【完結】竜と悪役令嬢だった魔女

六花さくら

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【第六章】姉と妹

56.姉と妹(6)

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『お姉ちゃんとの謁見を取り次げたわ! アーニャもついてきて!」
 という手紙が今日届いた。
 差出人はもちろんカーチェだ。

 カーチェの姉。つまりソフィア王妃との謁見のことだ。
 気が重くなる。
 この8年で、彼女は変わったのだろうか。どういう顔をして国民から税を奪っているのか。一目見てみたかった。

 そして、私はいつもよりも上等なドレスを降ろして、カンパネラを同行させた。

 ファウストは今日もホーエンハイムのところに入り浸っている。きっと気が合うのだろう。

 私は馬車でノヴィコフの屋敷に向かう。
 そこでカーチェはおめかしをして待っていた。

「アーニャ、行きましょう」

 彼女の手は震えていた。だから私は彼女の手を握った。
「……ふふ。アーニャ、あたしを慰めてくれているみたいだけど、貴方の手も震えているわよ」
 カーチェは笑った。私も少しだけ笑った。

 馬車は城へ向かって進んでいく。
 カーテンの隙間から見たけれど、やはり街に活気はなかった。


 城の中に入るのは久々だ。王子のパーティーの時、以来だろうか。
 私とカーチェ、そしてカンパネラは持ち物検査をされて、ようやく城内に入ることが出来た。

「前は持ち物検査なんてしてなかったのに」
 カーチェは愚痴を漏らす。

「もしかして、王族になにかあったのかもね」

 直接的なことは言わない。ここは城の中だから。
 誰かが城に忍び込んで、国王と王妃を殺そうとしたのかもしれない。それほど罪深いこと彼らはしているのだから。

 この国の人たちが貧困で苦しんでいるのは国王と王妃の浪費のせい。
 その噂を私は否定したい気持ちが少しある。
 実は国のお偉いさんたちが浪費をしていて、国王エドアルト王妃ソフィアは罠にハメられて憎まれ役をかっているのだと、そういう希望をほんの少しだけ抱いていた。

「王妃様、妹様がいらっしゃいました」
 王家のメイドがはっきりとした声で言う。

「入っていいわよぉ」
 甘ったるい声が聞こえた。ソフィアの声だ。8年前と全く変わっていない。
 扉が開けられる。
 彼女は黄金で出来た椅子に座っていた。
 そして、部屋にあるソファーも、全て黄金で縁取られていた。

 壁にかけてある絵も、砂金で出来ていた。

 一目で希望が打ち砕かれた。
 浪費をしているのは彼女だ。

「お、お姉様、久し振りです」
 カーチェは頭をさげる。私もスカートを摘んで、頭を下げた。

「あらあら、やだぁ。別に作法なんて気にしなくていいわよ。昔みたいにおねえちゃんって言って頂戴。――それよりもその隣の子は、貴方はだぁれ?」

「私はアナスタシア……アナスタシア・ユーリア・シャターリアと申します」

「……アナスタシア? シャターリア? どこかで聞いたことあるような。……まぁいいわ」

 彼女は8年前に同姓同名の私からエドアルトを奪ったことを覚えていないようだった。
 目を見れば分かる。彼女は嘘をついていない。本物の愚か者なのだ。

「ねぇ、ねぇ、カーチェ。その後ろにいる青い髪のミスターはだぁれ?」

 彼女の瞳がカンパネラの姿を捉える。
 うっとりとした表情だった。

「俺は――私はカンパネラと申します。名字はございません。ただのアナスタシア様の従者です」
「そう。うふ、うふふ。とても綺麗な男の人ね。気に入ったわ。貴方もお茶会に参加しなさいな」
 王妃はクスクスと怪しく笑った。
 カンパネラは怯えていた。純粋な彼は、彼女のおぞましさを悟ったのだろう。私は彼の背中をとんっと、叩いた。

 そうして、茶会は開かれた。
「お姉ちゃん、そのドレス、とっても綺麗だわ」
 カーチェはニコニコと笑って、姉であるソフィアのドレスを褒めた。

 彼女の服には上質な絹と、あらゆる場所に宝石が散りばめられている。

「ふふ、そうでしょう? 隣国から取り寄せたの」
「おいくらくらいしたの?」
「えっとねぇ」
 ソフィアから出た服の値段は、庶民の100人が10年は食べていける程、高額な値段だった。
「国王がね、欲しいって言ってくれたらなんでも買ってくれるのぉ。でも一度着た服は、もう着たくないから、毎日新しい服を仕立てて貰ってるわぁ。くすくす」

 気が遠くなった。

 そんな高価な服を、毎日日替わりで着ているなんて。
 そして、一度着た服はもう着ないなんて……。

 財政が枯渇するのも分かる気がする。

「すごい、すごいわ。さすがお姉ちゃん。あたしもお姉ちゃんみたいになりたいなぁ。どうやったらなれるかなぁ?」

 カーチェはそう言って、拍手をした。彼女の拍手には異様に力が入っている。これはかなり頭にきてるなぁ。

 実妹に褒められて、ソフィアは満足そうに笑った。

「ふふ。あのね、ここだけの秘密よ。魔法の石があるの。それを使って、私はエドアルト国王を骨抜きにしたわ。貴方にもいつかあげるわ」

 こそこそと、でも私に聞こえるくらいの声で、ソフィアは言った。
 言いたくて仕方がないという感じだった。

――魔法の石?
 私はその言葉に過剰反応した。
 願いを叶える石といえば――賢者の石。
 あれを使い、願えば国王をとりこにすることも簡単だろう。

「あ、そうだ。カーチェ。私の着た服ならたくさんあるわ。まだカーチェには大きいかもしれないけど、大きくなった時に持って帰ってもいいわよぉ。お下がりだけどね」

 お下がり。その言葉にカーチェはカチンときたようだ。

 けれど、笑顔を崩さない。彼女は賢い。
 どれだけ怒りを感じでも、抑えつけて、彼女から様子を聞き出そうとしている。

「ねぇねぇ、お姉ちゃんはエドアルト国王を、元婚約者から奪ったのよね?」
「ええ。そうよぉ」

 ソフィアは恍惚とした表情を浮かべた。

「あぁ、あの時のあの女の顔、たまらなかったわ。大好きな王子を奪われて、たくさんの人の前で捏造した悪事を王子に語らせて……。ふふ、絶望する顔なんて最高だったわ。やっぱり人のものをとるのは最高ね」

 そう言ってソフィアは高笑いをした。
 カーチェが私の顔色を窺っている。私は大丈夫、と視線を送る。

 私が王子に婚約破棄を申し立てられた時、彼女はこんなことを考えていたのか。
 本当に。この女は最低だ――
 ひっぱたきたくなるのを抑える。

 今、この女をひっぱたいたら反逆罪で捕まってしまう。
 それに殴るならエドアルト王子も一緒にひっぱたかないとね。
  
 お茶会で聞きたいことは大体聞き尽くした。
 そして王妃は、ぽんっと手を叩いて提案してきた。

「そうだ。きせかえごっこをしない? 歴代王女の幼い頃の服ならたくさんあるの。着てみて、お着替えショーをしましょう?」

 私はあまり賛同できなかった。けれどカーチェはいいですね、と笑って言った。
 ソフィアの性格は、私よりも実妹であるカーチェのほうが熟知じゅくちしているだろう。
 だから機嫌を損なわないように、姉のイエスマンになっていた。

 侍女たちが呼び出され、別室に案内される。

「カンパネラ、あなたはこちらに」
 そう言って、カンパネラはソフィアに足止めされた。

 さすがに着替え室に男がいくのはよくないと思ったのだろう。
 そう、思っていた。

 けれどソフィアの本性はもっとどろどろと渦巻くものだった。
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