! 何かを成し遂げたのは久し振りよ。貴方のおかげよ。ありがとう。ファウスト」
私は感謝の言葉をたくさん送った。
ファウストは頬を少し赤らめて――「おう……」と呟いた。
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